2011/11/21

「祈り」赤い鳥

原題:「祈り」(1973)

■赤い鳥

1969年に結成、「竹田の子守唄」(第3回ヤマハ・ライトミュージック・コンテスト、フォーク部門1位)や「翼を下さい」(今は合唱曲としても有名)などのヒットを飛ばしたことで有名なバンドだ。

後に「紙風船」と「ハイファイセット」に分裂するほどに、メンバー 全員がボーカルを取れる力量と音楽性を持っていたが、逆に言えばフォーク指向の後藤・平山と都会的ポップス指向の山元夫妻・大川という異質な要素が、常にぶつかり合って分裂の危機にあったと言われる。

赤い鳥のサウンドは、そんな中で生まれた、フォークソングの枠に収まり切らない独特で幅の広いものだった。

そして第8作目(スタジオライヴ含む)となる本作では、前作「美しい星」からメンバーとなっていた大村憲司(ギター)、村上“ポンタ”秀一(ドラムス)が引き続き全面参加し、二人がさらにロック的要素を持ち込んだことで、シングルヒット作のフォーキーなイメージとは異なるが、赤い鳥の持つ魅力が一つの頂点に達したトータルアルバムとなった。

 後藤悦治郎(ボーカル、ギター)
 平山泰代(ボーカル、ピアノ)
 山本潤子(ボーカル、ギター)※旧姓:新居潤子
 山本俊彦(ボーカル、ギター)
 大川茂(ボーカル、ベース)
 大村憲司(リード・ギター)
 村上“ポンタ”秀一(ドラムス)

大村&村上は「美しい星」では他のメンバーと一緒にジャケットに写っていたが、このアルバムでは発売の2ヶ月前に脱退していたため、ジャケット写真には写っていない。

しかしボーカル曲の11曲中、大村が8曲を作曲するなど、アルバムへの貢献度と影響力はとても大きい。全体的にエレキギターが多用され、それが見事に赤い鳥サウンドに溶け込んでいるのも特徴だ。村上のドラムスもタイトで正確なリズムで、全体のサウンドを引き締める。  

不思議なインストゥルメンタル「無の世界〜誕生」でアルバムは幕を開け、続く「めざめ」で山本潤子がその美しいボーカルを聴かせる。まるでピンク・フロイドの「狂気」の「生命の息吹き」のようだ。

その後、曲は様々なタイプのものが続く。神秘的なもの、コミカルなもの、ハードなもの。そしてスキャット、語りなどを含みながら、どの曲も美しく力強いボーカル(後藤、平山、山元潤子)がストレートなメロディーを歌い、メンバーによる分厚いハーモニーがそこに力強さと迫力と音の複雑さを加える。

「マリブー」(歌:後藤)のロック的ダイナミズム、「虹を歌おう」(歌:山元潤子)の心にしみる伸びやかな声、「星」(歌:平山)に漂う情念、そして大村&村上二人だけによる即興的インストゥルメンタル「大地の怒り」のアナーキーさ。「石」では最初から最後までコーラスワークで歌い切る。そして最後はなんと大胆にも全員アカペラによるヘンデル作曲の「メサイア」コーラスで終る。この多彩さ、そして濃さ。

良く聴けば歌声のピッチがちょっと危ない部分などもあるが、これだけ多彩なボーカル&ハーモニーを聴かせ、ポップでありながらそれを邪魔せずにハードな世界も溶け込ませたこのアルバムは、奇跡的なバランスの上に作られた作品だと言える。赤い鳥のスゴさを実感できるアルバムだ。


女性二人の特徴も良く出ていて、声楽を学び情感を込める“努力の人”的な平山と、自然な発声が最高の癒しをもたらしてくれる“才能の人” 的な山元の違いがよくわかる。

前作「美しい星」ではメインボーカルと言ってもいいくらい山元が歌っていたが、その不世出な素晴らしい歌声を承知の上で、本アルバムの白眉は後藤の歌う「マリブー」と平山の歌う「星」であろうと思う。

大 村のギター・カッティングがロックな疾走感を生み、そこに赤い鳥コーラスが厚みを増して行く「マリブー」は前半(A面)の山場。さらに冒頭から大村のギターが歌いまくるロックバラード「星」の情念あふれる美しさ。終盤で聞かれるブルガリアンボイス風スキャットも耳に残る。アルバム全体にも言えることだが、こうした細かなバッキング・ボーカルも実に凝っているのだ。

そしてアルバム全体のメインボーカルがリーダーである後藤である(語りを含め5曲でリードボーカルを取っている)点も、本アルバムの特徴だ。「美しい星」が女性的であるとしたら、「祈り」は男性的なアルバム、あるいは全員参加・全力投入的なアルバムなのである。

二人の女性リードボーカリストを擁しながら、敢えて後藤・大村が全体をまとめたことで、非常に奥の深い作品ができあがったのだろう。現在はボックスセットでしか手に入らない(廃盤)のが実に惜しい傑作。

