2009/06/30

「ショウ・オブ・ハンズ」

Show of Hands(1991年)


Robert Fripp & The League of Crafty Guitarists
(ロバート・フリップ&ザ・リーグ・オブ・クラフティ・ギタリスツ)


「Show of Hands」は、King CrimsonのギタリストRobert Frippが、自身を含む総勢17名のギタリストと作り上げたアコースティック・ギター・アンサンブル作品。短い無伴奏ボーカルを間にはさみながら、非常 にリズムを重視したギターがからみあう曲が19曲収録されている。

決してクラシカルな音ではない。むしろロックに近い。メロディーよりもリズム、そして重なり合う複雑なアンサンブル。個々のギターはシーケンサーのように同じフレーズを繰り返したり、5拍子、7拍子と変化する曲を何事もなかったように同じテンポで引き続ける。

情感豊かに歌うこともない。コードを鳴らすことすら少ない。複数のギターの
単音が複雑に動き合い重なり合う。そして微妙にリズムをずらしたり、ユニゾンになったりと収束と拡散を繰り返す。時にスリリング、時にコミカル。決して難解な音楽でない絶妙なバランス。


バリ島のケチャのようなリズムが渦巻く音楽を、極めて統制され訓練されたギターの音が職人的に奏でているとでも言おうか。でもそこに不思議な安らぎや刺激やハッとするような美しい音が潜んでいる。

もちろん80年代のKing Crimsonがアルバム「Discipline」の影響は見て取れる。でもこのアルバムはそこで試みた実験的な音作りのひとつの完成型なのだと思う。

最初の耳障りはよくないかもしれないけど、時々無性に聴きたくなる不思議なアルバムだ。

 

2009/06/29

「ヘンリー8世の6人の妻」

The Six Wives of Henry VIII (1973年)

Rick Wakeman(リック・ウェイクマン)


The Six Wives of Henry VIII」(邦題は「ヘンリー8世の6人の妻」)は、当時Yesのキーボード奏者だったRick Wakeman(リック・ウェイクマン)が1973年に発表したファースト・ソロアルバムである。ゲストとして元在籍していたStrawbs(ストローブス)やYesのメンバーが顔を揃え、バックをガッチリサポートした上で、Rickが様々なキーボード を縦横無尽に使ってクラシカルにして英国的な世界を描き出している。いわゆるバンド的な演奏だ。

Yesのバンド活動との関係で言えば「Close To The Edge」(1972年)と「Tales From Topographic Oceans(海洋地形学の物語)」(1973年)の間に作られた作品となる。

1972年のYesへの加入以後、、「Fragile(こわれもの)」(1972年)、「Close To The Edge(危機)」(1972年)という傑作アルバムへの多大な貢献度とステージでの派手なパフォーマンスから俄然注目を浴び、Yesとともに日の出の勢いであっ た時期の作品だ。

ヘンリー8世は16世紀前半の英国王。英国国教会を設立しローマ教会から独立したことでも有名。アルバムはこのヘンリー8世の8人の妻をタイトルとした、インストゥルメンタル中心の曲が8曲並ぶ。

「このアルバムはヘンリー8世の妻たちの、音楽的な性格を自分なりに解釈したものを基本としている。しかしながらそのスタイルは必ずしも個々の歴史に沿ったものではないかもしれない。これはキーボード楽器との関係で彼らの性格について私が個人的に考えたものなのだ。」

(アルバム・ジャケット内のコメントより)

音楽は気負ったところがなくストレートにRickのクラシカルな部分とヨーロッパ(特にイギリス)の歴史を感じさせる優雅で多彩な音色のキーボードを主体としたもので、ロマンティックさとドラマティクさが魅力。

テクニックでグイグイ押していくようなアルバムではなく、あくまで優雅に全体のアンサンブルの中で安定したキーボードプレイを聴かせていく。


当時はEL&PのKeith Emerson(キース・エマーソン)とどちらの方がテクニックが上かなどと比較されたりもした。

しかしこうして改めてRick Wakemanのソロを聴いてみると、もともとセッション・プレーヤーから出発したためか、強い自己主張とか新しいものを作り出していくような強烈な個性よりも、クラシックを基本にした確かなテクニックを元に、聴き易く心に残るメロディーや、ポルタメントを活かした厚みのあるムーグの音など、様々なキーボードの音色の絶妙な組み合わせが彼の本領かと思う。

その独特な装飾音の多い華麗な弾き方や、古風で優雅なメロディーの美しさ、時折挿まれるコミカルな雰囲気や、クラシックそのままのフレーズの挿入など、聴く者を飽きさせない。そういう点では非常によく構成された魅力的な曲が詰まった作品である。

そして、後のPatrick Morazのような自己主張の強さがない分、Yesの中で外見的に目立っていた(ライヴでは銀ラメのマントを羽織っていた)割りに、自己主張の強いメン バー全体をまとめる役として重要だったのかという気がする。あくまで弾くべきところでは華麗なソロを披露するが、その他の部分では出しゃばらずにきっちり 全体をサポートし、クラシカルな味付けをしつつ曲の厚みや曲の雄大さを広げていくという役割。

安心して聴くことが出来、余裕のある華麗な指さばきを堪能できる一枚。曲や構成のバランス感覚の良さがないと作れない、彼ならではの傑作。


「ゴッドブラフ」

GodBluff (1975年)

Van Der Graaf Generator
(ヴァンダー・グラーフ・ジェネレーター)


GodBluff」(邦題は「ゴッドブラフ」)は、イギリスのバンドであるVan Der Graaf Generator(ヴァンダー・グラーフ・ジェネレーター)の1975年のアルバムである。

Van Der Graaf Generatorの歴史は古く、1969年までさかのぼる。しかしアルバム4枚を残して1971年に一度解散する。

「Godbluff」 は1975年の復活作。旧LPでA面2曲、B面2曲という大作でなりたっている作品だ。Van Der Graaf Generatorの代表作としては、復活前の作比としては「H to He Who am The Only One」か「Pawn Hearts」、復活後は今作の次に発表された「Still Life」の支持が高い。

しかしわたしにとってのVan Der Graaf Generatorとの出会いは、こn「Godbluff」であり、その衝撃は一曲目の「The Undercover man」のPeter Hammillのボーカルなのだ。

 Guy Evans:ドラムス、パーカッション
 Hugh Banton:キーボード、ボーカル  
 Peter Hammill:リードボーカル、ギター、ピアノ  
 David Jackson:サックス、フルート

