2010年7月17日土曜日

「ゴールデン・ピクニックス」四人囃子

原題:ゴールデン・ピクニックス
 
四人囃子(よにんばやし)

ゴールデン・ピクニックス」は四人囃子のセカンドアルバム。発表は1976年、デビュー作にして歴史的名作「一 触即発」から2年後のことだ。

当時のLPの帯のアオリが 「2年間の沈黙を破り、ついに完成された四人囃子の新たなる世界。次々に万華鏡のように繰り広げられる位相の違った世界への47分間のピクニック!」 というもの。これがまさに内容をズバリ言い表している。

   森園勝敏:ギター、リード・ヴォーカル、パーカッション、
          シンセサイザー、バックボーカル
   岡井大二:ドラム、パーカッション、シンセサイザー、バックボーカル
   坂下秀実:キーボード、パーカッション、シンセサイザー、
          バックボーカル
   佐久間正英:ベース、リコーダー、シンセサイザー、パーカッション、
          バックボーカル
<ゲスト>
   ジョン山崎:アコースティック・ピアノ、ハモンド・オルガン
   中村哲:ソプラノ&テナー&アルト・サックス
   浜口茂外也:フルート、パーカッション
   トシ:パーカッション

メンバーはベースが1stの中村真一から佐久間正英に交替している。

当時、あの四人囃子のセカンドだ〜と期待 に胸膨らませてレコードに針を落とした時の落胆が、今となっては懐かしい。それくらい1stでイメージしていた世界とは違っていたのだ。もともと四人囃子はいわゆるプログレッシヴ・ロック的様式の世界には収まり切らないバンドなのだ。それを見事に期待を裏切ることで証明してくれた。

そしてこの2ndアルバムは、時を経るごとに自分の中でも社会的にも評価が高まっていったように思う。まず音の作り込みが尋常ではない。300時間を越えるレコーディングを経て作り上げた、日本の1976年の作品とは到底思えない完成度の高さ。80年代インディーズプログレバンドにはない、自信とテクニックに裏付けされた存在感のある音、そしてプレイ。隅々まで行き届いたアイデア、エコーが印象的な緻密なサウンド処理。


そして今にして思うのが、これは「一触即発」と対になっているアルバムなのだなぁということ。

どちらも基本的な各プレーは変わらない。表現力豊かなギター、アイデア豊かな色彩感覚あふれるキーボード、ジャズテイストをほのかに感じさせるタイトながら叩き過ぎないドラムス。
 
しかし1stは内に向って沈み込んでいくような幻想性と狂気、2ndは外に向って発散・爆発していくような高揚感と錯乱が潜んでいる。言わば抑うつ状態から躁転したかのような違いか。300時間かけてレコーディングしているというところも、ある意味躁状態っぽいと言えるかもしれない。

それは関係者自ら手がけたLP付属のライナーノートからもうかがえる。生年月日や星座まで書き込んだ関係者名簿。おふざけ写真入りの曲解説。詳細な使用機材一覧。そしてこれでもかっていう感じのレコーディング履歴一覧。やたらハイで、どこかタガが外れた感じ。

この情報量は国内バンドのライナーノートとしては
異例中の異例じゃないだろうか

17分近い大曲「泳ぐなネッシー」も、ゆったりとした雄大なイントロから「一触即発」的世界を期待すると肩すかしを食らう。むしろ千変万化する妄想的イメージが重なり合う不思議世界。しかしアルバム全体としては、様々な音楽的要素を盛り込んだごった煮的内容ながら、各曲の完成度は非常に高く、一聴する限り決して難解ではない。むしろポップですらある。 そしてそれらを違和感無く1枚にすっきりとまとめたところがまた凄い。

ギター&ボーカルで中心的存在であり多くの楽曲を手がけていた森園勝敏と、独特な世界を作り出していた作詞の末松康夫が、このアルバム制作後バンドから離れてしまう点でも、初期の2枚は特別な存在である。

間違いなく日本のプログレッシヴ・ロック、さらには日本のロック全体を代表する傑作。

 

2010年7月4日日曜日

「ウインドチェイス(風の唄)」セバスチャン・ハーディー

原題:Windchase

Sebastian Hardie(セバスチャン・ハーディー)

