2012年11月19日月曜日

「枯れ葉が落ちる庭園」イングランド

Garden Shed(1977)

England

Englandは1977年という、プログレッシヴ・ロックのブームが次第にパンク&ニューウェーヴに飲み込まれようとしていた頃に登場したバンドである。Aristaレーベル唯一と言えるプログレ・バンドでありながら、満足なプロモーションはされず「Aristaのマーケティング担当者は、アルバムが発売される週には揃って休暇を取ってどこかに行っていたんだ。」という有様であったという(Robert Webb インタビューより)。

King Crimsonはすでに1974年に解散している。1977年という年には、Yesは「Going for the One(究極)」を、Genesisは「Wind & Wuthering(静寂の嵐)」、そしてEL & Pは「Works Volume I(ELP四部作)」を、さらにPink Floydは「Animals」発表したが、いずれも悪いアルバムではないものの、従来の冒険に満ちた姿勢や刺激的な音は消え、その後のポップな路線に向う転換点となったアルバムである。

しかしそれまでシーンを強力に牽引していたバンドに翳りが見えて履いたものの、Camelの「Rain Dances(雨のシルエット)」が1977年、UKのデビューアルバム「UK(憂国の四士)」が1978年、The Enidの名作「Aerie Faerie Nonsense」が1977年、Illusionの「Out of Mist(醒めた炎)」が1977年など、まだまだ力のあるバンドが音楽シーンと格闘しながら魅力的な作品を出している時期であった。

Englandはそこに登場したのである。それまでの活動を縮小/変更したのではなく、まさにその時期のプログレシーンにダイレクトに向けた音を携えて。

Martin Henderson - Bass, Vocals
Franc Holland    - Guitars, Vocals
Jode Leich       - Percussion, Bass, Vocals
Robert Webb      - Keyboards, Vocals

 左からRobert Webb, Martin Henderson, Jode Leigh, Frank Holland

UKはパンクへの挑戦という姿勢で、ジョン・ウェットンのポップな感覚を強めながらも、強烈なテクニックと変拍子満載の複雑な楽曲で対抗しようとした。しかしEnglandはハナからパンクなどのシーンには興味がなかったかのように思えるのだ。唯一のアルバムとなったこの「Garden Shed」を聴くと、自分たちが聴いてきたバンドやそのサウンドが、好きで好きでたまらないという思いが伝わってくる。

指摘され易いのはYesとGenesisの影響である。甲高いスネアが特徴のドラムスは一聴するとBill Brufordを思い出させるし(プレイは実は似ていない)、高音でハモルとYesに近づく。叙情的なギター&キーボードやちょっと演劇的なボーカルは確かにGenesis的である。

確かに最初はその部分に違和感や拒否感を感じるかもしれないが、次第に「僕らはこういうバンドが好きで、こういう音楽をやりたいんだ」という強い主張として微笑ましく聴けてしまうのだ。それは何よりも曲がモノマネや寄せ集め的なものではなく、非常に良くで来ていて魅力的なことによる。

スネアの音が個性的なドラムスもプレイはいたって堅実で、細かく展開して行く曲を上手く引き締めているし、ボーカルも良く聴けばポップソングにも向いている甘い声である。そしてメロトロンの劇的な使い方も含めて、曲構成が聴き手を飽きさせないのだ。メロディーも、キャッチーでありながらドラマチックな演奏と違和感なく溶け合っているところが素晴らしい。

そこには1970年代前半の活動でやり尽くした後の、次なる展開を探る迷いもなければ、やりたい事をやり続けるのか“ポップ化”して時代を乗り切るのかというジレンマもなく、また時代に抵抗しようという気負いもない。ただ1970年代前半のシーンへの愛と、そういう音楽を奏でたいという強い思いと、時代がどうであれ自分たちはそれで良いんだという自信が感じられるのである。

それを可能にしているのはやはりそういう思いや姿勢を曲に反映させられるだけの作曲センスと、突出しているプレーヤーはいないけれど、堅実に美しいアンサンブルを聴かせてくれる、各メンバーの技量なんだと思う。