当時、あるラジオ番組を聴いてい時のことだ。Pink FloydやYesといった当時すでにメジャーになっていたバンドの次に、日本ではまだまだ知名度が低いけれども、上記大物バンドに退けを取らない実力と 魅力を備えたバンドとして、当時新譜の出たSebastian Hardieの「Four Moments」、Camelの「Moonmadness」とともに、このVan Der Graaf Generatorの「Godbluff」が取り上げられ、「The Undercoverman」が流された。

DJの「このボーカルの凄さを味わって下さい」というようなコメントがあったように記憶する。

そして、それならばと神経を集中させて聴き入ってみると、うなるほど凄かった。

最初の曲「The Undercoverman」。強くエコーのかかったフルートをバックに、聴こえるか聴こえないかの小さな声が歌い出す。自分が自分に存在の意義を問いか ける歌詞。しかしそんな難しいことは抜きしても、緩急の表現豊かなボーカル、間に入る力強いサックス、美しいフルート、バックでボトムを支えるオルガンと ドラム。そう、このバンドには専任ベース奏者がいないのだ。変幻自在なボーカルは次第に熱を帯びてくる。この静から動(激動)へのボーカルの落差。

2 曲目は「Scorched Earth」は打って変わって、最初からハードに飛ばす。インストゥルメンタルパートの割合が高い。ボーカルは絞り出すような力のこもった歌い方だ。そし てまるでボーカルの生理に合わせたように、リズムチェンジが行われていく。キーボードとサックスのユニゾンがカッコイイ。最後は混沌とした中から最初の テーマが浮かんだ瞬間に終わる。

3曲目「Arrow」は的確なドラムスのリズムの上で、サックスが入りそのまま盛り上がっていくのかと思 うと、いったん静かなパートへ。しかしバックでエコーのかかったサックスが鳴っているのが妖しい雰囲気だ。そこに切り込んでくるのがボーカルである。まる でサックスのように荒々しい声、シャウトする声。ボーカルがぐんぐん曲を引っ張っていく。最後には叫びともうめきとも言えるようなキレた声の迫力が凄い。

キーボードかベダル・ベースが低音部を支えているが、やはりベース部分が弱い。しかしそれがマイナスではなく、ちょっと神経質そうなボーカルや曲調を際立たせている。

4 曲目の「Sleepwalkers」。ボーカルは多重録音され、それぞれが微妙に勝手に歌っている。もともとの乱れ具合に拍車がかかる。かと思うとラテン 調のコミカルなフレーズ。ちょっとびっくりしていると再度シリアスな流れに戻る。もう好きなように引き回されている感じ。バックの演奏が実に落ち着いて力 強く、アンサンブルも見事なため、ボーカルの魅力が活きて来る。

名作とよばれる作品のはざまにある一作だが、Van Der Graaf Generatorにも駄作なし。ボーカルとバックの激しい演奏がぶつかりあうヘヴィーな一作。これも傑作。

ちなみにバンダー・グラフ・ジェネレーターとは「バンデグラフ起電機 (Van de Graaff generator)」という、静電発電機の一種(右下写真)。

そしてタイトルの「Godbluff」は造語で、「God bless」(神のご加護がありますように、幸運を祈る)をもじった意味「God bluff」(神のはったりがありますように)を連想させるが。どうでしょう。



2009/06/28

「禁じられた掟」

Pampered Menial (1975年)

Pavlov's Dog(パブロフズ・ドッグ)


「Pampered Menial」(邦題は「禁じられた掟」)は、アメリカのバンドPavlov's Dog(パブロフズ・ドッグ)が1975年に発売したファースト・アルバムである。実に不思議な魅力を持ったバンドであり、アルバムである。

メ ロディの明るさ、熱くシャウトするボーカル、クリアーなハーモニー、あるいはカントリーやブルース、ロックン・ロール色といった、アメリカのバンド的な特 徴はあまり感じられない。プログレッシヴ・ロックバンドとして扱われることが多いが、意外と基本はメロディアスな歌もので、メロディック・ハードロックに プログレ風味が効いているような感じ。

 David Surkamp:ボーカル、ギター
 David Hamilton:キーボード
 Doug Rayburn:メロトロン、フルート
 Mike Safron:パーカッション
 Rick Stockton:ベース
 Siegfried Caver:ヴァイオリン、ヴァイター、ヴィオラ
 Steve Scorfina:ギター

ちなみにヴァイター(vitar)とは、「ボストン交響楽団のリー・ラリソンが作ったというギターのような固い金属的なトーンが特徴的なエレクトリックヴァイオリンのこと(「ヴァイオリンホームページ」より)」。violin + guitarでvitarっていうことかなと思い、“ヴィター”ではなく“ヴァイター”と読んでみた。

このヴァイオリンが、あのKansasですら消し切れなかったカントリー臭さを持たない、クラシカルな響きを持っており、さらに加えて、随所で大胆に使用されるメロトロンが、全体のアメリカらしからぬ深みのある音世界に貢献していると言える。

しかしこのバンドの最大の特徴は、何と言ってもボーカルDavid Surkamp(デイヴィッド・サーカンプ)の超ハイトーンボイスであろう。

高音域まで声が出ますという声域の広さから出るハイトーンではなく、声域自体が高音域にある人の声だ。それも性別も年齢もわからなくなるほどに、かなり特異なレベルの高音域である。

その彼がさらに高音域で細かなビブラートをつけて声を出していると、もう何かの発信器かと思うくらいである。ダメな人には全くダメ。はっきり好き嫌いを分けるだろう。しかし、だがしかし、ハマるとこの声が大きな魅力なのだ。異形の声質。その声に叙情性が宿る。

そ して、どうしても声そのものに話題が集まり見過ごされがちなのが、歌の上手さだ。声に慣れてくると表現力がわかるようになる。独特な声だけで勝負しようと しているのではなく、たまたま声が独特だった名ボーカリストだと思う。わたしはハマってしまいましたから。彼のボーカルに。

そしてさら に、耳が慣れてくるとメロディーや曲の出来の良さ、演奏の良さがわかってくる。様々な楽器を配して多彩でいてまとまりのあるサウンド、タイトなリズム、ド ラマティックな展開、効果的に活躍するフルート、ヴァイオリン、メロトロン。ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・バンドに一歩も退けを取らない完成 度。

しかしアメリカンな明るさでもないかわりに、ブリティッシュな暗さともちょっと違う世界。それがDavid Surkampの世界なんだろう。全9曲というアルバム構成で、最長でも5分台。ボーカルが中心で、インストゥルメンタル曲はラストの曲の前奏曲風な2分 に満たない8曲目「Preludin」のみ。

