2010/02/23

「ハロウィーン」ピュルサー/パルサー

Halloween」(1977年)

  Pulsar(ピュルサー/パルサー)

Halloween」(邦題は「ハロウィーン」)はフランスのバンドPulsar(ピュルサー、パルサー)が1977年に発表した3rdアルバムである。

前作「The Strands of the Future」(邦題は「ストランズ・オブ・ザ・フューチャー終着の浜辺」では、フランス語のボーカル、くぐもったシンセサイザー、渦巻くようなギターなどによる浮遊感のあるPulsar独特の異次元的な音世界を作り上げた。そうしたSF的世界という点では前作に軍配が上がる。

しかし2ndで完成させた特徴も残しながら、テーマを人間の内面に持ってきた本作は、前作と異なるベクトルを持った内省的な深みのある作品となっている。

   Jacques Roman:キーボード、シンセサイザー、メロトロン、特殊効果
   Gilbert Gandil:エレクトリック&アコースティックギター、ボーカル
   Victor Bosch:ドラムス、パーカッション
   Roland Richard:フルート、クラリネット、アコースティックピアノ
   Michel Masson:ベース

[ゲストミュージシャン]
   Xavier Dubuc:コンガ
   Sylvia Ekström:冒頭曲のスキャット・ボイス
   Jean-Louis Rebut:ラスト曲のソロボーカル
   Jean Ristori:チェロ

冒頭、ピアノ伴奏により清らかなボーイ・ソプラノがスキャットで歌う「ハロウィーンの歌」。このメロディーはイギリス民謡だが、アメリカでは「ダニー・ボー イ」として有名な曲。「ぼのぼの」の映画「クモモの木のこと」にも使われていた味わい深い曲だ。そしてまさにこの曲の暗さ、悲しさ、憂い、美しさを壊すこ となく、アルバムでは「Halloween part 1」「Halloween part 2」という大曲が展開されていくのである。
 
スキャットが終わった瞬間からメロトロン・フルートのゆったりした物悲しいメロディーが始まる。聴く者を深く内側へ引込んで行くようなメロトロン・フルートのハーモニー。

しかし同時にシンセサイザーが通奏低音のようにボトムでなり続けている。メロトロンが静かにコードチェンジする時に、地の底から頭をもたげてくるかのよう に、そのシンセサイザーがベースパートとして全体のハーモニーを構成していることがわかる瞬間がいい。この音響空間はまさしくPulsarならではだ。

さらにメロトロン・フルートによる主題を、次に生のフルートが繰り返す。この展開もゾクゾクする。バックで鳴っているのはソリーナ系のストリングス・アンサンブル。このフルートも良く歌っていて引込まれる。曲構成と楽器の使い方が見事だ。

歌詞も英語、リズム陣も音がクリアになり、SF的効果音はかなり控えめ。それでもこの作品はPulsarを代表するアルバムと言ってよい。
  
1977年という 年代ながら、太く妖しさを残したシンセサイザーの魅力あふれる音色、突然入ってくるストリングス系キーボードやパーカッションの異質感、そして耳に残るアコースティック・ギターの美しさ。
 
レコーディングの際に、直前までジョン・マクラフリンが使っていたアコースティック・アルバム用のセッティングが残っていたそうで、粒立ちの良い理想的な音が活かされている。

英語の発音はややアヤシイところもあるが、声質が全体の重苦しい雰囲気にマッチしているために違和感はない。リズムが疾走しギターやキーボードが弾きまくるパートもあるのだが、動と静のパートが自然に繋がり、おしなべて重苦しく物悲しいのが本作の最大の魅力。

当初は「フランスのPink Floyd」 と呼ばれていたこともあるようだが、初期の作品はともかくも本作においてはサウンド的には似てはいない。もっと構築的でシンフォニック。しかし音の使い方、こだわり方はPink Floyd並と言ってもいいかもしれない。
 
少ない音数を絶妙に配置し、ビブラフォン、パーカッション、チェロ、フルート、クラリネットなども加え、場面転換のサウンド・イフェクトも効果的に挿み、聴き手の心の動きを自然に導いていく流れは秀逸。だから「part 2」のボーカル・パートで聴かれるハーモニーもとても新鮮に響く。

その「part 2」のボーカル・パートで、やっと「暗」から「明」へと、暗闇に光が射したかのような後に、力強いドラムの乱打とテープの逆回転のような音が入り、一気に 妖しく渦巻く疾走パートへなだれ込んでいく。アルバムはその後の終章「Time」で、神聖な雰囲気を持ちつつ静かに終わるが、聞き終えた時の重苦しさと妖 しい美しさ、心地よさは聴き手の中で後を引く。

技巧的に突出しているわけでもないし、エモーショナルなソロがあるわけでも、劇的な展開が待っているわけでもない。丁寧に音を積み重ね、良いメロディーと端正な演奏と、緻密なサウンド構成で、これほどまでに深い世界を築き上げることができた、音楽の魔力を感じさせる1枚。
 
