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2010/11/06

「おせっかい」ピンク・フロイド

原題:Meddle(1971年)

ピンク・フロイド(Pink Floyd)


1971年秋、前作「Atom Heart Mother(原子心母)」から約1年後に発表された作品であり、怪物アルバムとなった次作「The Dark Side of the Moon(狂気)」へと向うメンバーの当時の充実度が現れたアルバムだ。

構成は「Atom Heart Mother」に似て、当時のLP片面に小曲を配し、もう片面を大作1曲で占めるというものだが、本作ではまずA面に小曲が並び、ラストを大曲が飾る流れとなっている。それもあってか、最初に「One of These Days(吹けよ風、呼べよ嵐)」というインパクトの強い曲が置かれている。つまり「ハードな世界」→「アコースティックな世界」→「幻想的な世界」という絶妙な流れができあがっているのだ。
 
ちなみにインストゥルメンタル曲「One of These Days」の中で、イコライズられた声で何やらうめくように叫ばれているのは次のような言葉だ。

   One of these days, I'm going to cut you into little pieces!
   いつの日か、俺はお前を粉々に切り刻んでやるぜ!

「吹けよ風、呼べよ嵐」という勇ましい邦題とはちょっと違った、心の奥底に秘めた憎しみを吐露したようなものである。だからサウンドだけでなく、曲全体としても“ハード”なのだ。


   Roger Waters:ベース、ボーカル
   Nick Mason:パーカッション
   Dave Gilmour:ギター、ボーカル
   Rick Wright:キーボード、ボーカル


このアルバムで特徴的なのは、メンバー全員が迷いも不安も苦悩もなく、自由に自己表現しようとする姿勢に満ちていることである。それは時代への意識や個々人の感情や思想などの比重が次第に大きくなっていくその後の作品にはない、ある意味余裕と軽やかさを併せ持った姿である。

特にNick Masonの多彩とは言いがたいけれど、的確で味のあるドラミングや、Rick Wrightのリズミカルで即興的なオルガンの響きは、このバンドが決してDave Gilmourのギターだけに頼っていたわけではないことを示している。

さらに言えばGilmourのギターも、その後の作品ほど前面で鳴っているわけでもないし、ブルース色が強い情感豊かなギターという際立った特徴にも至っていないのだ。もちろん幾重にも重ねられたギターサウンドや、時折見せるタメの聴いたソロは十分魅力的ではあるけれども。

こうして前作とは一転して4人のメンバーだけで作り上げることで、そうしたメンバーの活き活きとしたプレイは強調され、それはPink Floydの作品群の中でも比類無き幻想性と深みを持った「Echoes(エコーズ)」を生むこととなる。

「Echoes(エコーズ)」がその後の大曲と大きく違っているのは、それがまだ今まで達し得なかった音楽世界をつかみ取ろうとした曲であるという点ではないかと思う。そこには個人的思想や感情の吐露はなく、ただ大きな時間と空間の流れの中で、聴く人それぞれに永遠に身を委ねていたくなるような、どこか既視感のある世界を喚起するような力が存在するのだ。

通常はハモンド・オルガンにつなぐレスリー・スピーカーを使った、ソナーのような極めて印象的なピアノの響き。鳥の泣き声のようなギター。物悲しくも美しいボーカルハーモニー。永遠に続くかのような中間部のジャズーなリズムとエコーの効いたギターソロ。そこでは4人の演奏とサウンドアイデアが見事に解け合っている。

もちろんサウンド操作、サウンド・イフェクトに対するこだわりは相変わらずで、「One of These Days」のベースの重ね具合、シンバルの逆再生音の挿入、ステレオの左右へ効果的で意表をつくように行なわれるパン(音の振り分けや移動)。テクニックで聴かせるバンドではないが、心地よさと直接感覚にくる刺激に満ちたサウンドである。Pink Floydの作品群の中でも非常に特異な傑作大曲である。

さらに特筆すべきは、「Echoes」のボーカルメロディーもそうであるが、小曲で聴かれるアコースティックなサウンドにおけるメロディーの良さ。こうしたメロディー勝負の小曲だけでも、秀でたアルバムが作れたんじゃないかと思えるほどだ。

