原題:The Underfall Yard(2009)
■Big Big Train(ビッグ・ビッグ・トレイン)
イギリスのメロディック・プログレッシヴ・ロック・バンドBig Big Trainの第6作目。結成は1990年なのでもう20年以上活動しているベテラン・グループと言える。
本アルバムは現時点でのフルアルバムとしては最新作。第一印象は正直なところかなり地味である。いわゆるプログレッシヴ・メタルのようなテクニカルさを前面に出したものではなく、1970年代のバンドのように強烈な個性が光るわけでもない。
実はとても豊かな世界が広がっていて、聴けば聴くほどその世界にはまっていくという、奥の深さが最大の特徴である。逆に言えばそれこそが1970年代の有名バンドにはない個性だとも言える。
David Longdon:ボーカル、フルート、マンドリン、ダルシマー、
オルガン、プサルテリウム、グロッケンシュピール
Andy Poole:ベース、キーボード
Greg Spawton:ギター、キーボード、ベース
<ゲスト>
Nick D'Virgilio:ドラムス、ボーカル
Dave Gregory:ギターソロ、ギター、シタール
Francis Dunnery:ギターソロ
Jem Godfrey:シンセサイザーソロ
本アルバムでは基本メンバーは3人で、ゲストプレーヤーにSpock's BeardのドラムスNick D'Virgilioや元XTCのDave Gregoryが全面参加、そして元It BitesのFrancis DunneryとFrostのJem Godfreyがタイトル曲で流麗なソロを聴かせてくれる。
さらに非常に特異なのが、ブラスセクションの参加である。トロンボーン、コルネット、フレンチホルン、チューバなどによる美しいアンサンブルが随所に挿入され、独特の哀愁と英国らしい落ち着きのある世界を作り上げているのだ。
基本的に強烈な個性が前面に出るバンドではないので、まず耳につくのはGenesis風ボーカルとYes風アンサンブルという点かもしれない。特にボーカルは、声質はそれほど似ていないが、歌い方、あるいは曲のメロディーラインのせいもあるだろう、フィル・コリンズを彷彿とさせる瞬間がある。
元来わたしはKing Crimson系の音には寛容で、Genesis系の音には厳しかった。King Crimsonのヘヴィー・メタルにもプログレ・メタルにも、ジャズ・ロックにも着地しない独特の音世界は、真似しようとしてもできるものではない。
しかしGenesisの場合はボーカルスタイルもサウンドメイキングも、その気になればクローンは作り易そうに見える。実際のGenesisは、ある意味Yesにも通じる破綻しかけたアンサンブルが魅力だったりする奥の深いバンドなのだが、それ風な音は出し易く、その分安易な“物まね”感を強く感じてしまうのだ。だからGenesis風なバンドには拒否反応的なものすら持っていた。
そういう点ではこのBig Big Trainも最初ちょっと拒否反応が出かかった。しかしポイントはそこではないのだ。聴き込むうちにそれはあまりに皮相的なもの、ご愛嬌的なものでしかないことに気づいた。
この「The Underfall Yard」で聞かれるのは、実に“誠実さ”に溢れた音楽なのだ。それは奇をてらった音楽ではない。ゆっくりと地道に、そして丁寧に作り込まれた末に到達した、奥深いシンフォニック・ロックである。
まずボーカルがいい。本アルバムから参加したデイヴィッドはソロアルバムも出している実力派。実はPhill Collinsに代わってGenesisの「Calling All Stations」でボーカルを探していた際に、最後までオーディションでRay Wilsonと競っていた人物なのだ。
個性的な声質ではないがじっくりと聴かせる大人の声である。そしてボーカルハーモニーのパートが実に美しい。基本的に自ハモ(多重録音により自分の声でハモる)であるが、もう冒頭のアカペラからして圧倒的だ。
そしてそのメロディーがいい。つまり歌モノとしてきちんと魅力ある曲になっているのだ。大仰なキーボード・オーケストレーションとか中途半端なインプロヴィゼーションとかは皆無。丁寧に丁寧に、まるで職人仕事のように音を重ね、ドラマを紡いでいく。
もちろん各プレーヤーの力量は素晴らしい。まずニックのドラムスがしっかりした骨格を作っている。彼の的確で多彩なプレイが、突出せずに常に縁の下の力持ち的に全体の“誠実さ”を支えている。
そこに感情を込め過ぎないボーカル、自己主張しすぎないギターやキーボードが、静かに静かに英国の深い音世界へと聴く者を誘ってくれるのだ。なぜか歴史や伝統に育まれた様々な物語を音に感じる。もちろん歌詞も様々な物語にヒントを得て作られたものが多いのだが、何とも言えない郷愁というか、心揺さぶる感情が沸き上がってくる。
この形容しがたい深みこそが、逆に個性重視で張り合っていた1970年代には出てこなかったであろう現在の音なんじゃないかという気がする。過度に感情に直接訴えてはこない。悲しみや怒りを押しつけてはこない。手に汗握るような盛り上がりやカタルシスもない。
しかし曲は一部のスキもなく進み、美しいメロディーに、豊かなハーモニー、音楽性溢れる楽器アンサンブル、そして効果的に挿入されるメロトロンとブラスアンサンブルに聴き入っているうちに、やがて聴き手は静かな感動に満たされていく。