プログレの様式に縛られないで聴くと、そのプログレッシヴさがわかってくる作品だ。

前作「美しい星」は山上路夫・村井邦彦コンビの楽曲が中心、「祈り」は赤い鳥メンバーのオリジナル曲が中心という点でも、与えられたイメージを脱した赤い鳥らしさが開花し、技術的にもメンバー的にも最高の状態で作り上げられた作品であったと言えよう。
 
ちなみにこのアルバム、レコード会社との契約でアルバムを制作しなければならない中、リーダーの後藤がメンバーを映画館連れて行って「この映画を観た印象から、各自曲を作ること」と言い渡したことから出来上がったそうな。その映画とはモーゼ役でチャールストン・ヘストンが主演する「十戒」だったという。

 

2011/10/09

「ポーン・ハーツ」ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター

原題:Pawn Hearts(1971)

■Van Der Graaf Generator 
   (ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター)


「ポーン・ハーツ(Pawn Hearts)」は、イギリスのプログレッシヴ・ロックバンドVan Der Graaf Generatorの4thアルバム。この後バンドは一旦解散するため、バンド第一期のラストアルバムとも言える。ラストにふさわしい若々しい荒々しさに満ちたアルバム。

全3曲、LPではA面2曲、B面1曲という大作揃い。なおLP発売時、北米バージョンでは1曲目と2曲目の間に「Theme One」という曲が挿入されたいた。これはBBC Radio 1のオープニング&クロージングテーマをアレンジしたものであったが、ヨーロッパ・バージョンには採用されず、シングルとして別に発表された。その後、再発に際してはヨーロッパ・バージョンの全3曲が定着したという経緯を持つ。

    Hugh Banton:ハモンド&ファルフィッサオルガン、ピアノ、
          メロトロン、ARPシンセサイザー、ベースペダル、
          ベースギター、ボーカル
    Guy Evans:ドラムス、ティンパニー、パーカッション、ピアノ
    Peter Hammill :リードボーカル、アコースティック&
          スライドギター、エレクトリックピアノ、ピアノ
    David Jackson:アルト&テナー&ソプラノサックス、
          フルート、ボーカル
《ゲスト》
    Robert Fripp:エレクトリックギター

シンセサイザーやメロトロンなどの楽器も使われているが、実際の演奏はボーカル、サックス、オルガン、ドラムスをメインにしたシンプルなものだ。King CrimsonのRobert Frippのギターもほとんどそれと分からない程度。

しかしこの全編を通じた緊張感が尋常ではない。Peter Hammillの優しさと荒々しさを併せ持ち、表現力と情念に裏打ちされたボーカル。David Jacsonのサックスも荒々しいが、Hugh Bantonのオルガンが予想外に攻撃的である。そしてグルーヴするより突進する感じのGuy Evansのドラム。

エレキギター、ベース専任者がいないのにこの尋常でない迫力。ボーカルを含め、すべての楽器がささくれ立つような音をぶつけ合いながら、叫び声を上げているかのような、狂気すら感じさせる世界。

この殺気立った音こそが、Van Der Graaf Generatorのアルバムの中でも、本作に特に顕著であり、4作目にして頂点を極めたと言ってよい。美しく崇高な音と神経を逆撫でするような邪悪でダークな音のぶつかり合いや急激な場面転換は、極めてオリジナルなものである。

23分にも及ぶ大作「A Plague Of Lighthouse Keepers」は10パートからなる組曲だが、トータル性の高い曲というより、メドレー的な構成。その分目まぐるしく変わる曲調、挿入されるサウンドイフェクト、突然のブレイクやフェイドアウト、起伏の激しいボーカル、そして後半に訪れる不気味なメロトロンの嵐と、一瞬たりとも気が抜けない。

荒々しさや邪悪さの中に美しいメロディーやハーモニーがふっと挿入されるというのも、このバンドの魅力の一つだろう。 それに酔いしれているヒマは与えてくれないのだが。

1975年に再結成されるが、パワフルな音はそのままだが、サウンド的により整頓され、このギリギリでバランスを取っているような危うさは無くなってしまう。そういう意味では彼らの初期衝動がピークを迎え一つのカタチとなった、大傑作アルバムである。

ちなみにタイトルの「Pawn Hearts」であるが、例えば「a brave heart(勇敢な人)」「a true heart(真の勇者)」という言葉と比較するとイメージが湧くかもしれない。「pawn(チェスのポーン。将棋の歩のような一番価値の低い駒)」は、身分も地位も低いことの象徴と考えられるが、アルバムジャケットには王や有名人たちが同じように並んでいる。

結局どのような名声や地位を持っていても、人は皆pawnと同じような一つの駒に過ぎないということだろうか。つまり「すべての人々」を言い表したシニカルな、あるいは達観した表現ということかもしれない。


 

2011/07/02

「フライ・フロム・ヒア」イエス

原題:Fly From Here(2011)

■Yes(イエス)

 
イギリス最強プログレッシヴ・ロックバンドの一つYesの、10年ぶりのニューアルバムが発売された。

出入りの激しいメンバー交替を続けながらも精力的に活動を続けていたYesであるが、メンバーの年齢的にもバンドとしての創作意欲の面でも、かつての輝きはもはや取り戻せないのかという印象が少なからずあった。
 