「The Dark Side of the Moon」的な一部のスキもないかのような緻密な構成という“制約”もなく、メンバー全員が自分の音、自分のプレイ、自分たちの作り出すサウンドに、大きな自信を持ち、大いなる可能性を信じて作り上げた傑作。

さらにこの「Echoes」をメインにした秀逸な音楽映像「Live at Pompeii」も必見である。メンバーへのインタビューなどを含めたディレクターズカット版と、オリジナル版が含まれているが、演奏のみに集中したオリジナル版が圧倒的に良い。

ポンペイの円形劇場における、観客のいない野外ライヴ映像である。メンバーが媒介となって開かれる神秘的で時空を超えたような音宇宙に打ちのめされる。特にDave Gilmourのギターは、アルバムを軽く凌いでいると言える。

なお「Echoes」については、「ピンク・フロイド 幻燈の中の迷宮」(今井壮之助/高橋伸一著、八幡書店、1997年)で、非常に詳細な分析がなされている。「Echoes」の魅力を探るには必携な一冊である。

 

2009/06/20

「原子心母」

Atom Heart Mother(1970年)

Pink Floyd(ピンク・フロイド)


Atom Heart Mother」(邦題は「原子心母」)は、Pink Floyd1970年に発表した代表作の一つ。日本では当時のLPレコードの帯に「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり」と書かれていて、始めてプログレッシヴ・ロックという言葉が使われたことでも有名。

それまでの、サイケデリックムーブメントの中で実験的な音作りをしていたバンドが、旧
LPA面全てを使って、構築性の高い24分近くにも及ぶ大作組曲「Atom Heart Mother」を作り上げたことが、Pink Floydの歴史の中でも画期的であった。

さらにここでスキャットは入るがボーカルはなく、オーケストラやバイクの音などの
SEが使われていることなども大きな特徴である。ただしオーケストラと言ってもチェロ奏者と10人の管楽器奏者、20名の合唱団が加わって作られている。つまりストリングスの華麗な音はそもそも期待できないのである。

 
Roger Waters:ベース、ボーカル
 
Nick Mason:パーカッション
 
Dave Gilmour:ギター、ボーカル
 
Rick Wright:キーボード、ボーカル

何と言ってもアルバムタイトルの「
Atom Heart Mother」が圧巻である。このタイトルは、新聞に記事に載っていた「「原子力で稼働するペースメーカーを移植されていた妊婦についての新聞記事から取られた」(「ピンク・フロイド Story & Discograpy」和久井光司、松井巧、管岳彦、岩本晃市朗、池田聡子、ビー・エヌ・エヌ、1999年)という。正確には1960年代に一般的に使われていた「原子力電池」のことだろう。その後1970年以降はリチウム電池に取って代わられてたとのこと。

したがってこの曲は、次第に詩的テーマを持ち始める後期とは違い、タイトルとも意味ありげな牛のジャケットとも関係はない。

面白いのは、オーケストラを大胆に導入しているにもかかわらず、クラシカルな格調や気品の高さを引き出そうとはしていないという点だ。バンドとぶつけてみて何が出てくるか試してみた、そんな感じなのだ。

主題
になるメロディはオーケストラが奏でている。基本的なリズムはPink Floydが取っており、両者が重なると雄大な光景が広がる。しかしそれはもともとのメロディーに負うところが大きく、クラシカルな流麗さとかオーケストラの迫力とはまた異なったものだ。

ベースに導かれて奏でられるオルガンとチェロのパートが美しく、チェロが去りギターが入ると
サイケデリックなバンド演奏となる。これにまたオーケストラが重なってくるのだが、両者が溶け込もうとしている感じが薄い。

オルガンをバックに、遠くから聞こえてくるようなスキャットが次第に重なっていく。これまた流麗ではない。むしろ不器用なくらい不思議な旋律を歌わせている。リズムにも乗り切れていない。このスキャットからも感じられるように、終始どこか実験的な臭いがぷんぷんしている。

さらにバンド演奏で一定のリズムをキープする中で、合唱隊が、より原始的でフリーな声を聞かせてくれる場面が面白い。最初に聴いた時は、この部分の大胆さにたまげた。

主題と なるメロディをオーケストラが繰り返し、音楽はさらに実験的な方向へ進んでいく。リズムはなくなり、不気味なSE、イコライズされた声など、様々なサウン ドのコラージュ、そして波の音とともに大地を揺るがすような大音響。記憶が混濁するかのように切り刻まれ折り重なって繰り返される序盤の音楽、そのバラバ ラな音が、次第に意識を取り戻すかのように最初のテーマに戻ってくるところがスリリングだ。