しかしプログレッシヴ・ロックとしては短めな曲の中に、ドラマが詰まっている。プログレッシヴ・ロックの枠を越えて、アメリカン・ロックを代表する一枚。傑作。

ちなみに2ndの「At the Sound of the Bell(条件反射)」も、ヴァイオリンが抜けメロトロン含有率も減ったが、美しいメロディーを前面に出した、これまた傑作。ドラムスがBill Brufordということでも有名。


「ワン・オブ・ア・カインド」

On Of A Kind(1979年)

Bruford(ブラッフォード)


1970 年代後半、プログレッシヴ・ロックも模索の時期に入る。多くのバンドがポップ化に向かう中、潔く解散したKing Crimsonのリズム隊John Wetton(ベース、ボーカル)とBill Bruford(ドラムス)が母体となり、Eddy Jobson(バイオリン、キーボード)とAllan Holdsworth(ギター)を加えたスーパーバンドとして、UKが生まれた。

しかしアルバム「
UK」を一枚残しただけで、ジャズ&インストゥルメンタル志向の強かったBillAllanが脱退、新たに結成したのがジャズロック版 UKと言えるようなバンド、Bruford(ブラッフォード、近年は本来の音に近づけてブルフォードとする場合もある)である。 One Of A Kind」は1979年に発表されたBrufordのファースト・アルバム。オールインストゥルメンタルで、構築性の高い、ハイレベルなジャズロックを聴くことができる。

 Bill Bruford:ドラムス
 Allan Holdsworth:ギター
 Dave Stewart:キーボード
 Jeff Berlin:ベース

個性派テクニシャン揃いのバンドなので、ジャズロックと行っても独特の世界を持っている。Billのドラムは彼特有の硬いスネアがスコーンスコーンと鳴り響く。しかしYesの時のロールを少し混ぜたロック的なドラミングとも、King Crimsonの時のパーカッシブで鬼気迫るようなドラミングとも異なり、少な目の音を的確に打ち込んでいくような感じでリズムを牽引する。それでももちろん変拍子での疾走感や、狭いスペースに切り込んでくるフィルインには、やはり彼独特な力強さがある。

Allanのギターはレガート奏法主体なので、早弾きをしてもとても滑らかで、時々入るタメも含めてとても色気のある音でありフレーズだ。従ってギターソロの場面ではとてつもなく魅力的なプレイを聞かせてくれるが、曲のメロディーを引っ張っていくには少し弱い。しかしそこは職人Dave Stewartが多彩なキーボードで、メロディーからバックまで大活躍して、Allanのギターの見せ場をうまく作り出している。そしてボトムを支えるのがJeffの超絶ベースだ。縦横無尽に動き回りながら、ノリノリの曲から複雑な展開の曲まで、リズムを的確に支えている。

曲はノリの良いフュージョン的な曲から、バイオリンを導入部に使ってしっとりと始まる曲、UK的なプログレ色の濃い曲まで様々だが、Allanの驚異的なアドリブプレイを活かしながら、曲としてはかなり完成されたものばかりで、ソロの応酬やインプロヴィゼイション的な部分はない。それでもどの曲も緊張感あふれるプレイが聴ける。特に「Fainting In Coils」や「Sahara In Snow」では全員一丸となってクライマックスに向かって突進していくところなど、とてもスリリングだ。そこはかとなくCrimsonの香りが漂う。

そもそもジャズロック志向なBillAllanが、UKで出来なかったことをしようと始めたバンドであるが、サウンド的にはキーボードのDaveの貢献度が高い。そのため多彩なキーボードの、とても色彩豊かな音が詰め込まれた、個性的なジャズ・プログレシヴ・ロックになっていると言える。

ちなみにタイトルの「One Of A Kind」は「ユニークな、独自の、比類のない」という意味。
まさに唯一無二の一枚。これまた傑作



2009/06/27

「御伽の国へ」

Rockpommel's Land(1977年)

Grobschnitt(グロープシュニット)


Rockpommel's Land」(邦題は「御伽の国へ」)は、ドイツのバンドGrobschnitt(グロープシュニット)の第4作目、1977年の作品である。当時のLP時の邦題は「おとぎの国へ/グロープシュニットの幻想飛行」という長いタイトルであった。

「Rockpommel's Land」はオリジナル・ファンタジーによるトータル・アルバムだ。家出をした少年Eanie(アーニー)が、童話の世界Rockpommel's Landへの旅の途中で、巨大な鳥Maraboo(マラブー)に出会う。そしてSeverity Townで、子供好きが理由で幽閉されているMr. Gleeとその他の全ての魂を解放し、最後にRockpommel's Landにたどり着くという物語。

アルバムのカバーアートは、Yesのアルバムなどで有名なRoger Dean(ロジャー・ディーン)を思わせるもので、ヴィジュアル・アーティストHeinz Dofflein(ヘインツ・ドフレイン)によるもの。

Eroc:ドラムス、パーカッション、歌詞
Lupo:リード・ギター、バックボーカル
Mist:キーボード、カバーアートの基本部分と物語のテーマ&コンセプト
Popo:ベース
Wildshgwein:リード・ボーカル、ギター

このGrobschnittは「Grobschnitt(冥府宮からの脱出)」で1972年にアルバム・デビューしている。このアルバムは、シンフォニックな曲調と独特なパーカッションが印象的な大作だったが、何とも言えない不気味さ、暗さがアルバムカバーや曲自体から漂っていて、それがまた大きな魅力となっていた。

しかしこのアルバムでは、別バンドかと思うほどに音は洗練され、美しくファンタジックな音楽が流れてくる。メンバーはニックネームで表記されているが、ボーカルはファーストアルバムと同じで、その ちょっと演出過剰気味なクセのある歌い方が、この作品をただ美しいだけではない不思議な世界に誘ってくれる。やはりまぎれもなくGrobschnittを感じさせる作品となっている。

サウンド的にはゆったりしたリズムに乗ってボーカルが物語を歌っていくというオーソドックスなものだが、まず音が良いこと、そして音を絞り込んだのだろう、とても整理され計算された心地よいサウンドであることが特徴だ。アコースティックパートが効果的に配されている。

結果的に、変幻自在なボーカルが全体を引っ張り、各プレーヤーは自己主張するというよりは、安定した演奏と堅実なアンサンブルに徹しており、細かなところまで神経が行き届いているアレンジ、そして所々で挿入される語りが、トータルな魅力的世界を作っている。

し かしよく聴くと、ドラムがリズムをキープするだけでなく、とても細かな表情を曲に加えていることがわかる。ギターも印象的なメロディーソロからアコース ティック・ギターによる繊細な伴奏まで、丁寧なプレイを聴かせてくれる。そしてファンタジックなアルバムとなると期待が高まるキーボードは、必要以上に音 を重ねて厚みを作ることもなく、美しいピアノを要所にはさみながら、柔らかく優しく全体のムードをサポートしている。

