2011/01/23

「ザ・ブラッフォード・テープス」ブラッフォード

原題:The Bruford Tapes(1979)
 
■Bruford (ブラッフォード)

King Crimsonのドラマーとして1972年から活躍し、その解散後には様々なバンドに参加しながら次のステップを探っていたBill Bruford(ビル・ブラッフォード:ビル・ブルフォードがより正確。)。

1978年にUKというスーパーバンド結成に立ち会ったものの、アルバム1枚のみで分裂。UKのギタリストであったAllan Holdsworth(アラン・ホールズワース)とともに、同年1978年発表のソロ作「Feels Good To Me(フィールズ・グッド・トゥ・ミー)」 の延長線上に位置する作品を作り上げる。それが今度はソロではなく、Brufordという“バンド”として完成させた「One of a Kind(ワン・オブ・ア・カインド)」 であった。

今ではイギリスジャズロックの一つの金字塔的アルバムとして語られることの多いこのアルバムである。しかし当時は必ずしも高評価ばかりだったわけではなかったと記憶する。

例えば「Allan Holdsworthのギターが出しゃばり過ぎで、わずらわしい」とか「Bill Brufordのドラミングは省エネ風で面白みに欠ける」とかいうような評を目にしたように思うのだ。それは確かにわたしにとっても多少なりとも第一印象として感じたことである。

確かにAllan独特のフレージングの魅力は、曲の一部に切り込んでくるような場合の方が印象的だし、そういう意味ではソロ回しをするタイプのアンサンブルの方が彼のプレイは引立つのかもしれない。その点では全編ギターを任されたこのアルバムでは、彼はバンドの一員として表に裏に弾きまくるというのは、チャレンジングなことだったかもしれない。

Billにしても、Yesの時のようなジャズ・テイストが残しながら疾走感あふれるパーカッシヴなドラミングとも、King Crimsonの時のような、いつインプロヴィゼーションに突入するかわからないようなスリリングで複雑なドラミングとも違う。特徴的なスネアの音だけが単調に響くかのような、装飾音の極めて少ないドラミングである。

ところが聴き込んでいくとAllanにしてもBillにしても、楽曲の難易度を忘れてしまうくらいの、強烈なテンションの連続なのである。その凄さは、ユニゾンで弾き倒すMahavishnu Orchestra(マハヴィシュヌ・オーケストラ)などとは異質な、構築性とそこからはみ出そうとするエネルギーがうずまく唯一無二な世界なのだ。

その凄さが時に「One of a Kind」以上に味わえるのが、この「The Bruford Tapes」なのである。カナダのFM曲の公開用に録音されたものということで、そうしたアナウンスもアルバム中で聞かれ、まるでFM放送をエアチェックしたような感じのアルバムだ。

   Bill Bruford:ドラムス、パーカッション、エレクトリック・チャット
   Dave Stewart:エレクトリック・キーボード
   Jeff Berlin:エレクトリック・ベース
   the 'unknown' John Clark:エレクトリック・ギター

曲は前述の「Feels Good To Me」と「One of a Kind」から選ばれたオール・インストゥルメンタル。さらにラジオ番組らしくLP時代のA面とB面ラストにあたる2曲で、フェイドアウトしてしまうという物足りなさもあるが、ライヴの熱気やプレイの爆発力を聴くにつけ、良くぞ残してくれましたという作品だ。
 
ギターがすでにAllanから'unknown(無名の)' John Clark(ジョン・クラーク)に交替している。その音色やフレージングは驚くほどAllanに似ているが、だからと言ってAllanのイメージを意識し過ぎてこじんまりまとまっているというわけではない。若干ロック色が濃くなって、見事にこの複雑なアンサンブルに貢献しているのだ。

特にBillのドラミングは「グルーヴしない」と言われたりもするようだが、それはブラックミュージック的な意味合いにおいてであって、このライヴでのドラミングを聴くと、彼独特のグルーヴを非常に良く感じることができる。

特にハイハットを刻んでいるときの独特のタイム感。ストレートに叩いているのに強弱だけでなく音の長さが違うのだ。でもシャッフルには縁遠い、ちょっと片足を引きずるかのような感覚。Crimsonでもそうした特徴は耳にできたが、これだけ高度なアンサンブルを要求される曲に於いては、それは強烈な個性として耳に響いてくる。

もちろん同じことを繰り返さないという、彼独特のドラミングも強烈だ。普通は一定間隔で打つスネアが、彼の場合は次の瞬間にどのタイミングで入るか予測できないのだ。そしてカミソリのようなフィルイン。それでもしっかりリズムキープしているのだ。むしろグイグイと演奏を引っ張っていると言ってよい。

一聴すると独特なスネアの音だけが耳に残りがちなBrufordでの彼のドラミングは、それだけ個性的でプレイで成り立っているのである。決して「省エネ」などではない。とにかく聴いていると、自然と彼のドラミングに意識が集中してしまうのである。

もちろんDave Stewart(デイヴ・スチュアート)のテクニカルでありながら華麗なキーボードや、Jeff Berlin(ジェフ・バーリン)の、アルバムよりも突っ走る「5G」など、他のメンバーも素晴らしいプレイの連続である。

文句無しの傑作アルバム。

ちなみにこの'unknown' John ClarkはBruford解散後、イギリスの歌手Cliff Richard(クリフ・リチャード)のバックバンドに加入、1979年の「恋はこれっきり」での第一線復活後の、Cliffのライブ活動を支えている。


2011/01/05

「ムーヴィング・ウェイヴズ」フォーカス

原題:Moving Waves(1971)