雄大な主題を核に様々な音が、ある時は叙情的 に、ある時は幻想的に、そして実験音楽的に、切れ目なく浮かんでは消えていく。Pink Floydがオーケストラを従えてプレイしているという感じでもなく、オーケストラの演奏にロック的な色づけをしたということでもない。それぞれが微妙に 絡みながら、ロックでもクラシックでもない音楽を手探りで作り上げた、という感じだ。その“
手探り感”がこの曲の醍醐味だろう。

際 立ったソロプレイなどもない中で、全体のムードを決めているのはRick Writeの甘い音色のオルガン。適度な安心感を与えてくれつつ、全体を引き締めているのはNick Masonのドラム。タタンタ、ンタタンという、彼独特の、間を活かしたゆったりしたリズムが、この曲にPink Floyd的心地よさを与えているとすら言える。

この、実験的ゆえのぎこちなさを残しつつ、様々な音楽的要素を見事に一つの大曲につなげたのは、実は彼らの友人であった音楽家のRon Geesin(ロン・ギーシン)であった。そしてこの音の迷宮は出口を見失いそうになりながら、最後は大団円風に終わるのだ。

旧LP時代のB面にあたる小曲も、それぞれが味わい深い。最後の曲にはSEを多用したお遊び的要素もあり、アルバム全体として、急成長していく余裕、予感が感じられる。傑作。



2009/06/19

「炎 〜あなたがここにいてほしい〜」

Wish You Were Here (1975年)

Pink Floyd(ピンク・フロイド)


Pink Floyd(ピンク・フロイド)1975年発表の作品である。邦題は「炎 〜あなたがここにいてほしい〜」。前作の「The Dark Side of the Moon」(邦題は「狂気」)の大成功から2年、試行錯誤の末生み出されたこのアルバムは、「The Dark Side of the Moon」の、計算し尽くされた息苦しくなる程のスキのなさとは対照的に、David Gilmourのブルージーなギターが中心となり、ラフな雰囲気が持ち込まれ、効き易い印象を与える作品となった。

しかしそのラフな印象とともに、全体にメランコリックな暗鬱さが立ちこめており、「The Dark Side of the Moon」の冷めた音に比べ、とても情感のこもったアルバムとなっているのが特徴となっている。

 
Roger Waters:ベース、ボーカル
 David Gilmour:ギター、ボーカル
 
Nick Mason:ドラムス
 
Richard Wright:キーボード、シンセサイザー

その要因はこの「Shine On You Crazy Diamond」で狂ったダイアモンドと呼びかけられるかつてのオリジナルメンバーだったSyd Barrett(シド・バレット)への、メンバーの個人的な想いが詰まっているからだ。Sydは才能豊かなバンドの最初のリーダーでありながら、精神的にダメージを負いバンドを去らねばならなくなったと言われている。

それを何よりまず感じさせるのが「
Shine On You Crazy Diamond part 1」冒頭のGilmour7分を超えるギターソロ。ゆったりしたFloyd独特の音空間をバックに、Gilmourのギターソロが悲しみをさらけ出すように歌う。これがいいんだ!そして静かにボーカルパートが入ってくる。歌は「輝くんだ、狂ったダイアモンド!」と悲痛な呼びかけを繰り返し、ギターソロを受け継いだようなサックスソロで曲のpart 1は終わる。

ドラマチックな「
Shine On You Crazy Diamond part 1」とは対照的に、「Wish You Were Here」ではラジオから流れてきた音に自然とギターを重ねてみたというような情景から、曲が始まる。シンプルで素朴な感じの曲だ。しかしここからもSydへの切々とした想いが伝わってくる。

おぼろげな記憶によると、
Pink Flyodが初めてシンセサイザーをメロディー楽器として導入したアルバムと言われていたように思う。味わい深いRickのオルガンが減ったのは残念だが、アルバムの最初と最後を飾る「Shine On You Crazy Diamond part 1」「同 part 2」で、奥行きのある深い音でメロディーを奏でているのが印象的だ。ギターの熱いプレイとは逆に、半ばあきらめの気持ちが混ざったような、悲しみをたたえたプレイだ。

