2010/03/15

「ピクチャーズ」アイランド

原題:Pictures(1977年)

Island(アイランド)


 「Pictures」(邦 題は「ピクチャーズ」)はスイスのバンドIsland(アイランド)が1977年に発表した唯一のアルバムである。
 
ジャケットがH.R.ギーガーによるもので、後のエイリアンを思わせる異様な生物(バイオ・メカノイド)はEL&Pの「Brain Salad Surgery(恐怖の頭脳改革)」のジャケット以上にインパクト大。そしてシリアスな音楽にも不思議なほどマッチしているのだ。

Benjamin Jager:リードボーカル、パーカッション
Guge Meier:ドラムス、ゴング、パーカッション
Peter Scherer:キーボード、ペダル・ベース、クロタル、ボイス
Rene Fish:サックス、フルート、クラリネット、トライアングル、
                       ボイス

バンド編成からわかるように、アイランドにはベース専任メンバーがいない。ギター奏者もいない。非常に特異なバンド編成であり、それがまた大きな音楽的な特徴にもなっている。ちなみにPeter Shererの担当楽器にあるクロタル(crotale)とは、アンティークシンバル(右写真)のこと。

音楽は“ロック的ダイナミズムを強めに残した声楽チェンバー・ロック”といった趣き。分かりやすいメロディー、印象的なフレーズ、自然なコード展開を極力排し、予測できない楽曲的展開を、Peterの多彩なキーボードとGugeのグルーヴしないオーケストラの打楽器的なドラムスが冷静に牽引していく、複雑怪奇で非常に構築的な世界だ。
 
3曲目冒頭のピアノソロの導入部を除いて、各楽器がソロ回しをするような部分はほとんどない。キーボードもサックスやクラリネットも、ドラムスやタンバリンに至るまで、全てスコア化されているかのように、アンチコマーシャルな音を抜群のアンサンブルで奏でていく。
 
2 曲目の「ゼロ」がインストゥルメンタルのため、“メロディアス”ではなく“パーカッシヴ”なインストゥルメンタルの特異さが最初強く印象に残るが、曲が進むに連れて次第にAreaやVan Der Graaf Generatorのように、実はボーカルの存在が大きいバンドであることがわかってくる。

声質だけは聞きやすい感じのボーカルなのだが、聴き込んでいくうちに最初の聞きやすさを忘れていく。ボーカルだけの多重録音による実験的な試みもあり、次第にボーカルが中心となった声楽曲風なシリアスな雰囲気が強くなる。しかし最初のインストゥルメンタルを聴いた時のダークな印象は崩れない。時にボーカルも楽器の一部のようにこの音世界を作り上げていくのだ。
 

ベース部分はPeterの担当楽器にpedal-bassとあるが、ドラムスのGuge によれば
  
「スタジオでの録音は全てライヴ・プレイだったんだ。例外はヴォーカルとサックスで、これは後で重ね録りした。ベース・ペダルはなく、純粋に私とペーターに よって演奏されている(ベース・ペダルは使いようがなかった。この技術的な機材は、当時はせいぜいアメリカでしか手に入らなかったからだ)。」 (「Euro-Rock Press vol.34」マーキー・インコーポレイテッド、2007年)
  
という発言をしているので、実質はバスドラとキーボードの低音部で代用していたと思われる。ベースレス&ギターレスのため薄くなりがちな音は、手数の多いドラムス(特にスネア・ドラム)と、オーケストレーションとは対極にあるような、目まぐるしく動き回るキーボードがすき間を埋め尽くしていく。ボーカルを含めそれぞれの楽器の存在感が強烈。

息つく間もないような変拍子とリズム・チェンジ、ベースとギターを欠いた特異な音像、そして室内楽的な構築性とパーカッシヴなダイナミズムが生み出す途切れることのない緊張感。他のどのバンドにも似ていない、おどろおどろしくはないが重苦しい独自の音世界。スイスが生んだ大傑作だ。

ちなみにプロ デュースはPFMなどを手がけたClaudio Fabi、レコーディングはミラノのリコルディ・スタジオ。しかし原盤はスイスで1000枚だけプレスされた自主制作盤であったという。

 

2010/03/04

「ナーサリー・クライム/怪奇骨董音楽箱」ジェネシス

Nursery Cryme(1971年)

Genesis(ジェネシス)


Nursery Cryme」(邦題は「ナーサリー・クライム/怪奇骨董音楽箱」)はイギリスを代表するバンド、Genesis(ジェネシス)が1971年に発表したサード・アルバム。まさにGenesisのイメージとサウンドを決定づけた1枚。