その音世界に入り込めないと変化の乏しい凡庸な作品に聴こえてしまうかもしれないが、入り込めると迷宮をさまようような快感に浸れる作品。個人的には超傑作です。

ちなみにpulsarとは「脈動星:秒またはミリ秒の短い周期で電波を放射する電波天体で、強い磁場をもち、自転する中性子星」を指すとのこと。

2010/02/04

「ハージェスト・リッジ」マイク・オールドフィールド

原題:Hergest Ridge(1974年)

Mike Oldfield(マイク・オールドフィールド)


Hergest Ridge」(邦題は「ハージェスト・リッジ」)は、「Tublar Bells(チューブラー・ベルズ)」で、劇的なデビューを果たしたイギリスのマルチミュージシャン、マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)のセカンド・アルバムである。

「Tublar Bells」は1973年、ヴァージン・レコードの記念すべき第一弾アーティストとして発売された。しかし多くの人々にとってそれは“マイク・オールド フィールドというミュージシャンのデビューアルバム” ではなく、同年のホラー映画「エクソシスト」のテーマ音楽として、強烈なインパクトを与えられた。

ある意味「エクソシスト」という、ホラー映画でありながらアカデミー脚本賞を取った話題性と完成度を併せ持った作品に飲み込まれたかたちだが、逆に言えばそれが当時無名だったマイク・オールドフィールドが大きく注目されるきっかけになったとも言える。

しかしながら、映画に使われ非常に効果的な音だったにも関わらず、“映画音楽(サウンドトラック)”ではなく純粋な“オリジナルアルバム”の一部であったと いうことが、彼の音楽性の高さや特異性をいみじくも物語っていると言えるし、それだけ強烈な映画に拮抗し、“映画音楽”のイメージの縛りから抜け出て、 「Tublar Bells」という音楽作品への高い評価につなげられたというのは驚異的なことだとしか言い様がない。

それだけ「Tublar Bells」はオリジナリティと完成度の高い音楽であり、アルバムであるということなのだ。

だがしかし、わたしの好きなアルバムは、翌1974年に発表されたこのセカンド・アルバム「Hergest Ridge」なのだ。「Tublar Bells」は確かに素晴らしい。それまでにないオーバーダビングに次ぐオーバーダビングによる壮大な音の構築という手法。そしてその結果作られた、バン ドともオーケストラともプログラミング(当時はなかったが)とも違った、不思議な深みのある音の塊。

しかしアルバム 全体のまとまりや、ノスタルジックなメロディーを活かした牧歌的なサウンドが聴ける「ハージェスト・リッジ」を、わたしは愛聴した。発売時のサブタイトル が「愛と幻の地平線」。もの凄くイマジネーションを刺激する音楽である。まさにアルバムジャケットの写る、大平原の中で孤独を噛みしめながら、過去から未 来へと続く雄大な命の歴史のようなものを感じさせられる音楽。

   Mike Oldfiled:オール・インストゥルメンツ
   June Whiting & Lindsey Cooper:オーボエ
   Ted Hobart:トランペット
   Chili Charles:スネア・ドラム
   Clodagh Simmonds & Sally Oldfield:ヴォイス
  
作品作りの手法は基本的に変わっておらず、ほとんど自 分一人で数多くの楽器を操りオーバーダビングを重ねて、LPでAB面通して一曲という長大な音楽が作られている。しかし「Hergest Ridge」は「Tublar Bells」の精神的な不安定さを感じさせるような印象的な導入部とは大きく異なり、ゆったりとした優しく繊細で、懐かしさを感じさせるようなメロディー で始まる。

曲展開も、同じフレーズを繰り返しつつ楽器が少しずつ加わっていったり、カウンターメロディーが入ってき たりと、次第に音に厚みと深みが与えられていく。しかし基本的にドラムスを使わないので、ロック的にならず、あくまで手作業による繊細さに貫かれているの だ。その素朴さが、職人的な味わいが、このアルバムには見事に活かされている。

そしてそこここで聴かれるギターの美しさ。曲構成の見事さやオーバーダビングの数などに興味が行きがちだが、彼の震えるような繊細なギターの魅力も聴く者を捉えて話さない。さらにここではオーボエやコーラスも聴くものを優しく包んでくれる。

そしてトータルに聴いた時にも、最後に大きく盛上がる計算された楽曲。後半、ラストへ向けて執拗に繰り返される強烈なユニゾンの嵐が凄まじい。マイクが90本 のギターをオーバーダブして作り上げたと言われるギターオーケストレーションによる、あらゆる情感が吐き出され叩き付けられ、発散されるようなパート。そ してその後の、全てが浄化されたような静かなエンディング。

なぜかこの「Hergest Ridge」は、マイクがあるがままの自分を出したアルバムという気がするのだ。その心の弱さや悲しみや不安や、安らぎを求めようとする気持ちが、今でも聴く人の心を打つ。傑作中の傑作である。

ちなみに「Hergest Ridge」とはイギリス田園地方で見られる丘陵地帯の一つの名前。ウェールズとイングランドの境界に広がる丘陵地帯を指す。「Tublar Bells」の成功によるプレッシャーから逃れるようにして、マイクがロンドンを離れて移り住んだヘレフォード州キングトンの近くに、このハージェスト・リッジはあった(下図中央部)。

Google Earthより