これほど感情がストレートにアルバム全体を支配している作品は他にはない。客観的な立場から一歩入り込んで、唯一自分たちの心情を込めることができた作品。「
The Dark Side of the Moon」とは違った完成度を誇る傑作愛聴盤。

なお
ProgLyrics(プログリリックス)にて「Shine On You Crazy Diamondpart 1&2の訳詞を載せています。よろしければご覧下さい。


2009/06/18

「狂気」

The Dark Side Of The Moon (1973年)

Pink Floyd(
ピンク・フロイド)


イギリスから世界へ飛び出して一番成功したプログレッシヴ・ロックバンド、それがピンク・フロイドだろう。その最大のモンスター・ヒット作がこの1973年作の「The Dark Side Of The Moon」(邦題は「狂気」)である。

全英2位、全米1位、そしてビルボード誌のアルバムチャート200位以内に、なんと15年間もチャート・インし続けるという偉業を成し遂げた。シングルカットされた「Money(マネー)」もヒットした。

すでに1970年の「Atom Heart Mother」(邦題は「原子心母」)や1971年の「Meddle」(邦題は「おせっかい」)で、LP片面一曲という大曲を試みているが、本作では一見9曲からなる小曲集に見えるようでいて、実は全曲を通して聴くことを前提としたトータルアルバムになっている。つまり全一曲。

とは言ってもそれぞれ個性豊かな曲が、自然なかたちで結びつき、全体としてトータルなイメージを作り上げているということで、難解でも大仰でもなく、むしろそれ以前のアルバムに比べて聴きやすいとさえ言える。

 Davie Gilmour:ボーカル、ギター、VCS3
 Roger Waters:ベース、ボーカル、VCS3、テープイフェクト
 Richard Wright:キーボード、ボーカル、テープイフェクト
 Nick Mason:パーカッション、テープイフェクト

この他に、サックスにDick Parry(ディック・パリー)、スキャット・ボーカルにClare Torry(クレア・トリー)、そしてバッキングコーラスにさらに女性4人が加わるという、今までになくゲストの多い布陣。ちなみにVCS3というのは当時出ていたアナログシンセサイザーのこと。

しかし今聴いても実に巧みな作りになっている。心臓の鼓動のような音。後の「マネー」で出てくるSE、「虚空のスキャット」の予告のような女性の声が入り交じり、ゆったりとしたサウンドが始まる。

今改めて聴くと恐ろしく音が少ない。それでもPink Floydeが持つこの独特の心地よい浮遊感に魅き込まれる。そして力を抜いたボーカルが入る。このボーカルがいつ聴いても素晴らしい。美しいハーモニー だ。優しい声、優しいサウンドに包み込まれる感じ。ピンク・フロイドはコンセプトやムードや、Gilmourのギターで語られることが多いが、ボーカル ハーモニーの魅力は飛び抜けていることを軽んじてはいけないと思う。

「The Dark Side Of The Moon」(月の裏側)、とか「狂気」とかいったタイトルから、何か哲学的な、小難しく取っ付きにくい世界なのかと思ってしまうが、さにあらず。 「Breathe(生命の息吹き」で美しいハーモニーを聴かせ、そのまま「On The Run(走り回って)」ではシンセの反復音が左右にパンする中、走る足音が響く。手法としてはわかりやすい。陳腐と言われかねない。

しかし音の使い方が非凡なのだ。アルバム全体に言えることだけど、一つ一つの音を、計算し尽くして大事に作り込んでいる。SEも、何かに追い詰められているような感覚を作り出す。そして飛行機が墜落するような爆発音。

悪夢でも見ていたかのように、ベルの音の嵐が始まり次の「Time(タイム)」が始まる。ここでも一音一音が美しい。そしてGilmourの男っぽいボーカルが入る。ギターソロもカッコいい。この曲で入るソウルフルな女性コーラスが、実は次の「The Great Gig In The Sky(虚空のスキャット)」への導入になっている。流れが巧みだ。