しかし、その表看板と言えるボーカルのジョン・アンダーソンの体調不良による不参加すら乗り越えて、全曲新曲というまさに奇跡の新譜を届けてくれたのである。

 Chris Squire:ベース、ボーカル
 Steve Howe:ギター、ボーカル
 Alan White:ドラムス
 Geoff Downes:キーボード
 Benoît David:リード・ボーカル


“全曲新曲”と言っても、実はほとんど1980年発表の「ドラマ(Drama)」期に作られたものが元になっている。この時もジョン・アンダーソンがいない、いわゆるバグルズ(トレヴァー・ホーン&ジェフ・ダウンズ)合体Yes期である。

確かに曲調は「ドラマ」の曲に似ている。そういう意味ではYesのアルバムの中では、メンバー的にも「ドラマ」の続編的なサウンドと言えなくもない。

ところがそのサウンドから受ける印象は「ドラマ」のものとも違うのである。その大きな要因はやはり新加入のリード・ボーカリスト、ベノワ・デイヴィッドによるところが大きいと思うのだ。

「ドラマ」はYesの歴史の中では異色作である。唯一ボーカルがジョン・アンダーソンではない。今回の作品で全面的にプロデュースを行なったトレヴァー・ホー ンが代役を努めている。しかし私的には紛れもなくYesのアルバムであり、それも傑作アルバムである。それはトレヴァーがジョンの世界を壊さないようにし ながら、新しいポップ感覚を持ち込み、もともと持っていたロック的躍動感を取り戻すことに成功していたからだ。

その躍動感や緊張感は、プログレッシヴ・ロックへの批判や否定が強まった当時、インストゥルメンタル・パートの縮小とともにイエスの音楽がジョンのソロアルバム化していく流れを、一瞬断ち切った爽快感だったとも言える。

Yesはそもそも超個性派集団である。そのメンバーが自己主張をぶつけ合うことで、独特の複雑なのにノリの良い音世界が築かれていた。しかし時代的・年齢的な面からそのバランスが崩れ、音楽はジョンのソロアルバムにメンバーがバックバンドとして参加しているような感じになってしまっていた。ジョンのカリスマ的存在感だけは衰えを見せなかったからだ。

その結果新曲はジョン主導、旧曲は往時の勢いは失われ、どこまで近い形で再現できるかが関心の的になることとなった。メンバーを入れ替えたりオーケストラと競演したりしても、基本的にそうした“懐メロ”バンド的な印象は、わたしの中ではぬぐえなかった。

新ボーカリスト、ベノワ・デイヴィッドはジョンほどの存在感はない。声や表現力、立ち居振る舞いにしても、ジョンにはどうしても劣ると言わざるを得ない。しかしである。彼のストレートな声の若々しさや未熟さそのものが魅力的なのだ。ジョン同様にノン・ビブラートで、さらにトレヴァーのようにちょっと高音が辛そうっていう感じを微塵も見せずに、全体の支配者ではなく、一人のリードボーカリストとして非常に爽やかに力強く歌う。一生懸命に歌う。これが良いのだ。

ジョンの呪縛からの解放。これがこのアルバムのキモである。

ジョンのカリスマ性が消え、バンドメンバーの現時点での力量に合ったバランスがここで築き直されたのだ。つまり現役バンドとして再生したのである。クリス・スクワイアもリードボーカルを取る。スティーヴ・ハウも、いつものソロともバックともつかないような演奏を流麗 に聴かせてくれる。今流行のギターやキーボードの超絶ソロなどはない。むしろ全員が一丸となって、Yes的な前向きでカッコイイ音楽を、楽しみながら作り 出している感じがするのだ。

この新鮮さや躍動感は1976年の焼き直しではない、確かに今の音であると共に、 1970年代のロックが持っていた多様性を含む音でもある。あるいはプログレッシヴ・ロックというイメージの中で作られた音ではなく、プログレッシヴ・ ロック世界を広げてきたバンドによる自由な音である。

メンバーのプレイが激突する名作期のYesを期待しても、「ドラマ」の再現を期待しても、肩すかしを食うことになるだろうし、ジョンの声あってこそYesだというのであれば、評価は自ずと厳しいものになるだろう。

しかしそうした思い入れとは別に、このアルバムは現在のYesの魅力を伝えてくれているのだ。力強いメロディー、美しいハーモニー、ドラマチックな楽曲。バンドの歴史が持つ存在感と新鮮さが絶妙に共存している。傑作である。今のわたしのヘビーローテーション・アルバムだ。

ちなみに「Fly From Here」で一瞬リードボーカルを取るのは、トレヴァー・ホーンか?「ドラマ」でジョンの代役という難しい役目をこなした彼が、Yesで再び歌うなんて、なんか感無量な感じである。

追記:ボーナストラックとして入っている「Hour Of Need」(Full Length Version)は、スティーヴ・ハウのエレキギターソロが最初と最後に入り、曲の長さも倍以上の大作になっている。本編収録ヴァージョンより遥かにシンフォニックでドラマチックな曲になっている。掟破りで、わたしは本編と差し替えてこのヴァージョンを9曲目に入れて聴いている。