まさに“愛すべき作品”という言葉がぴったりな傑作である。

2012年10月2日火曜日

「Progressive Rock by String Quartet with Mellotron」

邦題:弦楽四重奏とメロトロンによるプログレッシヴ・ロック、そしてボーカルは何処に

■Moment String Quartet & Rui Nagai(永井ルイ)

音楽雑誌『ストレンジ・デイズ』編集長の岩本晃市郎が主催するライヴ・イベント<空想音楽博物館>のコンセプトから生まれた、プログレッシヴ・ロックの名曲 カバー・アルバム。プログレッシヴ・ロックの中でも弦楽器を主とした楽曲を選び出し、Moment String Quartetによるストリングスと永井ルイによるメロトロンの演奏で数々の名曲を独特なアレンジで聞かせるアルバムだ。

弦楽器を主とした曲と言いながら選曲が渋く、「オブセッション」(エスペラント)、「木々は歌う」(マウロ・パガーニ)、「オーキャロライン」(マッチン グ・モール)などが含まれるところが、またプログレ・マニアック魂を刺激してくれる。さらにインプロヴィゼーションであったキング・クリムゾンの「トリ オ」までやってくれるのだ。

しかし思うに、そもそも生の弦楽四重奏とメロトロンの組み合わせというのは何を意味するのか?弦楽器とメロトロン・フルートならタイプの違う“楽器”なので 成立するであろうが、メインとなるメロトロン・ストリングスは、生楽器と組み合わせる意味はないのではないか?事実ここで取り上げられているオリジナル曲 でも、クラシカル弦楽器とメロトロン・ストリングスが登場するものはない。そもそもクラシカル弦楽器の代わりとしてメロトロンが使われていたわけなんだし。

つまりこの組み合わせはどこか“お馴染み”な感じがしていながら、今までにない“未知”な試みなのである。 

何となくこの“弦楽四重奏とメロトロン”という組み合わせにマジカルな魅力を感じながらも、実際には生楽器の前にメロトロンの魅力は半減してしまうんじゃないか、ロック・フォーマットの中でこそメロトロンの音は活きるんじゃないか、そんな予想もしていたのであった。

アレンジ的な特徴としては、Moment String Quartetは曲の骨格を担当する。オリジナルがロックな曲(「原始への回帰」「オブセッション」など)は、その管弦楽アレンジで曲を聞かせる。モン ゴーア・クァルテットの「21世紀の精神正常者たち」的である。オリジナルも弦楽器曲(「プレリュード」「木々は歌う」「悲しみのマクドナルド」など)の 場合は、ほぼそのまま再現される。

原曲が丁寧に管弦楽アレンジされて、原曲のイメージに近いかたちでメロトロンが登場するという点では新奇さや意外性はない。むしろ曲の骨格がメロトロンの音(ストリングス)に近づいている分、曲のダイナミズムやメロトロンのアンサンブル的な役割は薄らいでいるとも言える。

では弦楽四重奏とメロトロンの組み合わせは失敗であったのか?

いやいやそれが違うのである。もし弦楽四重奏だけの演奏であったなら、選曲は面白いし弦楽アレンジも本格的だが、音楽的には凡庸なライト・ミュージックになっていたかもしれない。艶やかで情感豊かなバイオリンの音。そしてクラシカルで立体的なアンサンブル。多少リズム楽器が入るがロックのようなパワフルな世界とは無縁な上品な調べ。それはオリジナルの角が丸くなったような、刺激の薄い世界であったろう。

ところがここにメロトロンが入ると様相は一変する。確かにストリングス音だと生楽器に似た音が重なることになる。しかし、だからこそメロトロンの、“圧倒的な音の壁”と“冷たさ”が際立つ。それが生ストリングスが紡ぐ情感の連なりを寸断し、曲に大きな揺らぎをもたらし、聴く者を別世界へと突き落としてくれるのだ。

