2010/09/25

「エアリー・フェアリー・ナンセンス」エニド

原題:Aerie Faerie Nonsense(1977年)

エニド(The Enid)


エアリー・フェアリー・ナンセンス(Aerie Faerie Nonsense)」はイギリスのバンドエニド(The Enid:正確には“ズィ・イーニッド”)が1977年に発表したセカンドアルバムである。全曲インストゥルメンタルで全5曲、その内LPでB面にあたるラスト曲が17分を越える大作という構成である。

輸入盤LPとして手に入れた頃のことを思い出す。LPは針がビニルの円盤の溝を直接トレースするから、聴けば聴く程物理的に劣化するというイメージが湧きやすかった。だから1回1回大切に聴いたものだった。

そんなLPレコードの中でも、特にこの“聴くことが盤の命を縮めている”という切ない気持ちで真剣になって聴いていたのが、このアルバムである。それは輸入盤で しか手に入らなかったという当時の理由に加え、非常に小さな音から大いに盛り上がる部分まで、音のレンジがとても広かったこともある。

特に大作「Fand」の2nd movementは、1st movementが終わり一旦無音になった後、情感豊かなシンセサイザーのストリングス音がとても静かに、ゆっくりとメロディーを奏で始める。しかしそして丁寧に丁寧に クライマックスへと盛り上がっていくのだ。これは音の質を落としたくない音楽だと思った。

当時の第一印象はパーカッションが強化された、バンド形式によるクラシック音楽というものだった。しかし聴き込むうちに、確かにクラシック的な音の重ね方や曲の作り方をしているが、これはクラシックではないという思いが強くなった。

どうしても当時からクラシックの物まねであるとかクラシック・コンプレックス的作品であるというような、否定的な見方が一部にはあった。しかし違う。クラシックで曲を書こうと思えばリーダーのRobert John Godfreyならできたはずだ。Berkley James Harvestのオーケストラ指揮者を務めた人物である。

だからこの音楽は彼のソロアルバム「フォール・オブ・ハイペリオン」同様に、クラシックとかロックとかいったジャンルを越えたところで、彼がこういう形でしか表現できないと思った、オリジナルな音楽、オリジナルなジャンルなのである。

   Robert John Godfrey:キーボード
   Francis Lickerish:ギター、ベース、リュート
   Stephen Stewart:ギター、パーカッション
   Charley Elston:キーボード
   David Storey:ドラムス、パーカッション
   Terry "Thunderbags" Pack:ベース


そしてこの2ndアルバムと1stアルバムは、数奇な運命を辿る。エニド側と当時の発売元だったEMIレコードとの間がこじれたためとかマスターテープが無くなってしまったためなどと噂され、結局その後のCD化の波の中でもCDにならなかった。そしてエニドはインディペンデントの道を進む中で、1stと 2ndを1980年代半ばになって新たに録音し直すこととなる。

再録とは言え、数年の年月を経たためメンバーも使用機材も時代とともに変わっており、さらに曲自体にも手が加えられ、「Fand」に至っては倍近い30分弱の作品へと生まれ変わっている。併せて曲名や曲順なども手が加えられ、もはやオリジナルの再現というよりは別アレンジの新盤、あるいは別バージョンといったものとなっていた。
 
曲展開はより複雑に、音はより分厚く派手になった。それはそれでやはり他のバンドの追随を許さない孤高のサウンドであったが、デジタル化される前のキーボードを使い、音色や音量をリアルタイムでコントロールしながら“楽器”として表現の幅を広げようと奮闘していた独特な緊張感と叙情性、所々でアコースティック楽器を活かした1970年代的な手作り感、そういったものによってオリジナルの音に込められていた煌めきは失われたように思う。

その後も再発される度に、今度こそオリジナル盤のCD化かと思いながら裏切られ続けた33年間であった。その間、他のアルバムに1979年のライヴ音源がボーナストラックで加えられたり、バンドサイトで申し込めばオリジナルに近いヴァージョンが手に入るなどということがありながら、それが逆にオリジナルヴァージョンは最早CD化は不可能ということを物語っているようにも思えたものだ。


それが、経緯は不明だがオリジナルEMI音源のリミックス盤として登場したのが本作である。リミックスの結果、若干ドラムス&パーカッション類の音圧が増し、よりロック的な音像になったように思う。しかしそれはむしろ全体と して安定感と、エニドの作り出すオリジナルな音楽という存在感を高める結果になった。クラシカルな繊細さとロックなダイナミズムの間のレンジがさらに広がった感じなのだ。

ある意味異形な音楽である。既存のクラシック音楽をロックにアレンジするということはかなり行なわれていたし、バンドの曲にオーケストラを導入することも特別なことではなかった。しかし彼らは違っていた。彼らが選んだのは、オーケストラ編成の金管・木管・弦などのパートをロックバンド編成でシミュレートし、クラシック的に複雑に構築された音楽を奏でるというものだった。

そして一歩間違えばクラシックもどきか安っぽいムード音楽になりかねないところを、突き詰めて突き詰めて、クラシックでもロックでもない音楽へと突き抜けてしまったのだ。そうしたら逆にオーケストラでは実現できない、こんなに豊かな音楽の世界に到達してしまった。

エニドの作品群の中でも、曲の良さ、演奏の良さで最高作と言える。順序は逆だが1985年の新録バージョンの贅肉を削ぎ落としたようなストイックさとストレートさも魅力だ。1stや3rdにあるピアノをメインにした小曲がない点だけがちょっとだけ残念。しかし魂のこもったキーボードや、甘く絡みつく妖艶なギター、ドラム以外にも随所で活躍する打楽器などが溶け合う、美しく緻密なアンサンブルに酔いしれたい。傑作中の傑作。