このアルバムからドラムスのPhil CollinsとギターのSteve Hackettが加入し、いわゆる名作群を排出する最強メンバーが揃うことになる。2人とも公募によるオーディションで選ばれたという。

   Tony Banks:オルガン、メロトロン、ピアノ、12弦ギター、ボーカル
   Michael Rutherford:ベース、ベース・ペダル、12弦ギター、ボーカル
   Peter Gabriel:リードボーカル、フルート、バスドラム、タンバリン
   Steve Hackett:エレクトリック・ギター、12弦ギター
   Phil Collins:ドラムス、ボーカル、パーカッション

アルバム・タイトルはnursery rhyme(ナーサリー・ライム:伝承童謡としての歌や詩で、“マザーグース”童謡とも呼ばれる)のrhyme(詩歌)にcry(泣く、叫ぶ)と crime(犯罪、反道徳的行為)を掛け合わせた造語だと思われるが、Genesisのオリジナリティを決定的なものにしたのは、Paul Whitehead(ポール・ホワイトヘッド)による妖しいジャケットデザインの元となった一曲目の「ミュージカル・ボックス」。まさに恐ろしく不気味なnursery rhymeから作られた、非常にドラマチックな曲だ。

ここにGenesisの全てが集約されてい る。Peterの少ししわがれたような個性的で変幻自在なボーカルを中心に、12弦ギターアンサンブル、フルートによるフォーク的味付け、一転してハード なアンサンブルを聴かせるテクニカルなドラムと荒々しいエレキギター、オルガンを中心とした厚みのあるキーボード。それらが一体となって作り出される、緩急の激しい妖しくも魅惑的な亡霊潭物語(ProgLyricsに訳詞あり)。

当時はPeter Gabrielのボーカルを中心としたバンドで、その他のメンバーは皆イスに座って演奏に専念していたと言われるが、そうした生真面目さや偏執狂的作り込みが尋常ではない。ボーカルをサポートする様々な楽器の使われ方が絶妙。 特にアルバム全体で印象的なのがギター、あるいはキーボードによるアルペジオの多用だ。このアルペジオが曲に深みと叙情性を加えていく。

演奏面ではこの時期スタープレイヤーにあたるメンバーはまだいない。テクニック的には皆まだ発展途上といった感じであり、リズムが微妙にずれたり、ちょっとコンビネーションがギクシャクしたりする部分もわずかにある。

けれどもそれがこのアルバムの大きな魅力だと言ってもいいのだ。不思議なことだが演奏力が高まり全体が余裕で流れるようになるその後のアルバムにはない、意気込みのような熱意のようなものが、ここにはうずまいている。

もちろんPhil Collinsのドラムはすでに多彩な表現とダイナミックさを持っているし、Tony Banksのキーボードは、オルガンやピアノによる細やかなメロディーからKing Crimsonから譲り受けたメロトロンによる雄大な世界まで縦横に描き出す。
 
Steve Hackettのギターに多少ぎこちなさが残るが、時にぶち切れたようなソロを聴かせる彼のギターが独特の緊張感をもたらしていることは見逃せない。 ちなみにこのアルバムでSteveは世界初と言われるライトハンド奏法を駆使していると言われる。

ボーカルもPeterの独特な歌唱法が注目されがちだが、かなりの部分でハーモニーが加わり、それがまたこのアルバムの魅力を増している。

どの曲もよく練られており、アンサンブルで聴かせるGenesisの魅力満載だが、ギリシャ神話を題材にしたメロトロンが響き渡るシンフォニック大曲 「The Fountain of Salmacis」でアルバムを締めくくる流れは、トータルな完成度をさらに高める構成となっている。

 1980年代のプログレッシヴ・ロック・リバイバルの動き以来、Genesisフォロワーは現在に至るまで多数生まれてきた。それはGenesisの描き出した世界が魅惑的なものであったことに加え、他のバンドに比べそれほどテクニックに依存していないように聴こえるGenesis的な音が、再現しやすいと思われ たからかもしれない。

しかしこのアルバムを聴いてしまうと、Genesisの音楽は唯一無二、フォロワーには決して真似できない絶妙なバランスとアンサンブルが結実したものであることが分かる。

Genesisのアルバムの中でも妖しさでは突出した1枚。サウンド的にも未完成な荒々しさが、逆に抜群のコンビネーションの中に個性のせめぎ合いのような緊張感を生んでいる、この時期だからこそ生まれ得た傑作。