クラシカルな弦楽器は音やフレーズ、そして曲の展開において、隅々にまで情感が宿る。それはもともとノイズを重要な要素として持つロック・フォーマットによ る演奏をはるかに凌ぐ。そこに情感を排除したようなメロトロンの音が登場すると、その異質性が増幅されるのだ。生楽器と似た音なのに決定的に何かが違う。 音の立ち上がりや揺らぎは、どこか非人間的な生理に基づいていいるかのようだ。そう、まるでゾンビのように。その美しさも情感が込められ表現された美しさではない。もっと別の人知を越えた何かに触れたような美しさだ。そういう音が“人間的な”生の音に暴力的に被さってくるのだ。

メロトロンの音が持つこうした特徴は、ロックフォーマットの中でも感じられていたものだった。だからこそ多くのバンドは生のストリングスやフルートとは別の ものとして、メロトロンを敢えて使ってきたのだろう。それが今回わざわざ生のストリングスにぶつけることで、メロトロンの異質性がよりいっそう浮き彫りに されたように思うのである。

メロトロンに光を当てながらも終始鳴らし続けるのではなく、“ここぞという時に登場”させるメロトロンらしい使い方もとても上手い。そういうメロトロンの使い方を心得ている感じも、結果としてこのアルバムをとても面白く聞き応えのある作品にしたように思う。

名曲カバーに拘らずに突き進んでいければ、美しい生ストリングスを配しながら呪術的な、かなり面白い音楽が作れるんじゃないだろうか、などと思ってしまいました。

「プログレッシヴ・ロック名盤選」というよりは「番外編」ということで。

   

2012年6月30日土曜日

鬼子母神/陰陽座

原題:鬼子母神(2011)

■陰陽座(おんみょうざ)

妖怪ヘヴィーメタルバンドとして登場した陰陽座も、1999年のデビューアルバム「鬼哭転生」から数えて10作目となり、満を持して制作された初のトータル・コンセプト・アルバム。ベース&ボーカルの瞬火(またたび)が著した脚本「絶界の鬼子母神」 をもとに作り上げた作品だ。

黒猫(くろねこ):ボーカル
瞬火(またたび):ベース・ボーカル
招鬼(まねき):ギター・コーラス
狩姦(かるかん):ギター・コーラス

 
《ゲスト》
土橋誠:ドラムス
阿部雅宏:ピアノ&キーボード

陰陽座は黒猫がメインボーカル的位置づけであるが、瞬火もかなりボーカルへの貢献度が高く、事実上のツイン・ボーカルだと言える。初期の作品は和旋律なども取り入れたストレートなメタル、と言うよりはプログレ・ハード的なサウンドであった。古語・漢語を多用した日本語にこだわった歌詞は、メタル界のみならずロック界全体を見回しても大きな個性であったし、男女ツインボーカルという特徴も他に類を見ないものであった。

さらに歌謡曲や演歌にも通じるような、ちょっと大げさな歌い回しやビブラートのつけ方も、クセの好き嫌いはあるだろうが彼らの独特な世界には欠かせないものとなった。

オリジナルの物語は結成時にすでに出来上がっていたという。バンドの成長を見極めながら、10作品目という節目に取り上げる題材として温めてきたものだという。確かにバンドとしての安定感や表現力は格段に上がったように思う。そして12パート全1曲という大作「組曲:鬼子母神」が作られたのだ。

ストーリーは土俗的な古き日本のとある村を舞台とする。そこでは村の凶事を避けるために、よそ者を鬼として始末するという因習が残っていた…。という設定の中で、人の業や性を浮き彫りにして行くあたりは、今村昌平的な世界と言ってもいいかもしれない。

でもそうしたストーリーはアルバムのブックレットや歌詞からは掴みにくい。掴みにくいんだけれど、掴み切れない中でイメージを膨らませるのもまた面白いと思う。それだけ各曲は全体の流れからも物語からも独立して、それぞれが魅力的な楽曲なのだ。


得意の疾走チューンもあれば、ファンク色の強い曲もある。切々と歌われるバラードも良い。様々な曲調を組み込みながら、全体としておどろおどろしくも悲しい物語が、アルバムから伝わってくるのだ。

そしてラストの曲で“鬼子母神”となった黒猫が一言つぶやく。その一言にアルバムのすべてが収束するかのような感動の瞬間である。この一言のためにバンドは10年以上待ったんじゃないだろうか。そんな思いすら浮かんできた。