ちなみに「Fand」とはアイルランド神話(ケルト神話)における海の神の名前。後に妖精たちの女王と記述されるようになり、女神の中で最も美しいとされる(Wikipediaより)。

オリジナル盤のCD化としては先にInner Sanctumからされ発売されている。Inner Sanctumは現在エニドと版権をめぐり訴訟中なようだが、そういった諸事情はさておき、Inner Sanctum盤は明らかにレコードからのコピー、いわゆる“盤落とし”であり、音質的にも悪い粗悪品である。特に「Fand」の2nd movementの魅力が台無しになっている。ぜひご注意されたい。

あぁやっとここで紹介でいた。うれしい。

 

2010/09/16

「サック・オン・ディス」プライマス

原題: Suck on This(1990年)

プライマス(Primus)

 
「サック・オン・ディス(Suck on This)」はアメリカのバンドPrimus(プライマス)の1990年発売の1stアルバムだ。しかしデビューアルバムにしてライヴ。それもすでに演奏面でも個性の点でもすでに完成されているという素晴らしい作品。
  
ギター、ベース、ドラムスのスリーピースバンドでありながら、演奏は時としてクリムゾン級のアンサンブルと集中力を見せる。しかしながら恐らくプログレッシヴ・ロックとして位置づけられることは、ほとんどないと思われる。

それは、いわゆるプログレッシヴ・ロックの“様式”的側面をはからずも浮き彫りにさせてしまうことになるのだが、彼らの音楽のサウンド面には“ファンキー”さが含まれているのだ。そしてスラップ(チョッパー)・ベースを操るレス・クレイプールのノリノリのリズムと、ひょうひょうとしたボーカル、単調なメロディーと予測できないねじれた曲展開。深遠なような下品なような、不思議でユーモラスで、饒舌なわりに良くわからない歌詞。

そう、いわゆる“プログレッシヴ・ロック”が持つ生真面目さと重厚さに欠けるのである。そのあたりはフランク・ザッパの置かれている立場に近いかもしれない。クラシカルさもない、シンセサイザーやメロトロンも登場しない。

しかし“ファンク”さもどこか奇妙な味わいがあり、いわゆるファンク・バンドとも異なる。ミクスチャーと言えばミクスチャーなのだが、“ノリ”だけで突っ走るわけではなく、むしろ“ノリ”をも対象化して、複雑なスラップ・ベースの反復リズムの世界にはまり込んでいくような、実は一筋縄ではいかない迷宮的魅力があるのだ。

   Tim Alexander:ドラムス
   Larry Llonde:ギター
   Les Claypool:ベース、ボーカル

1曲目冒頭から変拍子である。途中からリズムチェンジする。驚くほどキレの良い演奏と一糸乱れぬアンサンブルに度肝を抜かれる。ドラムスがまた良い。以降のスタジオ盤にはない勢いと、スネアのピッチの高い「カーン」という感じの音が心地よいのだ。手数足数も多く、リズム隊の2人による演奏は音の薄さを微塵も感じさせない。

しかし低音から中音域までカバーし動き回るベースと、ピッチを高めにしたパーカッション的ドラムスのコンビは、メタリックな音圧は作り出さない。ビンビン、パタパタ、タカタカとノリノリに放たれるその宙に浮いたようなサウンドがまた異様な世界を作り出す。

そしてその上にメロディーともノイズともつかないようなギターが乗る。1stアルバムだけに、まだメタル的なソロや早弾きも時折見せるが、すでにかなり不可思議な音を連発している。

この3者が暴れ出すと、凄まじいパワーを発揮するのだ。ある意味全員がリード楽器。そして複雑なのにグルーヴ感のあるリズムがクセになる。鼻にかかった脱力系のボーカルもクセになる。異様な音色で切り込んでくるギターもクセになる。それはどこか狂気じみた世界なのだ。

曲はどれも短めで使われているコードも少ない。そういう点ではパンクっぽさもある。しかしパンクはプログレッシヴ・ロックの重厚長大さやテクニック至上主義を批判したが、彼らの音楽は非常に高度なテクニックとオリジナリティあふれる音楽性に支えられている。

そういう意味ではプログレッシヴ×パンクとも呼べそうだし、ファンク・メタルと呼ばれることもあるようだ。彼ら自身は自分たちのサウンドを“サイケデリック・ポルカ”と呼んでいたそうな。

要するに既成の枠にはめることのできない音楽。つまり本来の意味で“プログレッシヴ”なのである。アメリカからしか出て来れないであろう傑作だ。

ちなみに「suck」とは「吸う」という意味で、タイトルは「こいつを吸いな」って感じ。それで哺乳瓶が描かれているわけだが、「オレたちの音楽を味わってみな」というメーッセージとも取れる。

また「suck」には「最低である、最悪である」という意味もあり、彼らは自分たちのことを「Primus Sucks!(プライマスは最低!)」と言っていた。アルバム中のMCでも「We promise we suck!(もちろんオレたちは最低さ!)」とか、聴衆にたいして「You are bastards. (お前らも最低!)」などと言っている。まぁ「bastard」は親しみを込めた表現だけど。さらに「suck」にはセクシャルな意味もある。
 
タイトルの「suck」にはそういった言葉の様々なイメージが込められているのだ。