0年代だからこそ生まれ得た傑作である。
イギリスのメロディック・プログレッシヴ・ロック・バンドBig Big Trainの第6作目。結成は1990年なのでもう20年以上活動しているベテラン・グループと言える。
本アルバムは現時点でのフルアルバムとしては最新作。第一印象は正直なところかなり地味である。いわゆるプログレッシヴ・メタルのようなテクニカルさを前面に出したものではなく、1970年代のバンドのように強烈な個性が光るわけでもない。
実はとても豊かな世界が広がっていて、聴けば聴くほどその世界にはまっていくという、奥の深さが最大の特徴である。逆に言えばそれこそが1970年代の有名バンドにはない個性だとも言える。
David Longdon:ボーカル、フルート、マンドリン、ダルシマー、
オルガン、プサルテリウム、グロッケンシュピール
Andy Poole:ベース、キーボード
Greg Spawton:ギター、キーボード、ベース
<ゲスト>
Nick D'Virgilio:ドラムス、ボーカル
Dave Gregory:ギターソロ、ギター、シタール
Francis Dunnery:ギターソロ
Jem Godfrey:シンセサイザーソロ
本アルバムでは基本メンバーは3人で、ゲストプレーヤーにSpock's BeardのドラムスNick D'Virgilioや元XTCのDave Gregoryが全面参加、そして元It BitesのFrancis DunneryとFrostのJem Godfreyがタイトル曲で流麗なソロを聴かせてくれる。
さらに非常に特異なのが、ブラスセクションの参加である。トロンボーン、コルネット、フレンチホルン、チューバなどによる美しいアンサンブルが随所に挿入され、独特の哀愁と英国らしい落ち着きのある世界を作り上げているのだ。
基本的に強烈な個性が前面に出るバンドではないので、まず耳につくのはGenesis風ボーカルとYes風アンサンブルという点かもしれない。特にボーカルは、声質はそれほど似ていないが、歌い方、あるいは曲のメロディーラインのせいもあるだろう、フィル・コリンズを彷彿とさせる瞬間がある。
元来わたしはKing Crimson系の音には寛容で、Genesis系の音には厳しかった。King Crimsonのヘヴィー・メタルにもプログレ・メタルにも、ジャズ・ロックにも着地しない独特の音世界は、真似しようとしてもできるものではない。
しかしGenesisの場合はボーカルスタイルもサウンドメイキングも、その気になればクローンは作り易そうに見える。実際のGenesisは、ある意味Yesにも通じる破綻しかけたアンサンブルが魅力だったりする奥の深いバンドなのだが、それ風な音は出し易く、その分安易な“物まね”感を強く感じてしまうのだ。だからGenesis風なバンドには拒否反応的なものすら持っていた。
そういう点ではこのBig Big Trainも最初ちょっと拒否反応が出かかった。しかしポイントはそこではないのだ。聴き込むうちにそれはあまりに皮相的なもの、ご愛嬌的なものでしかないことに気づいた。
この「The Underfall Yard」で聞かれるのは、実に“誠実さ”に溢れた音楽なのだ。それは奇をてらった音楽ではない。ゆっくりと地道に、そして丁寧に作り込まれた末に到達した、奥深いシンフォニック・ロックである。
まずボーカルがいい。本アルバムから参加したデイヴィッドはソロアルバムも出している実力派。実はPhill Collinsに代わってGenesisの「Calling All Stations」でボーカルを探していた際に、最後までオーディションでRay Wilsonと競っていた人物なのだ。
個性的な声質ではないがじっくりと聴かせる大人の声である。そしてボーカルハーモニーのパートが実に美しい。基本的に自ハモ(多重録音により自分の声でハモる)であるが、もう冒頭のアカペラからして圧倒的だ。
そしてそのメロディーがいい。つまり歌モノとしてきちんと魅力ある曲になっているのだ。大仰なキーボード・オーケストレーションとか中途半端なインプロヴィゼーションとかは皆無。丁寧に丁寧に、まるで職人仕事のように音を重ね、ドラマを紡いでいく。
もちろん各プレーヤーの力量は素晴らしい。まずニックのドラムスがしっかりした骨格を作っている。彼の的確で多彩なプレイが、突出せずに常に縁の下の力持ち的に全体の“誠実さ”を支えている。
そこに感情を込め過ぎないボーカル、自己主張しすぎないギターやキーボードが、静かに静かに英国の深い音世界へと聴く者を誘ってくれるのだ。なぜか歴史や伝統に育まれた様々な物語を音に感じる。もちろん歌詞も様々な物語にヒントを得て作られたものが多いのだが、何とも言えない郷愁というか、心揺さぶる感情が沸き上がってくる。
この形容しがたい深みこそが、逆に個性重視で張り合っていた1970年代には出てこなかったであろう現在の音なんじゃないかという気がする。過度に感情に直接訴えてはこない。悲しみや怒りを押しつけてはこない。手に汗握るような盛り上がりやカタルシスもない。
しかし曲は一部のスキもなく進み、美しいメロディーに、豊かなハーモニー、音楽性溢れる楽器アンサンブル、そして効果的に挿入されるメロトロンとブラスアンサンブルに聴き入っているうちに、やがて聴き手は静かな感動に満たされていく。
0年代だからこそ生まれ得た傑作である。