プログレッシヴ・ロックであるかと問われれば答えは悩ましい。けれどもこれだけのスケールの音楽を作り上げ、かつ物真似ではない日本的なサウンドを聴かせてくれる冒険的な精神と卓越した技量は、ジャンルに拘ることなく“プログレッシヴ”であろうと思う。

日本を代表するバンドの渾身の1枚。

 

2012年5月21日月曜日

カニング・スタンツ(ロッキン・コンチェルト)/キャラバン

原題:Cunning Stunts(1975)

■Caravan

イギリスのカンタベリー派を代表するバンドと位置づけられているCaravanのスタジオ第6作。ジャズロック・テイストが強かった初期からポップな小品の完成度の高さは折り紙付きだったが、プログレッシヴ・ロックも成熟期〜混迷期に入りつつあったこの頃、まさにそのポップさとテクニカルなアンサンブルを絡めて一気に聴かせるCaravanワールドは、絶頂期に達したと思わせる1枚。

Pye Hastings:ギター、ボーカル
Dave Sinclair:キーボード
Mike Wedgwood:ベース、ボーカル、コンガ
Richard Coughlan:ドラムス
Geoff Richardson:ヴィオラ、ギター、フルート

《ゲスト》
Jimmy Hastings: ブラス・アレンジ、アルト&テナー・サックス
クラリネット

当時のLPで言えばA面が5つのポップソング。これが80年代のパワー・ポップとは違って、いかにもイギリスという感じの線の細い、フォーキーな美しさに満ちた曲ばかりなのだ。

ゆったりしたピアノとオクターブを移動するベースが印象的な「Show of Our Lives」では、本作から参加するウェッジウッドのボーカルがさっそく聴ける。乗りの良い「Stuck in a Hole」ではリチャードソンのヴィオラからシンクレアのムーグソロが愛らしい。波打つストリングスが美しい「Lover」(ちなみにloverという単語は、正式には結婚も同棲もしていないが、性的関係を強く暗示させる言葉)、そのままストリングスが「Backstage Pass」へと続き、メランコリックな歌が始まる。パーカッション入りのギターソロが素晴らしい。そしてソウルフルな異色作「Welcome the Day」。ボーカルのウェッジウッドの声質がパワフルでないため、これもアルバムに馴染んでしまう。

そしてLPB面で展開される「Dabsong Conshirtoe」。5つのパートからなる組曲ともメドレーとも取れるが、A面の雰囲気を引き継ぐような甘いボーカルとうっとりするようなメロディーに導かれて始まり、ロック・テイスト、ジャズ・テイストを経て、渦巻くようなインストに様々なSEが被さる混沌とした狂気すら感じさせるクライマックス、そしてアルバム冒頭曲「Show of Our Lives」がリプライズする感動のラストという、もう文句なしの傑作大曲だ。

夢見るようなポップス風のスローな出だしから、次第にテンポが速くなっていくが、思いの外ドラムスが重く、リズムが走り出すのを抑えている感じがする。このタメがいい。そして世界がどんどん広がり移り変わり、聴き手は音の洪水に心地よく飲み込まれていく。

興奮の余韻を冷ますかのようなアコースティックな小曲「The Fear And Loathing In Tollington Park Rag」で、このアルバムは幕を下ろす。でもまた最初から聴きたくなっちゃうのである。 傑作。

ちなみにWikipediaによれば、タイトルの「Cunning Stants」はspoonerismと呼ばれる頭音転換による言葉とのこと。英国のSpooner牧師がこのような間違えを良くすることから付けられた。例えば「book case」を「cook base」、「cold butter」を「bold cutter」というような言い間違えだ。つまりここで示唆されている言葉はセクシーな意味合いの「Stunning Cunts」。「最高のアソコ(女性性器)=名器」、あるいは「最高のsex(の女性相手)」ぐらいの感じでしょうか。

さらに大曲「Dabsong Conshirtoe」も辞書にはない言葉。これは裏付けはないのだが、「Lovesong Concerto」(ラヴソング協奏曲)を、酔っぱらったようなだらしない口調で言ったものではないかと思うのだけれど、どうであろうか。



