2012/03/28

「...光へ!」ディスカス

原題:Tot Licht!(2004)
■Discus

「...Tot Licht!」は2004年にインドネシアのバンドDiscusが発表した2ndアルバム。インドネシアのバンドということで、欧米よりレベルが落ちるのは覚悟の上で辺境性を楽しもう…などと斜に構えて接すると、度肝を抜かれること必至な、超絶テクニカル/ごった煮ロックである。

その雑食性は多岐に渡り、グロウルを含むメタル色あり、バイオリン、サックス、クラリネットが活躍するジャズ色あり、 女性ボーカルが歌うポップス色あり、クラシック/レコメン色あり、ケチャなどの民族音楽色ありで、目まぐるしく曲が展開する万華鏡のような世界。

それでも“融合”というよりは“混合・混在”と言うような、半ば無理矢理な展開を力で押し切るようなパワーが、アジア的と言えそうである。ドイツのフランク・ザッパ祭であるZappanale 20(2009)に招待されたということがとても納得できる音楽だ。

Anto Praboe:リード・ボーカル、スリン(バリ、スンダ、トラジャ地方の笛)、フルート、クラリネット、バス・クラリネット、テナー・サックス
Eko Partitur:リード・ボーカル、バイオリン
Fadhil Indra:リード・ボーカル、キーボード、エレクトリック・パーカッション、ゴング、リンディック、クンプリ、グンデル
Hayunaji:ボーカル、ドラムス、クンプリ
Iwan Hasan:リード・ボーカル、エレクトリック&クラシック・ギター、21弦ハープギター、キーボード、ギタレレ&ストラマー・バイオリン
Kiki Caloh:リード・ボーカル、ベース
Krisna Prameswara:ボーカル、キーボード
Nonnie:リード・ボーカル
 
メンバーは総勢8名という大所帯で、6人がリード・ボーカルを取れる他、全員がボーカルに参加する。だからと言ってボーカル主体というわけでもなく、そのインストパートにおける演奏能力は、欧米の一線級に軽く肩を並べるほどだ。さらに民族楽器を操るメンバーもいて、大きな個性と魅力になっている。ちなみに担当楽器にあるリンディック、クンプリ、グンデルはバリのガムランで使われる打楽器である。

アルバムはバンドの魅力が爆発する「System Manipulation」で幕を開ける。ケチャの詠唱と手拍子によるイントロがいきなりインドネシアを感じさせるが、その後はサックス、バイオリンが入ったテクニカルジャズの突入、そしてメタリックなギターリフに流麗なキーボードが被さると、Discusミュージック全開である。

リード・ボーカルに6人が名を連ねているが、 Iwanのメタル風シャウトボーカルと紅一点Nonieの清らかなフォーク/ポップス風ボーカルが好対照で、くるくるとジャンルを横断しながら曲は一部のスキもなく展開していく。 

しかしこのサウンドの落差が尋常ではない。もうアタマがクラクラするほどで、曲構成も簡単にはつかみ切れない。それが破綻なく一つの曲に収まっているのは、ひとえに各メンバーの演奏技術が高いためだろう。演奏にまったく無理がなく、余裕で楽器を鳴らしている感じすら漂う。

特筆すべきは、この緩急硬軟織り交ぜた音を支えている安定感抜群のリズム陣だ。ヘヴィーメタルにもジャズにもエスニックにも対応する柔軟さと、変拍子を含むリズムチェンジの連続にリズム陣は少しの乱れもなく、むしろ全体の統一感を引き出している。

もちろんごった煮パワフルな曲ばかりではない。「P.E.S.A.N」におけるトラッド風な男女ボーカルの生み出すアコースティックな叙情も格別だし、「Music for 5 Players」ではバイオリンとクラリネットとパーカッションによるレコメン風サウンドをじっくり聴かせる。とにかく引き出しの多さと懐の深さに圧倒される。そして時折ワンポイント的に挿入される民族音楽的なフレーズや民族楽器の音がまたいい。

とは言えストレートなエスニック演出はごく控えめだし、歌も基本は英語なのだが、全体からプンプン香る怪しい雰囲気は強烈なオリジナリティである。エスニック風味に頼っていないところがまた凄いのだ。

圧巻は19分を越えるラスト曲「Anne」。Anne Frankを題材にしたこの曲は、ちょっとミュージカル風な雰囲気もたたえる、堂々たるプログレッシヴ大曲。ドリーム・シアター張りテクニカル・アンサンブルにサックス、バイオリンが絡んだかと思うと、ケチャ!実に上手い!そしてサックスが歌う変拍子ジャズ。中間部では叙情的に歌い上げるボーカル。Nonnieは格別歌が上手いわけではないが、実に良い声をしている。色気を感じる声である。

こうして圧倒的な音の洪水とジェットコースターのような目まぐるしい展開に身を委ねていると、あっという間にアルバムラストの大団円を迎えてしまうのだ。アルバムを聴き終えると、何か長大な一大絵巻を堪能したような感じすらする。こんなバンドは欧米にはいなかったんじゃないだろうか。とにかく傑作。
 
  
ちなみにバイオリンのEko、キーボードのKrisnaはフルタイム・ミュージシャンであるが、ベースのKikiは建築会社社員、木管楽器のAntoは学校の先生、ドラムスのHayunajiは銀行員と、皆別の仕事を持っているという(「Tot Licht!」制作時)。文化的・社会的背景が違うから一概に比較はできないだろうけれど、ある意味驚異的なアマチュアバンドと言ってもいいのだ。恐るべしインドネシア。インドネシア国内販売を行なっているがIndonesian Progressive Societyという団体で、Prog Festの開催なども行なっているとのこと。

本アルバム発表後Nonnieが脱退しYuyunという新女性ボーカリストが加入、海外公演などもこなしていたが、残念ながらAnto Praboeの急逝とIwan Hasanの脱退により2010年に解散してしまった。 

ところが2011年になってNoldy Benyaminという新ギタリストを迎え復活した模様。木管楽器の穴はキーボードで埋めているようだ。解散前に新譜用の曲も十分な量が出来上がっていた模様なので、3rdアルバムへの期待が高まる。