アルバム最後はギターとピアノを中心としたドラマチッックな盛り上がりを見せる。心にしみるメロディーが、解放された魂やEanieたちの喜びを表現し、ファンタジーの大団円であると同時に、Eanieたちの旅の終わり、そして夢の終わりを感じさせる。

ボーカルのちょっとねちっこい歌い方が、好き嫌いを分けそうなことと、ファーストのGrobschnittの“怪しさ”を愛する人には期待に応えられる部分がなくなっていることから、聴く人によってアルバムの評価は分かれるかもしれない。

しかしわたしはファーストの“怪しさ”がなくなったことはとても残念だけれど、それとは違ったGrobschnittのオリジナリティが開花した作品として、その完成度を評価したい。

全4曲、最後の「Rockpommel's Land」は20分の大作。これだけの音楽を美しいメロディーを重ねながら最後までスムースに聴かせる曲構成、演奏、ボーカルはやはり特筆モノ。十分傑作の名に値する作品である。

ちなみにLP時代のA面最後曲である「Severity Town」の最後で語りが入り、疲れたEanieが休息を取る時「レコードを裏返そうか、それとももう一つホット・ドッグを食べようか考え始めた。」とある。シャレてるなぁ。


ただし、Roger Deanを意識したと思われるカバーアートは、逆にRoger Deanには力量が及ばないことを感じさせてしまって残念な気がする。もっとオリジナルに徹した方がよかった気がする。Marabooの柔らかい線なんてとてもきれいなんだから。


「フリー・ハンド」

Free Hand (1975年)

Gentle Giant(ジェントル・ジャイアント)



FREE HAND」(邦題は「フリー・ハンド)は、イギリスの誇る超絶技巧派集団Gentle Giant(ジェントル・ジャイアント)が1975年に発表した、通算7枚目のアルバムである。

技巧派というとYesが浮かぶが、Gentle Giantは全盛期のYesのようにドラマティックで雄大な音世界を作り出す方向へは行かなかった。Yesほど各プレーヤーが超個性的で自己顕示欲が強く はなかったこともあるが、目的とするところがあくまでアンサンブルの妙であったことが大きい。

初期の段階から、その独特の複雑でくるくると変わる楽器アンサンブル、転調、変拍子、体位法的な旋律、アカペラコーラス、多種に渡る楽器、ジャズやクラシックに中世音楽など広範な楽曲を特徴としてきた。

高度なテクニックをメンバー全てが持っていた上に、それを最大限に発揮するような計算されつくした曲を、ロックのダイナミズムを無くすことなく演奏する。さらに各メンバーが楽器を持ち替える。するとリコーダーアンサンブルやアコースティックギター・アンサンブルまで飛び出す。もうめくるめく迷宮の世界だ。

Derek Shulman:ボーカル、サックス
Ray Shulman:ベース、ヴァイオリン、ボーカル
Kerry Minnear:キーボード、チェロ、ボーカル
Gary Green:ギター
John Weathers:ドラムス、パーカッション、ボーカル


アンサンブル主体のため、逆に個人の個性が見えにくくなる。そのため他のプログレッシヴ・ロックバンドのように、楽器とメンバーが密接に結びつき、個性的な奏法、音色などのインパクトでメンバー個人が印象に残るというものとは違う。

そのためスタープレーヤーとか、フロントマン的な存在感が薄く、どうしてもマイナーなイメージがしてしまう。しかしその高度な音楽構築性と、それを難なく演奏してしまうハイレベルな力量は、決して他のバンドに退けを取らない。

それどころか、その演奏力を例えばテクニカルなジャズ・ロックとして活かすのではなく、様々な音楽ジャンルを積極的に取り込みアンサンブルの実験場のような音楽を次々と作り出した。それが彼らだからなし得た、一度踏み込むと抜け出ることができない魅力となっているのだ。

ボーカル面ではKerryの線の細い、優しく優雅な雰囲気が活かされる曲、ロック的な迫力のあるDerekの二人が中心となる。しかしボーカルも一つの楽器のように、バックがボーカルメロディーと全く違ったことをやっていたりする。それもこのバンドの大きな魅力。

「FREE HAND」はそんなGentle Giantがアメリカでのツアーの成功を受けて、リズム面を強調して一聴してノリの良いロック色が強く、メロディーが印象深い曲が並ぶ。しかしポップになったというと語弊がある。

冒頭の「Just The Same」もノリが良く聴こえるが、ボーカルメロディーは7/8拍子、8/8拍子と変わる。でもバックは6/8拍子。迷宮の始まりだ。続く「On Reflection」はクラシカルなメロディーのアカペラが次第に重なり、4声アカペラに発展する。さらにアカペラアンサンブルに楽器が絡む。続く Kerryのコブシを活かした中世音楽風のボーカルソロをはさんで、後半はロックアンサンブルによるカノン(同じようなメロディーが他楽器で次々と追いか けられながら演奏される)で終わる。聴いている人の頭のいろいろな部分を次々に刺激してくる快感。

アルバムタイトル曲の「Free Hand」はふられた男の歌。跳ねるようなリズムに惑わされてはいけない。せわしくキャッチーとは言いがたいメロディー、次々とチェンジするリズム、かと 思うと細かく紡がれていく音のアンサンブル、一瞬現れる叙情的メロディー。一つの世界に浸っているヒマを与えないめまぐるしい展開。

このようにGentle Giantの曲は、そのリズムや展開において非常に高度で、ある意味リスナーに対して挑戦的でありながら、どこかユーモラスだったり、ハッとするような美 しさが盛り込まれていたりと、単なるテクニカル集団ではない魅力がある。一聴すると表立ってテンションが高くは感じられない。しかし少しズレるとバラバラ になってしまいそうな静かに熱い緊張感に貫かれているのだ。

さらりと流される部分に複雑さや高度さが潜んでいる快感。音自体に情念がこ もったりしていないため、一つのプレイが大きな感動を呼ぶというわけではないけれど、端正な音のつづれ織りが作り出す深い世界にじわじわと浸る喜びがたま らない。ヨーロッパ、特にイタリアで非常に高く評価されたと言う。傑作。

ちなみにWikipediaによると、本作は

「Strongly influenced by the music of the Renaissance and Middle Ages, the album's songs reflected on lost love and damaged relationships (including the breakdown of the band's relationship with their former manager)」

「 ルネッサンス及び中世の音楽に強く影響されながら、アルバムの各曲は失恋とそのダメージを受けた人間関係(前のマネージャーとバンドとの関係の決裂を含む)を表している。」