2012年3月28日水曜日

「...光へ!」ディスカス

原題:Tot Licht!(2004)
■Discus

「...Tot Licht!」は2004年にインドネシアのバンドDiscusが発表した2ndアルバム。インドネシアのバンドということで、欧米よりレベルが落ちるのは覚悟の上で辺境性を楽しもう…などと斜に構えて接すると、度肝を抜かれること必至な、超絶テクニカル/ごった煮ロックである。

その雑食性は多岐に渡り、グロウルを含むメタル色あり、バイオリン、サックス、クラリネットが活躍するジャズ色あり、 女性ボーカルが歌うポップス色あり、クラシック/レコメン色あり、ケチャなどの民族音楽色ありで、目まぐるしく曲が展開する万華鏡のような世界。

それでも“融合”というよりは“混合・混在”と言うような、半ば無理矢理な展開を力で押し切るようなパワーが、アジア的と言えそうである。ドイツのフランク・ザッパ祭であるZappanale 20(2009)に招待されたということがとても納得できる音楽だ。

Anto Praboe:リード・ボーカル、スリン(バリ、スンダ、トラジャ地方の笛)、フルート、クラリネット、バス・クラリネット、テナー・サックス
Eko Partitur:リード・ボーカル、バイオリン
Fadhil Indra:リード・ボーカル、キーボード、エレクトリック・パーカッション、ゴング、リンディック、クンプリ、グンデル
Hayunaji:ボーカル、ドラムス、クンプリ
Iwan Hasan:リード・ボーカル、エレクトリック&クラシック・ギター、21弦ハープギター、キーボード、ギタレレ&ストラマー・バイオリン
Kiki Caloh:リード・ボーカル、ベース
Krisna Prameswara:ボーカル、キーボード
Nonnie:リード・ボーカル
 
メンバーは総勢8名という大所帯で、6人がリード・ボーカルを取れる他、全員がボーカルに参加する。だからと言ってボーカル主体というわけでもなく、そのインストパートにおける演奏能力は、欧米の一線級に軽く肩を並べるほどだ。さらに民族楽器を操るメンバーもいて、大きな個性と魅力になっている。ちなみに担当楽器にあるリンディック、クンプリ、グンデルはバリのガムランで使われる打楽器である。

アルバムはバンドの魅力が爆発する「System Manipulation」で幕を開ける。ケチャの詠唱と手拍子によるイントロがいきなりインドネシアを感じさせるが、その後はサックス、バイオリンが入ったテクニカルジャズの突入、そしてメタリックなギターリフに流麗なキーボードが被さると、Discusミュージック全開である。

リード・ボーカルに6人が名を連ねているが、 Iwanのメタル風シャウトボーカルと紅一点Nonieの清らかなフォーク/ポップス風ボーカルが好対照で、くるくるとジャンルを横断しながら曲は一部のスキもなく展開していく。 

しかしこのサウンドの落差が尋常ではない。もうアタマがクラクラするほどで、曲構成も簡単にはつかみ切れない。それが破綻なく一つの曲に収まっているのは、ひとえに各メンバーの演奏技術が高いためだろう。演奏にまったく無理がなく、余裕で楽器を鳴らしている感じすら漂う。

特筆すべきは、この緩急硬軟織り交ぜた音を支えている安定感抜群のリズム陣だ。ヘヴィーメタルにもジャズにもエスニックにも対応する柔軟さと、変拍子を含むリズムチェンジの連続にリズム陣は少しの乱れもなく、むしろ全体の統一感を引き出している。

もちろんごった煮パワフルな曲ばかりではない。「P.E.S.A.N」におけるトラッド風な男女ボーカルの生み出すアコースティックな叙情も格別だし、「Music for 5 Players」ではバイオリンとクラリネットとパーカッションによるレコメン風サウンドをじっくり聴かせる。とにかく引き出しの多さと懐の深さに圧倒される。そして時折ワンポイント的に挿入される民族音楽的なフレーズや民族楽器の音がまたいい。

