2010年11月30日火曜日

「ポセイドンのめざめ」キング・クリムゾン


キング・クリムゾン(King Crimson)


プログレッシヴ・ロックを代表するイギリスのバンドで、キング・クリムゾン(King Crimson)が、衝撃的なデビュー作にして永遠の名作「In the Court of Crimson King(クリムゾン・キングの宮殿)」に続いて、1970年に発表した2ndアルバム。

   Robert Fripp:ギター、メロトロン、デバイス     
   Greg Lake:ボーカル     
   Michael Giles:ドラムス     
   Peter Giles:ベース     
   Keith Tippett:ピアノ
   Mel Collins:サックス&フルート
   Gorden Haskell:ボーカル
   Peter Sinfield:作詞

メンバーは上記の通り大所帯だが、これはパーマネントなものではなく、むしろフリップ(Fripp)とシンフィールド(Sinfield)を核にしたプロジェクト的な状況だった。1stアルバムの中心人物であったイアン・マクドナルド(Ian McDonald:フルート、サックス、クラリネット、キーボード、メロトロン、ボーカル)はマイケル・ジャイルズ(Michael Gile)とともに脱退し、McDonald&Giles(マクドナルド&ジャイルズ)を結成、アルバム制作を行なおうとしていたし、グレッグ・レイク(Greg Lake)も脱退しEL&P(エマーソン、レイク&パーマー)結成に向けて動いていた。

つまりここでのメンバーは、フリップがまさにこのアルバムのためにだけ再び集めた、元メンバーの集合体だったのである。
 

しかしだからと言ってこのアルバムが中途半端なものであるとか、プレイに精彩を欠くいうことでは全くない。むしろフリップがその強靭な統制力で、イアン・マクドナルド抜きで1stに匹敵するような、重厚でさらにフリーフォームな広がりを持った作品を作り上げたと言える。

LPではA面にあたる最初の3曲は、まさに1stを意図的になぞるかのような曲が並ぶ。ギターとサックスが荒々しいヘヴィーな1曲目。途中でリズムチェンジするところまで似ている。フルートが美しいフォーキーな2曲目。ゴードン・ハスケル(Gordon Haskell)のつぶやくようなボーカルとメル・コリンズ(Mel Collins)のフルートが印象的だ。そしてメロトロンが唸りグレッグの渾身の絶唱が光るシンフォニックな3曲目。

それはまるでフリップが、イアンの力に負いながら奇跡のように「出来てしまった」アルバムである1stを、今度は自分の力で「意識的に作る」作業を試みたかのようである。それはちょうど「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」の関係のように。

2ndでは「Peace」という曲をアルバムの最初(ボーカル)、中間部(アコースティックギターのみ)、最後(ボーカル)に持ってきて、全体のトータル性を高めている。またタイトルの海神Poseidon(ポセイドン)に合わせて、アルバムジャケットのインナーデザインは水面のようなブルーを基調としたものになっているし、タイトル曲「ポセイドンのめざめ」でのメロトロンの響きは、深い海の神秘的な姿を思い起こさずにはいられない。

さらに新たにジャズピアニストであったキース・ティペット(Keith Tippett)の奔放なピアノが、演奏全体にフリーフォームな雰囲気を与えているのも大きな特徴だ。「ポセイドンのめざめ」で、メロトロンが鳴り響きグレッグが歌う中、フリップがコード弾きでもソロ弾きでもなく、思うがままにアコースティックギターを爪弾くような部分にも、それは聴いて取ることができるだろう。

さらにインストゥルメンタル大作「デヴィルズ・トライアングル」では、ホルストの「惑星」の中の「火星」からのメインメロディーから始まって、やがて各プレーヤーバラバラの演奏に、コラージュ風に様々な音が重ねられるという、コスモス(cosmos)からケイオス(chaos)へ至るような展開を見せる。そこで鳴り響くメロトロンも、ストリングスだけでなくブラスやフルートまで使われ、1stに比べ非常に荒々しく暴力的である。そして一瞬1stの「クリムゾン・キングの宮殿」の印象的なメロディーが響く。それはまるでリプライズのようだ。

そうなのだ。この2ndアルバムは1stを敢えて踏襲し、乗り越えようとした作品なのではないかと思う。そして意図的に前半の構成を似せたのは、1stと2ndで一つの作品としようという意図があったのではないか。2ndの前半は言わば1stの変奏曲である。そして全体のラストを飾るのが、壮大で実験的な大作「デヴィルズ・トライアングル」であり、「クリムゾン・キングの宮殿」のメロディーは、1stから繋がるトータルな流れの中でのリプライズなのではないだろうか。

残念ながらアルバム単体で見た時には、2ndは1stを越えることは出来なかったと言えるかもしれない。個人的には「21st Century Schizoid Man」の、ねじれるようなギターソロや、「Epitaph」で聴けるGreg Lakeのアコースティック・ギターなど、記憶に残るソロプレイに欠ける点が惜しい。

しかし各メンバーはまさにプロジェクト状態とは思えないほどに、全力を叩き付けるようなプレイを聴かせてくれるし、これ以上ないほどの美しいメロトロン(「ポセイドンのめざめ」の間奏部)と凶暴で圧倒的なメロトロン(「デヴィルズ・トライアングル」)の両方を聴くことができる希有な作品。

