2010年5月19日水曜日

「反射率0.39」ヴァンゲリス

原題:Albedo 0.39(1976年)

Vangelis(ヴァンゲリス)

 
Albedo 0.39」(邦題は「反射率0.39」)はギリシャのキーボード・シンセサイザー奏者、電子音楽家、作曲家、映画音楽家な ど、多彩な呼ばれ方をされるヴァンゲリス、あるいはヴァンゲリス・パパサナシュー(Vangelis:Ευάγγελος Οδυσσέας Παπαθανασίου)の、1976年発表のソロ第3弾である。

タイトルの反射率0.39とは、地球が太陽光を反射する割合のこと。余談だが、地球の反射率 (albedo:アルベド)は、現在は0.31に訂正されているという。

音楽は雄大な広がりを見せるシンセサイザーを中心とした音楽なのだが、一般的なイメージである“シンセ サイザー・ミュージック”とは異なるところがヴァンゲリスの特徴だ。

   ヴァンゲリス:キーボード、各種シンセサイザー、ドラムス、ベース
          その他全てのサウンド
 
まず彼は譜面の読み書きができないと言われる。その代わりキーボードのみならず、ギターやドラムスもプレイする。つまりマルチ・プレーヤーなのである。 したがって作曲はキーボードを中心に実際に音を出しながら行い、そこに自ら弾くベースやドラムス、パーカッションなどを重ねて、一人多重録音形式で曲を完成させていくという。

担当楽器を見てもわかるように、トーキング・クロックとNASAの協力によるアポロの月着陸時の交信が効果音として使われているのと、「Albedo 0.39」における語り(リハーサル時のミキサーの声と言われる)を除くと、演奏はすべて彼自身の手によるものである。

こうして作られた曲は、シンセサイザーをメインにしているとは言っても、抽象的なサウンドともプログラミングされたようなサウンドとも異なり、手弾きのメロディーによる、極めてアナログな感触の強い曲なのだ。それが雄大な曲想にロック的なダイナミズムを与えている。

1980年代に入って映画「炎のランナー」や「ブレード・ランナー」などの映画音楽で知名度を上げ活 動も多彩になっていき、メロディーやアレンジも親しみやすいものへ変わっていく。しかしこの「反射率0.39」の頃は、まだ“一人多重録音によるロックバン ド”的な雰囲気が強いの大きな特徴であり魅力なのだ。
 
すでに確立されていた美しいメロディーによる 「Pulstar」や「Alpha」といったシンフォニックな代表曲も含まれているし、シンセサイザーの反復の上に即興的な演奏が被さる、ジャズ・テイス トの感じられる曲なども聞くことができる。また効果音を使った実験的な曲も、アルバムのトータル性に貢献している。多彩だ。

そして表情豊かなブラス系のメロディー音と、バンド形式のバック、そしてメロトロンではなくシンセサ イザーによるオーケストレーションは、時として英国のエニド(The Enid)の音にもかなり接近する瞬間があるのだ。 ドラムスがオーケストラのパーカッションとロックのドラムスの中間のような位置で、曲ごとの役割を的確に果たしているという感じである。

リック・ウェイクマンの脱退によりイエスから声がかけられたことでも有名だが、この完成された世界はイエスには合わないだろう。彼はプレーヤーでありつつオーガナイザーであり、超絶ソロプレイを求められるイエスのキーボード・プレーヤーとは、全く違う次元のミュー ジシャンなのだ。
 
決してテクニカルではなく、無茶なこともしていない。全てのサウンドが緻密に重ねられて作られるドラマチックで、深遠な音世界である。傑作。
  
 

2010年5月4日火曜日

「組曲『夢魔』」アトール

原題:L'araignee-mal(1975年)

Atoll(アトール)