とは言えストレートなエスニック演出はごく控えめだし、歌も基本は英語なのだが、全体からプンプン香る怪しい雰囲気は強烈なオリジナリティである。エスニック風味に頼っていないところがまた凄いのだ。

圧巻は19分を越えるラスト曲「Anne」。Anne Frankを題材にしたこの曲は、ちょっとミュージカル風な雰囲気もたたえる、堂々たるプログレッシヴ大曲。ドリーム・シアター張りテクニカル・アンサンブルにサックス、バイオリンが絡んだかと思うと、ケチャ!実に上手い!そしてサックスが歌う変拍子ジャズ。中間部では叙情的に歌い上げるボーカル。Nonnieは格別歌が上手いわけではないが、実に良い声をしている。色気を感じる声である。

こうして圧倒的な音の洪水とジェットコースターのような目まぐるしい展開に身を委ねていると、あっという間にアルバムラストの大団円を迎えてしまうのだ。アルバムを聴き終えると、何か長大な一大絵巻を堪能したような感じすらする。こんなバンドは欧米にはいなかったんじゃないだろうか。とにかく傑作。
 
  
ちなみにバイオリンのEko、キーボードのKrisnaはフルタイム・ミュージシャンであるが、ベースのKikiは建築会社社員、木管楽器のAntoは学校の先生、ドラムスのHayunajiは銀行員と、皆別の仕事を持っているという(「Tot Licht!」制作時)。文化的・社会的背景が違うから一概に比較はできないだろうけれど、ある意味驚異的なアマチュアバンドと言ってもいいのだ。恐るべしインドネシア。インドネシア国内販売を行なっているがIndonesian Progressive Societyという団体で、Prog Festの開催なども行なっているとのこと。

本アルバム発表後Nonnieが脱退しYuyunという新女性ボーカリストが加入、海外公演などもこなしていたが、残念ながらAnto Praboeの急逝とIwan Hasanの脱退により2010年に解散してしまった。 

ところが2011年になってNoldy Benyaminという新ギタリストを迎え復活した模様。木管楽器の穴はキーボードで埋めているようだ。解散前に新譜用の曲も十分な量が出来上がっていた模様なので、3rdアルバムへの期待が高まる。

2012年2月26日日曜日

「オープニング・フェアウェル」キャメル

原題:「Opening Farewell」(2010)
■Camel

アンディー・ラティマーの健康状態を理由に2003年に行なわれた「さよならツアー」より、カリフォルニア州サンタクルーズにあるキャタリストというナイトクラブで行なわれたツアー初日(6/26)のライヴ映像がこの「Opening Farewell」である。「Farewell Tour」の初日だから「Opening Farewell」ということか。

キャメル・プロダクションによる作品で、邦題は「ジ・オープニング・フェアウェル~ライヴ・アット・ザ・キャタリスト」。「A Nod and A Wink」(2002)発表後のツアーだが、過去の名曲をずらりと並べたベスト的な選曲になっているところも特徴である。

Andy Latimer:ギター、フルート、リコーダー、ボーカル
Colin Bass:ベース、ボーカル
Tom Brislin:キーボード、ボーカル
Denis Clement:ドラムス、パーカッション、リコーダー

アンコールがあったかどうかはわからないが、恐らくコンサート完全収録の1時間50分のステージ。大掛かりな仕掛けもなく、淡々と名曲を演奏する様子をとらえた映像だが、こじんまりした会場で観客と一体になった素晴らしいステージが味わえる。

“farewell(さようなら)”の理由を皆知っているのだろう、観客は最初から立ち上がっている人が多い。落ち着いた熟年の男女が集まった感じで、年齢層的にも恐らく10代からのCamel ファンという人たちだろう。会場の雰囲気がとても温かい。この雰囲気を味わうだけで涙が出そうである。

アンディのギターはもう文句なし。ミスもない完璧な出来。表現力の素晴らしさも変ることなし。体調が悪いことがウソのよう…。とは言っても演奏の合間にちょっと息が上がっている感じがちょっと痛々しい…。
 