1stと比較され、その影に隠れがちであるけれど、紛れもなくKing Crimsonにしか作り得なかった傑作。

ちなみに邦題の「ポセイドンのめざめ」は「wake(目覚める)」から勘違いしたと思われる誤訳。「in the wake of ...」で「...の跡を追って」という慣用句なので、タイトルは「海神ポセイドンの跡を追いて」というような意味。あるいは「海神ポセイドン出現の後に」 とも取れるかもしれない。

 

2010年11月6日土曜日

「おせっかい」ピンク・フロイド

原題:Meddle(1971年)

ピンク・フロイド(Pink Floyd)


1971年秋、前作「Atom Heart Mother(原子心母)」から約1年後に発表された作品であり、怪物アルバムとなった次作「The Dark Side of the Moon(狂気)」へと向うメンバーの当時の充実度が現れたアルバムだ。

構成は「Atom Heart Mother」に似て、当時のLP片面に小曲を配し、もう片面を大作1曲で占めるというものだが、本作ではまずA面に小曲が並び、ラストを大曲が飾る流れとなっている。それもあってか、最初に「One of These Days(吹けよ風、呼べよ嵐)」というインパクトの強い曲が置かれている。つまり「ハードな世界」→「アコースティックな世界」→「幻想的な世界」という絶妙な流れができあがっているのだ。
 
ちなみにインストゥルメンタル曲「One of These Days」の中で、イコライズられた声で何やらうめくように叫ばれているのは次のような言葉だ。

   One of these days, I'm going to cut you into little pieces!
   いつの日か、俺はお前を粉々に切り刻んでやるぜ!

「吹けよ風、呼べよ嵐」という勇ましい邦題とはちょっと違った、心の奥底に秘めた憎しみを吐露したようなものである。だからサウンドだけでなく、曲全体としても“ハード”なのだ。


   Roger Waters:ベース、ボーカル
   Nick Mason:パーカッション
   Dave Gilmour:ギター、ボーカル
   Rick Wright:キーボード、ボーカル


このアルバムで特徴的なのは、メンバー全員が迷いも不安も苦悩もなく、自由に自己表現しようとする姿勢に満ちていることである。それは時代への意識や個々人の感情や思想などの比重が次第に大きくなっていくその後の作品にはない、ある意味余裕と軽やかさを併せ持った姿である。

特にNick Masonの多彩とは言いがたいけれど、的確で味のあるドラミングや、Rick Wrightのリズミカルで即興的なオルガンの響きは、このバンドが決してDave Gilmourのギターだけに頼っていたわけではないことを示している。

さらに言えばGilmourのギターも、その後の作品ほど前面で鳴っているわけでもないし、ブルース色が強い情感豊かなギターという際立った特徴にも至っていないのだ。もちろん幾重にも重ねられたギターサウンドや、時折見せるタメの聴いたソロは十分魅力的ではあるけれども。

こうして前作とは一転して4人のメンバーだけで作り上げることで、そうしたメンバーの活き活きとしたプレイは強調され、それはPink Floydの作品群の中でも比類無き幻想性と深みを持った「Echoes(エコーズ)」を生むこととなる。

「Echoes(エコーズ)」がその後の大曲と大きく違っているのは、それがまだ今まで達し得なかった音楽世界をつかみ取ろうとした曲であるという点ではないかと思う。そこには個人的思想や感情の吐露はなく、ただ大きな時間と空間の流れの中で、聴く人それぞれに永遠に身を委ねていたくなるような、どこか既視感のある世界を喚起するような力が存在するのだ。

通常はハモンド・オルガンにつなぐレスリー・スピーカーを使った、ソナーのような極めて印象的なピアノの響き。鳥の泣き声のようなギター。物悲しくも美しいボーカルハーモニー。永遠に続くかのような中間部のジャズーなリズムとエコーの効いたギターソロ。そこでは4人の演奏とサウンドアイデアが見事に解け合っている。

もちろんサウンド操作、サウンド・イフェクトに対するこだわりは相変わらずで、「One of These Days」のベースの重ね具合、シンバルの逆再生音の挿入、ステレオの左右へ効果的で意表をつくように行なわれるパン(音の振り分けや移動)。テクニックで聴かせるバンドではないが、心地よさと直接感覚にくる刺激に満ちたサウンドである。Pink Floydの作品群の中でも非常に特異な傑作大曲である。

さらに特筆すべきは、「Echoes」のボーカルメロディーもそうであるが、小曲で聴かれるアコースティックなサウンドにおけるメロディーの良さ。こうしたメロディー勝負の小曲だけでも、秀でたアルバムが作れたんじゃないかと思えるほどだ。

「The Dark Side of the Moon」的な一部のスキもないかのような緻密な構成という“制約”もなく、メンバー全員が自分の音、自分のプレイ、自分たちの作り出すサウンドに、大きな自信を持ち、大いなる可能性を信じて作り上げた傑作。

さらにこの「Echoes」をメインにした秀逸な音楽映像「Live at Pompeii」も必見である。メンバーへのインタビューなどを含めたディレクターズカット版と、オリジナル版が含まれているが、演奏のみに集中したオリジナル版が圧倒的に良い。

ポンペイの円形劇場における、観客のいない野外ライヴ映像である。メンバーが媒介となって開かれる神秘的で時空を超えたような音宇宙に打ちのめされる。特にDave Gilmourのギターは、アルバムを軽く凌いでいると言える。

なお「Echoes」については、「ピンク・フロイド 幻燈の中の迷宮」(今井壮之助/高橋伸一著、八幡書店、1997年)で、非常に詳細な分析がなされている。「Echoes」の魅力を探るには必携な一冊である。