2026/07/23

「ユニオミスティ」那由多計画

原題:「ユニオミスティ(Uniomisty)」(2026)
那由多計画(Project NAYUTA)


札幌出身の「
プロビデンス」が1990年に発表したデビュー・アルバム『伝説を語りて』」は、久保田陽子という強力なボーカルと、塚田円の分厚いキーボードとを中心とした、パワフルな演奏と複雑な楽曲と高度なアンサンブルが魅力の、恐ろしくハイレベルな作品だった。

その塚田円のバンド「那由多なゆた計画」が今年2026年にリリースした3rdアルバムが、この
CD2枚組の超大作ユニオミスティ』だ。

《メンバー》
 月本美香:ボーカル
 世良純子:ボーカル
 重本遼大郎:ドラム
 塚田円:キーボード、カスタネット
《サポート》
 栗谷秀貴:ギター
 国分巧:ベース、インスタコード

とにかくツイン・ボーカルに、言葉を失うほど圧倒される。それもそのはずで、一人は、かつてプログレッシヴ・ハードロック・バンド「マージュリッチ」の第三期からボーカルを務め、現在はアルハンブラでも活躍中の、〝狂気と驚異のハイトーンボイス〟世良純子、そしてもう一人は、同じく「マージュリッチ」第八期からのボーカルを務め、「浪漫座」のボーカルとして「ページェント」の後を継ぐ傑作アルバム『綺麗な人たち』(2026)を作り上げた、〝パワフル&変幻自在ボイス〟の月本美香なのだから。

この二人の圧倒的な声量と、多彩な表現力と、正確なピッチが、まさにここにしかない〝プログレッシヴ〟な世界を作り出す。このような音楽は聞いたことがない、と思えるほどの衝撃である。

まず驚かされるのが、歌のほとんどすべてが二人のハーモニーで構成されている点だ。それも、一人がメインメロディを力強く歌い、もう一人がサビの部分でハモるという一般的なハモリではなく、二人のボーカリストがフロントに同列に並んで、力強く、表情豊かに声を重ね、時にせめぎ合い、時に溶け合いながら、ぐいぐいと曲を引っ張っていくのである。これが実に新鮮なのだ。

加えて、微妙なピッチコントロールが要求される非常に高度なハモリが随所に含まれているのも、聞いていてゾクゾクする。それぞれ個性的な声ではあるが声質は似ているので、ロックでは中々聴くことのできない、奥深い響きを体験できるのだ。

そして、このハイレベルなツイン・ボーカルが歌いまくる曲が、どれも変拍子満載ながらも難解に陥ることなく、むしろ意外なほどキャッチーであることも、大きな特徴だろう。すべての作曲を行なっている塚田円のバランス感覚の見事さである。

これは1970年代の、まだジャンル化される前の有名バンドが持っていた「構成が複雑であったり、演奏が超絶であったり、アプローチが実験的であったりしながらも、印象的なメロディがあって、曲としてはポップに聞けてしまう(イエスがその典型的なバンド)」という特徴を、引き継いでいると言っても良いかもしれない。

そしてまた、この強烈なボーカルに負けじと繰り広げられる、ハードでテクニカルな演奏も素晴らしい。最初はどうしてもツイン・ボーカルに耳を奪われてしまうが、堅実で重厚なバンドサウンドが、このツイン・ボーカルを支えているのだ。生々しいドラムスの音も好みだ。

さらに客演メンバーのプレイも光る。「美狂乱」の須磨邦雄によるギター、「ファンタスマゴリア」の藤本美樹によるヴァイオリン、「TEE」のフロントマン今井研二によるフルート、「ドリーム・シアター」や「プラネットX」などの活躍で知られるデレク・シェリニアンのキーボード、ギターのように歪んだ音が独特なフェイ・ターンのテルミン、繊細な音色が美しいwaraのピアノ。誰もが一曲での参加だが、それぞれにとても印象的なプレイを披露してくれている。特に久々に登場した藤本美樹の、短いけれど鬼気迫るヴァイオリンが素晴らしい。