とのことで、ある意味コンセプト・アルバムとも呼べるものとなっている。

 

「冥府宮からの脱出」

Grobschnitt(1972年)

Grobschnitt


ドイツのバンドGrobschnitt(グローブシュニット)の1972年のデビューアルバムである。邦題の「冥府宮からの脱出」が音楽世界を的確に表している。ここで展開されるのはじわじわとしみ入る不気味な狂気と暗黒の迷宮。

バンド編成上の特徴は、ツインドラムであること。そして演奏上もこのツインドラムが大きな特徴であり個性となっている。

 Joachim Ehrig (EROC):ドラムス&パーカッション
 Axel Harlos (FELIX):ドラムス&パーカッション
 Stefan Danielak:リズムギター&ボーカル
 Bernhard Uhlemann (BAR):ベース、フルート、パーカッション
 Gerd-Otto Kuhn (LUPO):リードギター
 Hermann Quetting (QUECKSILBER):オルガン、ピアノ、スピネット、パーカッション

最初の「Symphony」の出だしからすでに異様だ。エコーのかかった雑踏の中の会話から一転、合図とともに男声合唱が始まる。しかしすでにハーモニーが 微妙にズレている。聴いていて感覚が狂ってくる。そして左右に振られたツインドラムがユニゾンのようでユニゾンになりきれていないような、また不思議な音 世界を作り出す。いよいよスピード感あふれるパートが始まり、粘っこいボーカルが歌いだしても、やはりドラムが気になってしまう。どことなくアンサンブル の危うさを感じるのだ。

「Travelling」 はスピード感あふれるハードな曲。なのだが、これまたドラムが気になる。基本的にこのバ ンドのドラムは、いわゆるリズムをしっかりキープし、ボトムを安定させる役割を担っていない。ツインドラムであるにもかかわらず、どちらもパーカッション 的な細かな動きをするため、ロック的ダイナミズムとは違った音楽が出来上がる。そしてリズムがズレる。特にこの曲では疾走感を出すためになり続けているハ イハットが遅れるのだ。聴いていてハラハラする。

不思議な雰囲気を持ったボーカル 主体の「Wonderful Music」をはさんで、大曲「Sun Trip」が始まる。ボーカルの個性爆発、粘っこさ満載だが、演奏面でもギターが活躍し、まさに集大成的な曲だ。どっぷりその世界に浸りたい。がしかし、 ブルース風なスローなパートでもツインドラムが両方パタパタ鳴っている。不思議な世界が広がる。

こ のアルバムに込められた暗黒のイメージ には、曲自体の暗さ、まとわりつくようなボーカルやギターの粘っこさに加え、独特のツインドラムがかなり貢献していると思う。リズムの中に焦燥感、追い立 てられるような不安感が全体を覆っているのだ。技術を問うてはいけない。その危うさが作り出す冥府をさまよい歩くアルバムである。

唯一無二の世界。ジャケットもすばらしい。


2009/06/26

「何かが道をやってくる」

Something Wicked
 This Way Comes
(1983年)

The Enid(慣例的にエニド、正式にはイーニッド)


Something Wicked This Way Comes」(邦題は「何かが道をやってくる(サムシング・ウィケッド・ディス・ウェイ・カムズ)」)は、イギリス屈指の、と言うか他に比肩すべきものが見当たらない、非常に個性的なクラシカル・ロックバンドThe Enid(慣例的にエニド、正式にはイーニッド)の5作目、1983年の作品である。一度活動を休止してからの復活作だ。

The Enid
音楽の極致と言えるのは第2作目にあたる「Aerie Faerie Nonsense」の1977年オリジナル盤である。全編インストゥルメンタル。クラシックと見まがうような緻密で優雅な楽曲を、当時の限られた機材を駆使して、とても美しい作品として完成させた。クラシックを聴くように、きちんと向き合って聴く音楽。

しかしこのセカンドとファーストアルバムのオリジナルバージョンは、
The Enidと当時のレコード会社とのトラブルで、オリジナルマスターが使用できず、現在手に入るのは1984年にバンドが再録したもの。もちろんそれでも完成度の高い傑作であることに変りはないのだが、個人的にはオリジナルの繊細さには及ばない。

そこで逆に一番取っ付き易く実際によく聴いたのが、本アルバムである。初のボーカル入りアルバムでもある。ロック的なストレートさが増し、比較的コンパクトに、クラシカル・ロックの魅力が詰め込まれている。そして初めて
核戦争の脅威という現実的なテーマが取り入れられた。

 
Robert John Godfrey:キーボード、ボーカル
 
Stephen Stewart:ギター、ベース、ボーカル
<ゲスト>

 
Chris North:ドラムス
  アルバムは不気味はオーケストラサウンドが壮大なイメージを作り上げるボーカル曲「Raindown/レインダウン」で幕を開ける。パーカッションが鳴り続けるがドラム的ではない。ちょっとクセのある声、うねるようなハーモニー。The Enidならではのボーカル曲だ。

次の「
Jessica/ジェシカ」は甘く美しいインストゥルメンタル曲。悲し気なメロディーの後を受けて美しいギターがエモーショナルに歌う。大好きな一曲。溢れ出る叙情美。これがThe Enidの真骨頂。ただしこれでもかなりロック的。

この曲には実はシングル版があり別のアレンジなのだが、そちらの方がさらにしっとりとしていてクラシカル。そういう点では、シングル版の方は、
4作目までの緻密で繊細に作られた曲調に近い。

3
曲目もボーカル曲。アルバムタイトル「Something Wicked This Way Comes」もアメリカの作家レイ・ブラッドベリのファンタジー作品名から、そしてこの「And Then There Were None/そして誰もいなくなった」もイギリスの推理作家アガサ・クリスティの作品名から取られている。

4
曲目「Evensong/夕べの祈り」は、オーケストラ風なアレンジで美しいメロディがキーボードとギターで奏でられる静かで神聖なイメージの曲。しだいに盛り上がっていくにつれ音に厚みが加わりとても感動的だ。その最後のフレーズは旧LP時代のB1曲目だった5曲目「Bright Star/ブライト・スター」につながる。この曲もインストゥルメンタル。軽快なリズムの上を流れるようなギター、そしてオーケストラのように様々なキーボード音が表情豊かにギターのメロディーをサポートする。

6
曲目「Song For Europe/ソング・フォー・ヨーロッパ」もインストゥルメンタル。曲調は一転して勇ましいリズム、鋭いギター音。メロディーが良い。そして曲の緩急、強弱が上手い。