コリン・バースはまさにアンディの右腕として大活躍だ。メインボーカルをとる曲も何曲かある。アンディとのハモりも息が合って美しい。

キーボードのトムはイエスのサポート・メンバーでも知られる人のようだけど、中々いい味を出している。往年の名曲に於けるアンディのギターとの絡みも素晴らしく、特にファズの かかったハモンド・オルガンを多用していたピーター・バーデンスの音を、しっかり踏襲していたのが良かった。デニスのドラムスもきちんとボトムを支える安定したもの。「Spirit of the Water」ではアンディとともにリコーダーも吹く。

当然アンディと彼のギターを中心としたバンドアンサンブルになるわけだけれど、トムやデニスが意外と存在感があって、しっかりバンドとしての音になっていたのがうれしい。さらにトムはボーカルも取れるので、最大3声のハーモニーが聴けるのも魅力。最後にして最高のメンバーになったんじゃないだろうか。

ドラマチックな最終曲「For Today」が終ると、観客の中に涙している人がいて胸を打たれる。曲の素晴らしさに浸り、キャメルやアンディへの思いを胸に、自分の人生をも振り返ってしまう、何とも感動的なコンサートである。

アンディは多血症という病いに冒され、2007年に骨髄移植、その後は骨髄線維症と関節痛(特に手)と戦っているという。

ゆっくりでいいから確実に回復して欲しい。そしてまたステージに立つアンディの姿が見たい。

 

2012年2月11日土曜日

「トレスパス(侵入)」ジェネシス

原題:Trespass(侵入) (1970)
■Genesis

「Trespass(侵入)」はイギリスのバンドGenesis(ジェネシス)が1970年に発表した第2作目。次作の「Nursery Cryme(怪奇骨董音楽箱)でスティーヴ・ハケット(ギター)とフィル・コリンズ(ドラムス)が加入し、いわいる黄金期のメンバーになり、傑作アルバムを次々に発表するため、この「Trespass」は相対的に評価があまり高くないように思われるが、内容は充実しており非常に魅力的なアルバムである。アンソニー・フィリップスがメンバーだった最後の作品。

Peter Gabriel:リードボーカル、フルート、アコーディオン、
          タンバリン、バスドラム
Anthony Phillips:アコースティック12弦ギター、
          リードエレクトリックギター、ダルシマー、ボイス
Anthony Banks:オルガン、ピアノ、メロトロン、ギター、ボイス
Michael Rutherford:アコースティック12弦ギター、
          エレクトリックベース、ナイロンギター、チェロ、ボイス
John Mayhew:ドラムス、パーカッション、ボイス


このアルバムの魅力は何と言ってもビーター・ガブリエルのボーカルである。彼のボーカリストとしての力が全編にみなぎっている。そして個性的な歌い回しや独特な声質とともに、ストレートに訴えかけてくる切ないメロディーが良いのだ。もちろんピーターの表現力も素晴らしい。

そしてバックの演奏も、決してピーターのバックバンドに甘んじているわけではない。後の作品のように分厚い音の洪水こそないが、アコースティックギターやピアノの繊細な音は活かされており、ピーターのフルートと相まってアコースティックな雰囲気が色濃い曲が並ぶ。

インストゥルメンタル・パートになるとドラムスがやや単調な感じを受けるが、逆にボーカルを中心とした曲では安定感のある音でもある。メンバー全体のバランスはとても良い。バンドとしての一体感がある。ピーターのボーカルに拮抗するのではなく、その世界を押し広げるかのような演奏が美しいのだ。曲はドラマチックさを増しながら、次作から濃厚になる怪奇趣味的雰囲気よりも繊細さや人懐っこさが勝っている。

実際マイクラザフォードは1985年のインタビューで、他のアルバムは少なくとも1〜2曲は個人的に作られた曲が含まれていたが、このアルバムだけは全ての曲作りに全員が等しく参加していると述べてる(Wikipediaより)。

曲的にはインストゥルメンタルパートが充実しているシンフォニックな「ザ・ナイフ」が注目されがちだが、核戦争後の世界を描いた「スタグネーション」が素晴らしい。主人公の悲しみや孤独が幻想的な演奏の中に浮かび上がってくる。