しかし、これだけのメンバー&サポート&客演たちによる強烈なパワーを前にしても、ツイン・ボーカルはびくともしない強靭さを持っている。

まさに、ここにしかない音楽、ここでしか聞けない〝プログレッシヴ・ロック〟の誕生である。

2013/04/13

「天眼("Viljans Öga)」アングラガルド

原題:Viljans Öga(2012)
  Änglagård

1990年代初頭に北欧スウェーデンから突如現れ、圧倒的なヘヴィー・シンフォニック・サウンドを誇る3枚のアルバム(内1枚はライヴ)を発表後に解散したAnglagardが、2012年に18年ぶりの新譜を発表した。

通常の曲展開の定石に縛られず、曲をどんどん展開させて行く先の読めない構成や、静寂から轟音までの急激で時に唐突なほどの揺れ、グルーヴしないドラムスのナタで叩き切るような打音、低音でも研ぎすまされた鋭角的な音で迫るリッケンバッカー・ベース、暗く寂しい森の奥へと足を踏み入れていくようなフルートとメロトロン。基本的な特徴は18年前の作品群を継承していると言って良い。しかしサウンドの深みはその比ではない。

Mattias Olsson: drums, percussion and noise
Johan Brand: bass and Taurus
Thomas Johnson: Pianos, Mellotrons and synths
Jonas Engdegård: guitars
Anna Holmgren: flute and saxophone

with:
Tove Törnberg: cello
Daniel Borgegård Älgå: clarinet, bass clarinet, baritone saxophone
Ulf Åkerstedt: bass tuba, bass trumpet, contrabass trumpet

曲展開が読めないため予定調和的な安心感を得られないことから、彼らのサウンドにはどこか聴く人の共感を拒絶するようなところがある。しかし、だからと言ってそこにはアンチ・ポップス的な意図や主義主張的なものは感じられない。分かる人が分かれば良いというような自己満足的な開き直りもない。自分たちのオリジナルな音楽を誠実に突き詰めた結果、そうなってしまったというような壮絶さがあるのだ。

恐らくそうやって音楽を創出していく作業は非常に過酷なことだったと思われる。解散を決意したというProgfest '94のステージを記録した3rdライヴ・アルバムのタイトル「Buried Alive(生き埋め)」が、当時のメンバーのギリギリの精神状態を物語っていると言えよう。


そして18年ぶりに届けられた新譜では、上記のような基本的なAnglagardサウンドを継承しつつも、かつての叙情を断ち切るような急激な変化は影を潜め、次々に展開していく一曲一曲の流れは聴けば聴くほど説得力を増し、何より心に沁み居るような美しい素朴でメロディーが、曲の魂のように用意されているのであった。そこに今までの作品には無い“色気”のようなものが感じられるのだ。

特に1曲目と3曲目(全4曲)のメイン・テーマは、キラー・メロディーと呼びたいほどの素晴らしさである。そこに山場を持っていく曲構成も素晴らしい。

いわゆる“シンフォニック・ロック”な音像ではなく、室内楽のような生々しい楽器の音も特徴で、特に低音域で活躍するフルートが今回は目立っている。フルートとサックスを操るAnnaの存在感がとても増していると言える。

アレンジもさらに複雑さを極め、メロディーの周りで複数の楽器が常に絡み合っている。そして全編通じて薄暗い悲しみと途切れることの無い緊張感が漂っているのだ。

私的にはやっと、やっと70年代に比肩しうる“今の時代”のプログレッシヴ・ロックが生まれたように思う。もちろん好みの問題はあろうけれど、70年代の有名なバンドのサウンド+αではなく、70年代のバンドには到達出来なかった別世界にAnglagardは到達したのだ。そう言う意味も込めて今作は彼らの最高傑作である。 

作品の完成を待っていたかのように、あるいは全ての力を注ぎ尽くしたかのように、バンドはアルバム発表後の2012年秋に大幅なメンバーチェンジを行なう。中心人物であったMattiasを筆頭に、ギターのJonasとキーボードのThomasが脱退し、かつてのメンバーTord Lindmanが復帰、さらにドラムスとキーボードに新たなメンバーを加えて、バンドは再始動した。