CD
では追加曲があるようだが、オリジナルでは7曲目のアルバムタイトル曲「Something Wicked This Way Comes/何かが道をやってくる」がラストナンバー。ボーカル曲。アルバムアートワークは4つの絵からなり、遠くの赤い閃光が広がるに連れて3人の子供たちが減っていき、ついに誰もいなくなってしまうという物語になっている。

この曲はその様子を歌っている。「
Something Wicked(何か良くないもの)」とは核爆発の爆風か、放射能か。「Oh wonderful world, a passing dream(あぁ何て素晴らしき世界、つかの間の夢)」と歌われる、美しくも悲しい曲だ。

1983年はまだ東西冷戦の中、核の恐怖を人々が実感として持っていた時期である。今確かに当時の冷戦構造はなくなった。しかし核の恐怖、テロの恐怖は依然として残されている。

このアルバムは、政治的なメッセージソングではなく、そうした危機的な状況そのものを悲しみを持って描き、核戦争になったら破壊されるであろう美しい自然の情景を情感豊かに描写している。
それゆえに時代の変化に取り残されること無く、今でも魅力のある作品となった。The Enidの作品全体を見た時には異色かもしれないが、一つのクラシカル&シンフォニック・ロック作品として傑作。


「リモート・ロマンス」

I Can See Your House From Here(1979年)

Camel(キャメル)


英国を代表する叙情派プログレッシブロックグループCamel。代表作と言えば「Mirage(1974)、「Snow Goose(1975)、「Moonmadness(1976)あたりを挙げる人がことが多いだろう。

確かにアルバム全体として見た場合には今回取り上げる「
I Can See Your House From Here」(邦題は「リモート・ロマンス」)(1979)は、初期のキャメルらしさには欠ける。ギターのAndrew LatimerとキーボードのPeter Bardensが対等にプレイし、ハモったりユニゾンしたりと抜群のコンビネーションを見せていた初期の作品群とは違う。ここにはすでにPeter Bardensもいないし。

でもアルバムとしての完成度は、初期の作品のイメージとは異なるとしても、とても高い。冒頭の曲「
Wait」で聴ける、新たな二人のキーボードプレーヤーKit Watkins(キット・ワトキンス)とJan Schelhaas(ヤン・シェルハース)のソロの応酬などは、ピーター・バーデンス時代にはなかったテクニカルなスリルを味わわせてくれる。ポップさは強まったが、曲はどれも魅力的だ。

 
Andrew Latimer:ギター、ボーカル、フルート
 
Andy Ward:ドラムス
 
Jan Schelhaas:キーボード
 
Kit Watkins:キーボード、フルート
 
Colin Bass:ベース、ボーカル

そして何よりもこのアルバムにはが最後を締めくくる名曲「
ICE」入っているのだ。叙情インストゥルメンタルの極致。

曲は静かにピアノと柔らかいトーンのエレクトリックギターで幕を開ける。物悲しいギターのメロディーは「
Snow Goose」を思い出させる。でもその裏でピアノもきれいに歌っている。そしてドラムとベースが入ってLatimerのギターが感情豊かに歌いだす。

かと思いきや、実はここがこの曲のキモなのだが、まず
Kit Watkinsのキーボードソロが入るのだ。このソロが凄い。しっかりしたテクニックに裏付けされながらも、弾き倒すのではなく歌う歌う。音の一つ一つが心にしみ込んでくる。こんなに情緒豊かなシンセソロは聴いたことがない。

そして後半、ついに
Latimerが情感豊かにギターソロを弾きまくる。Kit Watkinsの感情を抑えたソロがあったからこそ、Latimerの泣きのギターが生きる。これでもかってくらいに盛り上げていく。

ギターソロはそのまま星降る天空へ消えていくかのようにフェイドアウトし、再び甘いトーンのエレクトリックギターとアコースティックギターが静かに穏やかに曲を、そしてアルバム全体を締めくくる。


Andrew Latimer
は後のインタビューで次のように言っている。

「こ の曲は非常に切羽詰まった感じのする曲だし、非常に冷たくて、悲しいという感情が溢れている。当時、バンドのメンバーがばらばらの方向に散らばって壊れて しまうような状況だったから、私は残念で悲しい心境だった。私自身は再び楽しくて、豊富なアイデアを持ったバンドに戻そうとしていたから、この曲には当時 の私の叫びや熱望が反映していると思うよ。これは私の心を現した曲なのさ。」

(「Arch Angel vol.3」ディスクユニオン、1996年)

至福の1018秒。奇跡の一曲。


「宇宙の血と砂」

Fandangos in Space(1973年)

Carmen(カルメン)


「Fandangos in Space」はCarmen(カルメン)のファーストアルバムである。邦題は「宇宙の血と砂」。バンド名、ジャケット、タイトル (fandangoはフラメンコのリズムの一つ)から、コテコテのスペインバンドかと思ってしまうが、メンバーはアメリカ人のDavid Allen、Angela Allenの兄弟を中心に結成されたアメリカ産バンドと言ってよい。しかしデビューがイギリスだったのでイギリスのグループと見られることも多い。

 David Allen:ボーカル、エレキギター、フラメンコギター
 Roberto Amaral:ボーカル、ビブラフォン、サパテアード、
         カスタネット

 Angela Allen:ボーカル、メロトロン、シンセサイザー、
         サパテアード
 John Glascock:ボーカル、ベース、ベースペダル
 Paul Fenton:ドラムス、パーカッション

ス ペインのバンドではない分、本家スペインのバンドよりスペインのイメージを意図的に全面に出している点、キワものに終わりそうだが、さにあらず。逆に非常 に情熱的な、力のこもった、他に類を見ない魅力的な作品になっているのだ。その理由はあくまでロックを基本に置いている点。非常にダイナミックな曲調、演 奏、歌い方で、ロックの熱い部分を持っているからこそ、スペインらしさ融合した時、とても印象的な音として響いてくる。

ま ず最初の 「Bulerias」がすばらしい!ロック全開なリズムで始まったかと思うと、リズム隊だけ残してフラメンコに!ドラムとベースが刻むリズムの上で、パル マ(手拍子)、サパテアード(靴音のリズム)、ハレオ(かけ声)が飛び交う。これぞフラメンコ・ロック!熱くなる!一気に彼らの世界に引き込まれる。

歌詞はほぼすべて英語で、David Allenの歌い方はフラメンコ唱法ではなく、粘り着くような、ちょっとクセのあるロック的なもの。しかしその情熱的な歌い方が、曲の中のフラメンコリズムや、フラメンコギターに違和感なく溶け込む。フラメンコギターソロ曲もあり、ロック的なテクニックのみならず、フラメンコのテクニックもきちんと持っている。ロックとフラメンコ、動と静のバランスが絶妙なのだ。

そ してボーカルハーモニーも魅力だ。特にラスト、「Fandangos in Space」終盤で、前の曲の「Reirando」の歌がパルマとサパテアードだけをバックにリプライズされる瞬間は、神聖さを感じさせるほどの美しさ! そしてそのまま激しいパルマとサパテアードにメロトロンが入り疾走する「Reprise」へなだれ込む!