Windchase(ウインドチェイス/風の唄)」は、オーストラリアのバンド、Sebastian Hardie(セバスチャン・ハーディ)の1976年発表の2ndアルバム。

衝撃の第一作の後ながら、力むことも難解になることもなく、むしろより自然な美しさに満ちた、素晴らしい作品となった。相当なプレッシャーの中で作られたであろうことを考えると、それだけでも彼らの実力が計り知れないことがわかる。

   Mario Millo :ギター、ボーカル
   Peter Plavsic:ベース
   Alex Plavsic:ドラムス、パーカッション
   Toivo Pilt:ムーグ、ピアノ、メロトロン、ソリーナ、オルガン

メンバーは1stと変わらない不動の四人。そしてLPで A面に20分を超える大曲1曲、B面に小曲を配する作りも同じだ。では1stの二番煎じなのか。いやいやそれが違うのである。彼らはここのもう一つの傑作を作り上げてしまったのだ。

大きな流れとしてはSebastian Hardie自らが切り開いた、美しくドラマティックなシンフォニックロックである。そういう意味では1stの延長上にある作品である。テクニックには頼らず、アンサンブルもテクニカルなキメを主体としたジャズ的なものとは異なる、まさにシンフォニック。クラシカルではなくシンフォニック。
 
雄大で甘美で、 時間が流れていくことを忘れてしまう音楽。しかしニューエイジやフュージョンに行かず、あくまでロックしているところがまた素晴らしい。

もちろん音楽の軸となっているのは、Mario Milloの甘く美しく表情豊かなギターである。そして1st以上にバックに回って、全体の雄大なスケールを作り上げるToivo Piltoのキーボード群。今回は大作「Windchase」で、メロトロン・コーラスを取り入れて、Marioのギターソロの舞台を整える。アコース ティック・ギターからエレキ・ギターソロへと盛り上がるこの部分は、この曲の一つの大きな山場である。

さらにベース とドラムスのPlavsic兄弟の、技術的な向上がちょっとスゴいのだ。ベースは歌い、ちょっと単調な感じがしていたドラムスは、様々な表情を叩き出す。 Toivo Piltoのキーボードがちょっと控えめになっても、全体としての音楽の豊かさや厚みが保たれているのは、このベースとドラムスの貢献度がアップしたから に他ならない。全体のアンサンブルが格段に良くなっているのだ。


そして、そうした個人個人の技術力や表現力以上に力説したいのが、曲構成・曲展開の素晴らしさである。複雑になりすぎずテクニカルになりすぎず、たゆたうように心地よいリズムの上で各楽器 がメロディーを重ねていき、一つの大曲になっていく。本当にあっと言う間に過ぎる20分なのだ。

同じテーマやそのバリエーションを用いながら、一瞬たりとも飽きさせない見事な流れ。特に冒頭は4拍子で力強く始まるこの曲が、同じテーマをリフレインするラストになると、 なんと3拍子になっているのだ。見事としか言い様がない。

メロトロンのドラマチックな使い方、振り絞るような泣きの ギターなど、瑞々しさや衝撃度では1stはまさに名作であったが、全体のバランスや楽曲の美しさ、心地よさでは「Windchase」の方が上回っているとすら言えるかもしれない。

小曲もメンバーの力量やアンサンブルの充実さがわかる佳曲ばかり。シングルヒットのため の曲も含まれているが、全体に少ない音で、表情豊かな世界を描き出すことにかけては一流であることを証明してみせてくれる。「At the End」のキーボード・ソロ、そして特にラストの「Peaceful」のギターは美の極致である。

1stの 「Four Moments(哀愁の南十字星)」ばかりが注目されがちがだ、シンプルな美しさに満ちた、1stと並び称されるべき傑作。

ちなみにバンド名の“Sebastian Hardie”とは、R&Bを中心に演奏していた前身バンド“Sebastian Hardie Blues Band”から来ており、音楽性がよりポップな方向になった際に“Blues Band”が取れたのだとか。そしてその“Sebastian Hardie”とはリーダーのMario Millo曰く

「fictitious name just thought up by the original guitarist (Graham Ford) back in around 1967. (単に1967年頃のオリジナルギタリスト(グラハム・フォード)が思いついた架空の名前)」
(「Interviews of Prog」より)

ということらしい。名前に謎は隠されてはいなかったのだった。