2013年に奇跡の来日を果たし、その後も精力的にライヴをこなしている彼らが、新しいラインアップでどのような音を造り出してくれるか、興味と興奮はまだまだ尽きない。

2012/11/19

「枯れ葉が落ちる庭園」イングランド

Garden Shed(1977)

England

Englandは1977年という、プログレッシヴ・ロックのブームが次第にパンク&ニューウェーヴに飲み込まれようとしていた頃に登場したバンドである。Aristaレーベル唯一と言えるプログレ・バンドでありながら、満足なプロモーションはされず「Aristaのマーケティング担当者は、アルバムが発売される週には揃って休暇を取ってどこかに行っていたんだ。」という有様であったという(Robert Webb インタビューより)。

King Crimsonはすでに1974年に解散している。1977年という年には、Yesは「Going for the One(究極)」を、Genesisは「Wind & Wuthering(静寂の嵐)」、そしてEL & Pは「Works Volume I(ELP四部作)」を、さらにPink Floydは「Animals」発表したが、いずれも悪いアルバムではないものの、従来の冒険に満ちた姿勢や刺激的な音は消え、その後のポップな路線に向う転換点となったアルバムである。

しかしそれまでシーンを強力に牽引していたバンドに翳りが見えて履いたものの、Camelの「Rain Dances(雨のシルエット)」が1977年、UKのデビューアルバム「UK(憂国の四士)」が1978年、The Enidの名作「Aerie Faerie Nonsense」が1977年、Illusionの「Out of Mist(醒めた炎)」が1977年など、まだまだ力のあるバンドが音楽シーンと格闘しながら魅力的な作品を出している時期であった。

Englandはそこに登場したのである。それまでの活動を縮小/変更したのではなく、まさにその時期のプログレシーンにダイレクトに向けた音を携えて。

Martin Henderson - Bass, Vocals
Franc Holland    - Guitars, Vocals
Jode Leich       - Percussion, Bass, Vocals
Robert Webb      - Keyboards, Vocals

 左からRobert Webb, Martin Henderson, Jode Leigh, Frank Holland

UKはパンクへの挑戦という姿勢で、ジョン・ウェットンのポップな感覚を強めながらも、強烈なテクニックと変拍子満載の複雑な楽曲で対抗しようとした。しかしEnglandはハナからパンクなどのシーンには興味がなかったかのように思えるのだ。唯一のアルバムとなったこの「Garden Shed」を聴くと、自分たちが聴いてきたバンドやそのサウンドが、好きで好きでたまらないという思いが伝わってくる。

指摘され易いのはYesとGenesisの影響である。甲高いスネアが特徴のドラムスは一聴するとBill Brufordを思い出させるし(プレイは実は似ていない)、高音でハモルとYesに近づく。叙情的なギター&キーボードやちょっと演劇的なボーカルは確かにGenesis的である。

確かに最初はその部分に違和感や拒否感を感じるかもしれないが、次第に「僕らはこういうバンドが好きで、こういう音楽をやりたいんだ」という強い主張として微笑ましく聴けてしまうのだ。それは何よりも曲がモノマネや寄せ集め的なものではなく、非常に良く出来ていて魅力的なことによる。

スネアの音が個性的なドラムスもプレイはいたって堅実で、細かく展開して行く曲を上手く引き締めているし、ボーカルも良く聴けばポップソングにも向いている甘い声である。そしてメロトロンの劇的な使い方も含めて、曲構成が聴き手を飽きさせないのだ。メロディーも、キャッチーでありながらドラマチックな演奏と違和感なく溶け合っているところが素晴らしい。

そこには1970年代前半の活動でやり尽くした後の、次なる展開を探る迷いもなければ、やりたい事をやり続けるのか“ポップ化”して時代を乗り切るのかというジレンマもなく、また時代に抵抗しようという気負いもない。ただ1970年代前半のシーンへの愛と、そういう音楽を奏でたいという強い思いと、時代がどうであれ自分たちはそれで良いんだという自信が感じられるのである。

それを可能にしているのはやはりそういう思いや姿勢を曲に反映させられるだけの作曲センスと、突出しているプレーヤーはいないけれど、堅実に美しいアンサンブルを聴かせてくれる、各メンバーの技量なんだと思う。

まさに“愛すべき作品”という言葉がぴったりな傑作である。