テクニックとセンスと、フラメンコをロックに取り込んでしまえ〜という発想の大胆さが生んだ傑作!


「フォール・オブ・ハイペリオン」

Fall Of Hyperion(1974年)

Robert John Godfrey(ロバート・ジョン・ゴッドフリィ)


Fall Of Hyperion」(邦題は「フォール・オブ・ハイペリオン) は、のちに英国 屈指のクラシカル・ロックバンドThe Enidを立ち上げるキーボード奏者Robert John Godfrey(ロバート・ジョン・ゴッドフリィ)が、1974年に発表したソロアルバムである。様々なプログレッシヴ・ロックが生まれた本家イギリスに おいても、極めてオリジナリティあふれるアルバムだ。その特異さはメンバー構成からもわかる。

 Robert John Godfrey:キーボード、作曲
 Christopher Lews:ボーカル、作詞
 Neil Tetlow:ベース
 Jim Scott:ギター

こ の4人のメンバーを核に、Nigel Mortonがハモンドオルガンで、Tristan FryとRonnie McCreaがパーカッションでサポートをしている。お気づきであろうか。そうなのだ、ドラマーがいないのである。つまりロックやジャズの基本となるビー トが刻まれないのだ。パーカッションは大活躍する。ただしそれはオーケストラ的な使われ方においてである。シンバル、スネアドラム、ティンパニーなどが、 シンフォニーを奏でるように、アルバムの随所で、曲をドラマティックに盛り上げる。リズムをキープするというより、装飾的な使われ方なのだ。

ではこの編成で曲はどのようなものになるのか。誤解を恐れずに言えば、クラシック歌曲に近い。そこにロック的なダイナミズムとクラシック的なキーボードインストゥルメンタルを詰め込み、シリアスな雰囲気も加えて、ジャンル分け不可能な音楽が作られたのだ。

Lews の少し陰のあるボーカルが表情豊かに歌い、ベースとティンパニーが低音部を固め、ギターがメロウなメロディーを入れてくる。しかし、主役はキーボードだ。 オーケストラの弦楽器パートをすべて置き換えたかのような、圧倒的なメロトロンの嵐。叙情的なメロディーが重層的に鳴らされる時の美しさ。 Anekdotenなどのヒリヒリするような音色とは異なり、雄大で包み込まれるような厚みと深みのある音だ。

後半ではGodfreyの 独断場で、美しいピアノソロやパイプオルガンソロも飛び出す。しかしどのプレイもテクニックを誇示するのではなく、あくまで優雅に繊細に、ロマンティック な世界を表現していく。このGodfreyの持っている非常にクラシカルなキーボードテクニックと作曲能力が、オーケストラ的なパーカッションの助けを借 りながらも、結果的にクラシックではない音楽、ロック的なパワーを持ち合わせた音楽になっているところが、本作の最大の魅力であろう。

それにはボーカルのお貢献度も高い。Lewsの安定感のある歌と個性的な声質はとても魅力的で、Godfeyと競作扱いか、2名バンド名義にしてもいいくらいの存在感を持っている。

こ の後結成されるThe Enidでは、弱いながらもドラムが入り、アルバムを出すごとに次第にリズムが強化されてロック色が濃くなっていくが、そういう意味でもまさに Godfreyの目指す音楽の原点であり、もっとも先鋭的にそのアイデアが実現された作品だと言える。メロトロンの含有量も含めて、他に類を見ない傑作。


「ダンセズ・オブ・デス」メコン・デルタ

Dances Of Death(1990年)

Mekong Delta(メコン・デルタ)


Dances Of Death」(邦題は「ダンセズ・オブ・デス」)はドイツのテクニカル・メタルバンドMekong Delta(メコン・デルタ)の1990年作の第5作目。タイトルは「死神の踊り」。当初はメンバー名も隠し、プロモーションやインタビューなどもほとんど行わず、その高度で複雑怪奇な曲でリスナーの度肝を抜いたバンドだ。

しかしこのアルバム発売の頃には、ベースのRalph Hubert(ラルフ・ヒューベルト)を中心とするプロジェクトバンドであることがわかってきていた。ちなみにRalphはプロデューサー/エンジニアとして知られていた存在だった。

スラッシュ・メタルの要素が強く、ザクザクと刻まれるリフでありながら、曲はどこまでも突っ走る。変拍子リズムも満載で、一聴したくらいでは曲の全体像がまったく掴めない。

にも関わらず、クラシックへの関心度も高く、各アルバムに必ずクラシック曲を入れているというこだわり。後には「展覧会の絵」をバンドヴァージョンとバンド&オーケストラヴァージョンと2種類入れたアルバムを出すなどというスゴいことも行っている。

わたしが最初に聴いたのは2ndアルバムで、H.P. Lovecraft(ラブクラフト)の同名小説をコンセプトに作り上げた「The Music Of Erich Zann」。最初の印象は「曲構成が全然つかめん!それでもこの勢いで最後まで演奏を続けるのかぁ!」だった。ボーカルが乗るのを拒絶してるんじゃないかと思えるほど、入り組んだ曲をハイスピードで演奏していた。

本作は、初期のスラッシュ・メタルな攻撃性と複雑な曲構成を残しながら、全4曲、そのうち1曲は19分を越え、さらにもう1曲、10分を越える、バンドアレンジによる「Night On A Bare Mountain(はげ山の一夜)」を含む大作となっている。

一般的な括りとしてはプログレッシヴ・ロックと見なされないかもしれないが、私的には完全にプログレッシヴ・ロックである。曲の屈折度と演奏のスゴさ、さらに実は譜面に起こして作曲していると言う構築性の高さを持ちながら、ヘヴィなリフの嵐。そしてリフも変拍子。

タイトル曲「Dances Of Death」は8パートに分かれた19分を一気に突っ走る曲。でありながら、クラシックのロンド形式に乗っ取って書かれていて、同じ主題(ロンド主題)を、異なる旋律をはさみながら、何回も繰り返すというもの。

 Doug Lee:ボーカル
 Uwe Baltrusch:ギター
 Ralph Hubert(Bjorn Eklund):ベース、アコースティックギター
 Jorg Michael(Gordon Perkins) :ドラムス
( )内は変名