ピアノの静かな音に人のつぶやきが重なる。「On The Run」でも、次の「Money」や「Us And Them」でもそうだが、こうした人の自然なつぶやき声もこのアルバムのトータル性や聴く者の精神的な不安定さを増すのに貢献している。そして「The Great Gig In The Sky」はソウル風な、ドラマチックで表現豊かなスキャットをメインに進む。これも今までのPloydにはなかったアプローチだ。旧LPではここでA面が終わりちょっとブレイク。

「Money」は個人的には正直ちょっと間の抜けた感じの、あまり面白くない曲。7拍子が特徴だが間奏部分のギターソロで通常の4/4になる切り替えがスリリングだか。でもこれがシングルヒットしてしまうんだから世の中わからない。

続く「Us And Them(アス・アンド・ゼム)」の方がボーカルがドラマチックに盛り上がり、Rick Wrightのオルガン、ピアノも美しい。間奏部のサックス、バックのコーラスも力強い。そのまま切れ目なしでインストゥルメンタルナンバー「Any Colour You Like(望みの色を)」に入り、途中ギターの会話のような掛け合いが入る。考えてみれば、それまでの実験的なインストゥルメンタルパートがほとんど姿を消している。

そして再び切れ目なしで「Brain Damage(狂人は心に)」。「狂気」という邦題タイトルはここから来たのか。「lunatic」という言葉は、もともとローマ神話における月の神 Lunaを起源として、「luna」は「月」のこと指す。人の精神状態は月の満ち欠けに影響されると考えられていたことから、狂気=lunaticという つながりができたという。「Dark Side Of The Moon」にピッタリの表現というわけだ。

曲はそのままラスト「Eclipse(狂気日食)」へ。「すべては太陽の下で調和を保っている。だがしかし…その太陽は月に食される(隠される)」という言葉でこの曲は終わる。調和は実はもろく、すぐその裏には狂気が隠されているとでもいうように。

実はその後、心臓の鼓動のようなSEに重なって「There is no dark side of the moon really. Matter of fact it's all dark(本当は月の暗い側なんて存在ないのだ。実際はすべてが闇だからね。)」というつぶやき声がまたまた聴こえるのだ、小さい声で。

こうして「The Dark Side Of The Moon」はトータル42分余りで終わる。「Time」における人生の無力感、「Money」における拝金主義、「Us And Then」における戦線に行かざるを得ない人やそうでない人との不公平な運命、不条理さ、「Brain Damage」における心の闇と、一見多面的に狂気を描いているようでいて、実はこのアルバムがリスナーに迫ってくるのは、Floyd的心地よさに包まれているからこそ不気味に心に入り込んでくる、つぶやき、笑い声、話し声などなのかもしれない。

実験的な難解さから分かり易さへ一歩近づいたことで生まれた、時代を超えた究極の一枚。個人的には最初に買った洋楽LP。それなのに「On The Run」のところにキズを付けてしまってすっごく後悔したことを憶えている。

「Meddle(おせっかい)」も一聴すると地味ながら奥の深いアルバムだが、そこからこの「The Dark Side Of The Moon」への、短期間での急激な変貌が、当時のロック興隆期とバンドの勢いを物語っているかのようだ。傑作中の傑作。


2009/06/08

「アニマルズ」

Animals(1977年)

Pink Floyd(ピンク・フロイド)



「The Dark Side of the Moon(狂気)」(1973年)の大ヒットで一躍スターダムに登り詰めた後、目標を失った虚無感、自分たちと“Pink Floyd”のイメージとのギャップ、音楽業界への不信感、周囲からのさらなる作品への期待などから、苦しみ抜いて作り上げたのが、一気に人間味あふれる 作品となった「Wish You Were Here(炎〜あなたがここにいてほしい」(1975年)であった。

そしてその2年後の1977年、「社会風刺、社会批判」という新たなコンセプトを得てアルバム「Animals(アニマルズ)」 を発表する。「The Dark Side of the Moon」にも社会批判的な要素はあった。しかしそれは社会体制というよりも、そうした社会を作り上げているわれわれ人間に課せられた業のようなもの、心 の内に誰もが抱え込んでいる不安や狂気の結果としての、社会の不条理を描いたいた。