■Focus(フォーカス)


ムーヴィング・ウェイヴズ」は、オランダが文字通り世界に誇る最強のバンドFocusによって1971年に発表された、2ndアルバムにして代表作である。プログレッシヴ・ロック発祥の地イギリスのそうそうたる一流バンドに比しても、一歩も退けを取らないその音楽性の高さと強烈なオリジナリティーを存分に発揮した一作だ。

なお本アルバムは、オリジナルタイトルとは別に「Focus II」とも呼ばれているようだが、ここではオリジナルタイトルで記すことにした。

   Thijis Van Leer:オルガン、ハーモニウム、メロトロン、フルート、
          ピアノ、ボーカル
   Jan Akkerman:エレクトリック&アコースティックギター、ベース
   Cyril Havermans:ベース、ボイス
   Pierre Van Der Linden:ドラムス

バンド編成は極めてオーソドックスなもの。担当楽器も基本的なものだ。ところが飛び道具的なものを一切使っていないにもかかわらず、バンドの繰り出す音は非常に刺激的で、大きな魅力に溢れている。ある意味、メンバー自身が“飛び道具”かと思われるほど、個性的で高度なテクニックを持った希有なプレーヤーたちなのだ。特にThijis Van Leerである。

まずシングルヒットにもなった一曲目「Hocus Pocus(邦題は「悪魔の呪文:)が凄まじい。ちょっと退屈な感じすらするロックンロール・リフ。ところが突然始まるボーカルは、なんとキーボード担当のThijis Van Leer(タイス・ヴァン・レア/テイス・ファン・レール)によるヨーデル・スキャットである。曲はこのロックンロール・リフとThijisのプレイを交互に進行していくのだが、Thijisはヨーデル、オルガン、フルート、口笛、コミカルボイスと、もうやりたい放題なのだ。

この発想。そしてそのプレイのレベルの高さ。口笛一つとっても楽器並に素晴らしい。意外にも曲自体はクラシックのロンド形式を取っているので、奇をてらったと言うより、いろいろな縛りを捨てて自分の持っているものを解放した結果出てきた音楽なのだろう。

ところがThijisのテンションが上がるに連れて、ギターリフに被さるJan Akkerman(ヤン・アッカーマン/ヤン・アケルマン)のギターも凄まじい切れ味を見せ始め、ヘタをするとコミックソングかキワものになりそうなところを、グイッと今までに体験したことのない音楽世界へと連れて行かれるのである。このあたりがFocusの並外れたところだ。

2曲目は一転、Jan Akkermanのクラシカルなギター・インストルメンタル。このギターも聴き惚れるほど上手い。背後で静かに鳴っているメロトロンの使い方も秀逸だ。3曲目も穏やかでクラシカルなThijisのフルート曲。この人のフルートの音は非常に美しく、ピッチも安定しているのだが、多重録音によってさらに美しいフルート・ハーモニーが聞ける。こうしてThijisとJanの双頭バンドとしてのお披露目が、アルバム旧A面でされていくのである。

3曲目はThijisのボーカル曲。クラシックの歌曲のような静謐な印象で、歌唱も丁寧なもの。Thijisは、一方で自由奔放なプレイをしながら、他方では非常に宗教音楽的な、神聖で清らかなイメージをかもし出す曲を書く。その振り幅が凄い。

普通ならそれに振り回されてしまうところだが、Janのテクニカルながらハードロック的なギターが、うまく全体を引き締めている。特にその固く鋭い音色と、テクニカルなのにテクニック偏重にならない熱いプレイは、Thijisの奔放さに十分拮抗し、バンドとしての魅力をさらに高めていると言える。

そのJanがメインとなる「Focus II」もまた美しい曲だ。緊張感あふれるギタートーンが、メロディーの甘美さを程よくコントロールし、メロウにもなり過ぎず、BGM的軽さにも陥らず、絶品のロックギター・インストゥルメンタルに仕上げている。

こうした強い個性がぶつかり合うのが23分にも及ぶ大曲「Eruption」(イラプション:発生、爆発、噴火、勃発などの意)である。ユニゾンによるアンサンブル、叙情的なメロディー、フリーフォームなソロなどが、細かく別れたパートに散りばめられ、万華鏡のようなサウンドの中で、聖と俗の間を縦横無尽に駆け巡るような展開が凄い。

この曲は、イタリア・ルネッサンス末期からバロック初期に活躍し、初めてオペラを作曲したと言われるJacopo Peri(ヤコポ・ペーリ)のオペラ作品「Euridice(エウリディーチェ)」を下敷きにしているという(Wikipediaより)。16に分けられたパートに出てくる名前は、そこから来ているわけだ。ただしFocusは音でその世界を表現している。

そのサウンド風景の目まぐるしさや落差から、ごった煮的になりそうなのにならないのは、基本に流れているクラシカルで神聖な宗教的雰囲気と、クラシックからジャズ、ロックに精通したプレーヤーの素養、そして大胆なだけでなく非常に繊細な各人の演奏によるものであろう。

必要以上に音を重ねず、プレイそのもので聴かせる。その存在感の凄さはちょと他のバンドとは別格な感じすらある。傑作中の傑作。

ちなみに「Hocus Pocus」はナイキ(Nike)の2010年ワールドカップ・コマーシャルに採用され、再び脚光を浴びた。またFocus自体もThijis Van Leerを中心に2001年から継続的に活動を復活させていて、2011年現在のラインアップには、本アルバムでメンバーだったドラムスのPierre Van Der Lindenも復帰している。