こうした曲の深みも含めて、「Trespass(侵入)」は他のアルバムにはない魅力にあふれた傑作だと思う。インストゥルメンタル・パートのテクニカルな比較だけでこのアルバムを下に見るのは間違っているだろう。そもそもGenesisの魅力はテクニカルな部分よりも全体の楽器のバランスや繊細なプレイにあったはずだから。


2012年1月20日金曜日

「ライヴ」バークレイ・ジェイムス・ハーヴェスト

原題:Live(1974)
■Barclay James Harvest


Barklay James Havest(バークレイ・ジェイムス・ハーヴェスト)は1970年にアルバムデビューしたイギリスのバンドである。美しく叙情的なメロディーや、メンバー4人中3人がボーカルを担当して美しいハーモニーを聴かせる点などから、ポップさとシンフォニックさが絶妙にブレンドされた曲を特徴とする。

バンドの活動歴は長いが、初期はオーケストラを取り入れた曲作りが一つの特徴となっており、その時のオーケストラアレンジを後にThe Enidを結成するRobert John Godfreyが担当していた。2ndアルバム発売後には彼の率いるオーケストラとツアーを行なっていたという。

本作は彼らの第6作にして初のライヴ。初出のLPは2枚組だった、収録時間75分を超える大作だ。そして「Summer Soldier」、「Galadriel」、「She Said」、「Mocingbird」などの名曲がひしめいているのも大きな魅力。

    John Lees:リードギター、リコーダー、ボーカル
    Les Holroyd:ベース、リズムギター、ボーカル
    Stuart "Wooly" Wolstenholme:メロトロン、エレクトリックピアノ、
          ムーグ、ボーカル
    Mel Pritchard:ドラムス

まず特出すべきは演奏の完璧さである。アルバムでオーケストラが担当していた部分はギターやキーボードで見事にカバーし、逆にロック的な躍動感が増している。オーケストラに替わって大活躍しているのがキーボード群だ。Wolstenholme(ウルステンホルム)のメインキーボードはメロトロンじゃないかというくらい、メロトロンが鳴っており、それをバックにギターやボーカルが切々と歌う。

オーケストラ入りだった曲も、4人というバンド・ユニットだけの演奏なのに、その叙情美や雄大な世界観は微塵も崩れない。それどころかメロトロンが活躍することでむしろシンフォニック色が強まり幻想性が増した。

だからと言って大仰な演出や超絶テクニックや超人的アンサンブルで聴く者を圧倒するタイプではないので、繊細なパートのプレイも大切なのだが、これがまた実に丁寧に演奏されていて素晴らしいのだ。

この“静”の部分はまたボーカルの上手さが引き立つ場でもある。いかにもイギリス的な落ち着いた声のボーカルが心地よい。さらに3人ともがリードボーカルを取れるほど安定して歌えるので、ボーカルハーモニーがまた美しい。

ボーカルのバッキングに回ったギターも巧みに曲をサポートする。もちろんソロパートもブルースフィーリングあふれるプレイが印象的だ。気づくとメロトロンが見事にギターソロをサポートしている。という具合に、超絶テクニカルアンサンブルとは違う意味で、4人が見事なアンサンブルを見せている。痒いところに手が届くほどに。
  

こうして叙情的な世界に浸りつつ甘美が時間が過ぎていく。 これがBarclay James Harvestの魅力である。さらにこのアルバムにはスタジオ盤とはまた違ったライヴならではの荒々しさや、緊張感が漂っている。現在のプログレバンドのライブでよく見られるような弾き倒し系のプレイや分厚いサウンドとは違い、音数は少なく音圧も低いけれど、それぞれの音やプレイに存在感のある、まさに1970年代の職人的なワザを感じられる傑作。

ちなみに今でもそうだけれど、日本での知名度は決して高いとは言えない。プログレッシヴ・ロックに含めるかどうかという点でも微妙かもしれない。それは当時も同じであって、バンドの情報がほとんどなく、プログレっぽいけど一体どういう音なんだろうと想像しながら、レコード屋でずっとジャケットを眺めて、結局リアルタイムには買えなかったという思い出がある。でも当時買ってもこの良さはわからなかったかもしれないなぁ。