しかしここでは専制君主的で横暴な豚、無心な羊、爪を立てて戦う犬をそれぞれ、資本家
、市民、インテリに例えて、非常にストレートに当時の社会状況、社会体制を批判している。当時イギリスでは失業者の増加という社会問題が深刻化していて、ちょうど1977年にパンク・ロックが爆発的に流行し始めた時期。若者たちの間に、政治や社会への不満や怒りといった思いがうっ積していた。

アルバム発売当初の印象としては、「The Dark Side of the Moon」のような人間の本質をえぐるようなところまで踏み込んだバンドが、結果的にパンクと同じ社会批判やっちゃうのか、と、かなり失望した覚えがある。ピンク・フロイドは、こことは別の世界を見せてくれるバンドだったはずなのに、「ここ」ど真ん中じゃないかと。それもジョージ・オーウェルの「動物農場」の物まねではないかと。

サウンド的にも、トリップ感覚を引き出すような音の作りはほとんど見られない。実験的な手法やSEの挿入なども見るべきものはないと言って良い。歌詞への比重が高まった分、サウンド的な工夫や斬新さはなくなってしまった。

コンセプトの陳腐さとサウンドのシンプルさゆえに、
一般的評価は他のアルバムに比べて決して高いとは言えない。もちろん当時のイギリスにおける社会的な状況下では、このようなコンセプトがある面、切実な意味を持っていたのかもしれないとは思うのだが。

しかしながら、「The Dark Side of the Moon」と「Wish You Were Here」のアルバムがあるから、別の魅力を見せてくれたアルバムとして、わたしはこの「Animals」は好きなのだ。

他の有名な作品群のように、幻想性に身を任せて聴くタイプとは異なる。直接的なメッセージ性の高いコンセプト内容と幻想性・神秘性の後退が評価の分かれ目なのだろうと思うが、わたしはそのシンプルな音が好きなのだ。

 Roger Waters:作詞、ベース、ボーカル
 David Gilmour:ギター、ボーカル
 Rick Write:キーボード
 Nick Mason:ドラムス

まずアコースティックでストレートなロックのパワーが一番伝わってくる骨太なサウンドがいい。暗く追い詰められたような閉塞感がありながら、怒りのこもった力強 さにあふれている。

17分を越える「Dogs」が圧巻。WatersとGilmourでボーカルを分け合っているのも、それぞれの個性の違いが出て面白 い。中間部でのRick Writeのひしゃげたような奇妙で感情を絞り出すような
なシンセソロもいい。要するにカッコイイアルバムであり、聴き易いアルバムなのだ。

そのカッコ良さは前作以上にサウンド的に前に出て来ているGilmourのギターに追うところが大きい。シンプルでアコースティックな音作りも、それを活かす役割を果たしている。

唯一残念なのはやはりコンセプトか。今や富も名声も獲得したピンク・フロイドの発した社会批判が、
パンク・ロックバンドのようなやり場のない若者たちの社会や政治への不満や怒りを代弁できるのか、という点だろう。いくら批判しようとも説得力にかけてしまうのだ。その批判している資本主義社会の成功者じゃないかと。

彼らの怒りや不満や不安は、と言うか、結局ほとんどの詞を担当しているWatersの抱えているものとは、自分自身と社会との関わりの問題なのではないかと思う。そしてそれは次作「The Wall」で爆発する。本作での社会批判は、それに気づくための通過点のような気がするのだ。

しかしそうした社会背景、バンドの状況、ピンク・フロイドのイメージなどを切り離し、一個のアルバムとして聴くと、素晴らしい。アコースティックギターを多様しながら、パワフルで、重みと陰りのあるブリティッシュ・ロックの名作である。


ちなみにアルバムの建物はサウス・ロンドンにあったバタシー発電所で、当時すでに一部が閉鎖され、1980年には完全に操業を停止してしまう。「Watersは『不吉で残酷な』建物のイメージに惹かれ」(「ピンク・フロイドの神秘」マーク・ブレイク、ブルース・インターアクションズ、2009年)たと言う。

し かしそのWatersがアルバム制作の最終段階で急遽加えた「翼を持った豚(Pigs on the Wing)」は、恋人キャロラインへのラブ・ソングであり、アルバム全体の暗く辛辣なイメージを和らげる働きをしている。そこもトータルアルバムとしての 魅力となっているのだ。

第三者的に高みから社会を批判しているだけでない、人間的な暖かさも含んだ、強靭なアルバムである。