Dream Theater系のプログレッシヴ・テクニカル・メタルに比べ、それこそ譜面で弾いているかのように全員が複雑なアンサンブルを奏でながら疾走しているので、叙情的な部分や動の部分に対する静の部分とかいった緩急はなく、ボーカルもキャッチーなメロディーとは縁遠く、時には楽器の一部のような扱い。

キメと言えるような構成上の見せ場もなく、ひたすら渦巻き突き進む、よりマニアックな音だと言えようか。それでも初期の頃に比べ多少全体像を捕らえやすくなったかという感じ。

ツ インギターだった編成が、本作からギターが一人になり、コンパクトなバンド編成になったこともあり、それまでのアルバムではクラシック曲が異質な感じがし たが、本アルバムでは、オリジナルの大曲も2曲の小曲も、最後のクラシック編曲大作も、違和感なく同じ流れの中で聴くことが出来る。

そして問題の「Night On A Bare Mountain(はげ山の一夜)」。これまでのアルバムでのクラシック曲の編曲もかなりオリジナルに忠実なアレンジがなされていたが、ここでも極めて元の曲に忠実にメタル化している。しかしツーバス、メタルリフの嵐は変わらず。

しかしテクニカルにしてクラシカルなので、プログレッシヴ・ ロックなのかスラッシュ・メタルなのか、クラシックなのか頭が混乱する。そこがまた快感。そして完全インストゥルメンタルで最後まで突き進む。キーボードなしのギターバンドだから、メロディとリフが勝負だ。緩さのカケラもない。逆に鬼気迫る感じはオリジナルの目指すところに近いのかも。

アルバムの最初と最後に入るRalph Hubertの音の太いアコースティックギターが、唯一静寂をもたらす至福の瞬間だ。

このギターリフとパワフル&テクニカルなドラムス、そして延々と続くかのような変拍子メタル。甘いメロディーや美しいハーモニー、分厚いキーボードや夢見るようなアコースティックパートを求める人には、かなりの拒絶反応があるだろう。

でもハマると抜けられない魅力を持つ。傑作である。

ちなみに前述の「The Music Of Erich Zann」も名作だが、個人的には新ボーカルが、加入以前の曲に付いていけなくなりそうなまま突っ走るライブアルバム「Live At An Exhibition」がスリリングでお気に入り。そして久しぶりに出た最新作「Lurking Fear(ラーキング・フィア)」(2007)がまたイイ。ボーカルがハモルんですよ、なんと。

プログレッシヴ・ロック的には、いかにもメタル系なギトギトしたジャケットがキツいですか。


2009/06/25

「ミラージュ(蜃気楼)」

Mirage(1974年)

Camel
(キャメル)


Mirage」(邦題は「ミラージュ(蜃気楼)」) は、イギリスのロックバンドCamel(キャメル)が1974年に発表したセカンド・アルバムである。後の「Snow Goose(スノー・グース)」や「Moonmadness(月夜の幻想曲)」とともにバンドを代表するアルバムである。

ではこの「
Mirage」の魅力はどこにあるかというと、ファンタジックな面もあるが後のアルバムに比べ一番ロック色が強く、魅力的なメロディーを武器に力強いアンサンブルが聴けるところだろう。

 Andrew Latimer:ギター、フルート、ボーカル
 Peter Bardens:オルガン、ピアノ、チェレスタ、ムーグ、メロトロン、
        ボーカル
 Andy Ward:ドラムス、ビブラフォン、パーカッション
 Doug Ferguson:ベース

アルバム最初の曲「Freefall」は、イントロでベースとムーグがユニゾンで低音部のリズムを刻む。ムーグの音色が変化するので同じ単調なリズムでも何かが起きそうな緊張感がある。このあたりのキーボードの使い方がやっぱり上手いなぁと思う。

そして裏打ちで切り込んでくるギターがイントロ部分の緊張感を高める。メロディーに移るとギターとキーボードがユニゾンになったり3度でハモったりと抜群のコンビネーションを見せる。シンバルワークを含め、すでにドラムのプレイには多彩さが見られる。

ボーカルはまだまだ弱い。しかしアドリブに頼らず、きちんと魅力あるメロディーをギターとキーボードが互いにサポートし合いながらプレイしていく気持ちの良さがある。心地よい音楽である。

「Supertwister」ではAndyのフルートが軽やかにメインメロディを奏でていく。しかしここでもオルガンが柔らかい音でサポートしているのが印象的だ。

「Nimrodel」 は叙情的なメロディーが美しい9分を越える組曲。最初に出てくるフルートも効果的。このあたりの曲調がCamelのその後の大きな特徴となっていく。しか しこの曲では、一転してスリリングな展開。細かいハイハットを刻む激しいドラミングに合わせて、キーボードソロからギターソロへ。リズムも緩急が激しい。 後半部分では一定のベースのリズムに上で自由奔放なギターソロが展開される。でも低音部分に比べてギターはエコーがかかってスチールギターっぽい音。ギ ターソロでも全体のドリーミーなバランスを崩さない。

「Earthrise」でもギター、キーボードのアンサンブルは鉄壁。ここでのメロ ディーはムーグシンセサイザーが主役。しかしバックのリズムカッティングが曲をサポート、逆に中間部のスリリングなギターソロではオルガンが上手くリズム を刻んでギターをサポート。曲が冒頭部分のリプライズになる直前のユニゾンがカッコイイ。

最後は、その後定番曲になっていく13分近い大 曲「Lady Fantasy」。甘いギター、甘いボーカル、軽やかなエレピ。それを甘過ぎないように抑制しているのは、ハイハットやスネアを細かく鋭く入れていくドラムとファズっぽい音のオルガン。インストゥルメンタルパートの多彩なメロディー、リズムチェンジ、リード楽器の的確な交替と互いのサポート。

つくづくCamelは曲の良さと、アンサンブルの良さが信条なんだなとあらためて思う。ソロがテクニカルは方向へ決していかない。これCamelのキモかもしれない。

このアンサンブルの作り方が、ジャズ的なソロ対バック、ソロ対ソロの応酬というのとも違うし、ギターかキーボードのどちらかが終始主役でアドリブでソロを弾 きまくるというわけでもない。このまるでペアダンスを見ているような、見事な両者のバランスがCamelらしいところなのだ。その魅力がインストゥルメン タルパートに一番出ているのは、実はこのアルバムかもしれない。

プレイや音色にハードな面を残しているという点には、彼らの若々しさや意気込みもうかがわれる。ファンタジックな方向に向かっていく依然の、洗練されていない魅力が残っている一枚と言える。これも傑作。

なおProgLyrics何曲か訳詞と解説を行っているのでご参照下さい。