組曲「夢魔」」(L'araignee-mal)はフランスのバンドアトール(Atoll)が1975年に発表したセカンド・アルバ ムである。
  
当時日本では異例の高セールスになりながらも、「フランスのイエス」という紹介のされ方が大きな誤解を生むことになったと言われる作品だ。確かにイギリスのイエス(Yes)とはサウンド的には大きく異なる。と言うかイエスが特異過ぎるので、サウンドを似せること自体不可能なのだ。

では「フランスのイエス」などという謳い文句が全く間違っているかというと、そうとも言い切れないように思う。それは何かと言うと、混沌とした中でも音世界が持ち続けている肯定感じゃないかと思う。ちなみにAtollとは珊瑚礁のこと。

   Richard Aubert:ヴァイオリン
   Andre Balzer:リードボーカル、パーカッション
   Christian Beya:ギター
   Alain Gozzo:ドラムス
   Michel Taillet:キーボード
   Jean Luc Thillot:ベース

ヴァイオリンのRichardは他の5人のメンバーとは少し立場が異なり、このアルバムのみのゲスト参加的な存在だったようだが、その貢献度は大きく、サウン ドに広がりと深みを与えている。

一曲目から各メンバーのテクニックの高さに耳を奪われる。特にドラムスのAlainのキレの良いプレイは全体の緊張感を見事に高めている。そしてフランス語ながら、もたもたした感じを排し、力強い声と発音で引き締まったボーカルを聞かせるAndreの存在も大きい。そしてキーボードのMichelの澄んだストリングス系の音やエレクトリック・ピアノも、アトールサウンドの特徴になっている。

そこに切り込んでくるヴァイオリンは、楽曲がジャズロック的にまとまろうとするのを拒むかのように時折妖しく絡み付くが、全体としては非常にクリアで力強い音楽なのだ。そこにイエス的な肯定感、前向きさを感じることは可能かもしれない。

2曲目などはマハヴィシュヌ・オーケストラ的ジャズ・ロックである。ここでもドラムスのプレイが素晴らしい。リズムチェンジを繰り返しながら、ソロをギター、キーボード、ヴァイオリンで回して行くが、非常に密度の濃い演奏が続く。

3曲目は一転して叙情的なシンフォニック大曲である。1曲目で登場したボーカルは語りの域を出ていたかったし、2曲目ではオールインストゥルメンタルだったので、ここで初めてAndreの歌を聞くことができる。フランス語なのにブリティッシュ・ロック的な美しく力強い声。そして続く後半は、Christian Beyaのギターソロを中心としたインストゥルメンタル・パート。

そして4部からなる トータル22分近い組曲「L'araignee-mal(夢魔)」。妖しいヴァイオリンとパーカッションによる導入部は、キング・クリムゾンの「太陽と戦慄パートI」を思い起こさせる。そして前半はヴァイオリンがメロディーを引っ張って行く。エレクトリック・ピアノに導かれて叙情的な盛り上がりを見せる中盤以降では、Andre のボーカルの魅力が炸裂する。

マハヴィシュヌ・オーケストラ並の演奏能力を持ちながら、テクニックではなく楽曲主体に聴かせる音楽性は、まさに高次元で完成されたシンフォニック・ジャズロックである。そして次第に高揚して行く組曲後半。22分間に一部のスキもない、手に汗握る曲展開が素晴らしい。

表現力豊かながら沈み込まずにストレートに響くヴォーカル、時折現れるヴァイオリンのキレたような演奏やロバート・フリップ風なギターサウンドなど、高度なテクニックに裏打ちされた構築性と、それをはみ出す暴力的な意外性が同居している。

フランスが生んだ奇跡の1枚。

余談だが組曲「L'araignee-mal(夢魔)」のラストは、フランス・オリジナル盤LPでは、現在のものとは異なるらしい。ラストのキメのフレーズは繰り返さず1回で終わり、アタック部分のないエコーのような音は、原盤には入っていないのだそうだ。それが編集ミスなのか、あるいはメンバーの納得の下に変えられたエンディングなのかは不明である。

私的には最後のエコー音は好きですけれど。