2009/09/30

「偉大なる聴衆へ」カンサス

原題:Two for the Show(1978年)

Kansas(カンサス)


Two for the Show」(邦題は「偉大なる聴衆へ」)は当時アメリカン・プログレ・ハードと呼ばれたバンドKansas(カンサス)の1978年発表のライヴアルバム。1977年から1978年にかけての3つのツアーから収録されたもので、選曲的にも全盛期のアルバムから選ばれたベストな選曲と言ってよい。

当時はLP2枚組で、1990年に初CD化。この時は収録収録時間の関係か「Closet Chronicles」がカットされたCD1枚ヴァージョン。

そして2008年に30周年レガシーエディションということでCD2枚組の完全版として発売された。前CDでカットされた「Closet Chronicles」も復活、さらにボーナストラックが10曲収録という豪華さ。

このレガシーエディション、あっと言う間に店頭からなくなった。やはり名盤なのは誰もが知っているし、完全版を待ち望んでいた人も多かったと言うことだろうな。

わたしはオリジナルのLPと1990年版CDしか持っていないので、ボーナストラックについては語ることができない。しかしオリジナルLPも、そして1999年ヴァージョンも文句なしに 素晴らしい。確かLP収録曲の中では「Closet Chronicles」の時のSteve Walsh(スティーヴ・ウォルシュ)のボーカルが、ちょっとかすれ気味で苦しそうな感じだったんじゃなかったかな。そういう意味では、1990年ヴァー ジョンも厳選されたライヴと言えなくもない。

Phil Ehart:ドラムス、パーカッション
Dave Hope:ベース
Kerry Livgren:ギター、キーボード
Robbie Steinhardt:ヴァイオリン、ボーカル
Steve Walsh:キーボード、ボーカル
Rich Williams:ギター

その演奏は完璧。意外と細かくロールを入れるドラムスにツインギター、ツインキーボード、そしてヴァイオリンが絡む多彩でドラマティックな展開。それでいてハードロック的なザクザクしたリズムとシャウトするヴォーカルがロック魂を感じさせる。

まずオリジナルアルバムよりも遥かに躍動感に富んだ演奏が素晴らしい。ライヴでも美しいボーカル・ハーモニーを聴かせ、アコースティック・ギター・ソロやピアノ・ソロも盛り込んだ、Yesを彷彿とさせる見事な構成。

みな非常にテクニシャンであるだけでなく、アンサンブルになった時の鉄壁さが群を抜いている。並みいる有名プログレッシヴ・ロックバンドに退けを取らない見事な演奏力。

さらに何より強調したいのは、このライヴでバンド・アンサンブルが一体となった時に、うねるのだ。スクエアなリズムではない。まるで生き物のようにタメたり走ったりする。このうねりが、聴く者の心を揺さぶるのだ。「Lamplight Symphony」から「The Wall」へとつながるところなど、鳥肌が立つくらいである。

予断だが、このアルバムはある少年に捧げられている。1978年の8月、Kansasのコンサートを観た帰りに事故に遭い失明してしまった少年に。彼にとってKansasのライヴが最後に目にした思い出の体験になってしまったのだ。

アルバム自体とは実質関係ないそんな話を、当時反抗期だった自分が“話題作り的あざとさ”を感じずに受け入れることができたのは、やはりここに収録されて いるライヴの圧倒的な迫力と真摯な演奏ゆえだろう。不謹慎かもしれないが、こんなスゴいコンサートを最後の光景として記憶に残した少年というのが、どこと なく神秘的な感じにすら思えたものだ。

Genesis(ジェネシス)の「Seconds Out(幻惑のスーパーライヴ)」並の最高級ライヴ。熱くなれます。カンサス全アルバム中でも最高ランクの傑作。

ちなみにジャケットは、アメリカのの画家・イラストレーターであるNorman Rockwell(ノーマン・ロックウェル)の「Charwomen(ちょっと休憩)」(1946年)の“実写版”といった趣き(右下図)。charwomanとはビルなどの掃除婦のこと。

タイトル「Two for the Show」は「Two for the Tea(二人でお茶を)」を思い起こさせ、「二人でショーを」といった感じか。二人とはこの掃除婦かな。もちろん2枚組LPを指して「ショーを収めた2枚組」っていう意味もかけているダブル・ミーニングでしょうけれど。


2009/09/27

「チェレステ」チェレステ

原題:CELESTE(1976年)

Celeste(チェレステ)

 
CELESTE」(邦題は「チェレステ」)はイタリアのバンドCeleste(チェレステ)が1976年に発表した唯一のアルバムである。イタリアのみならず1970年前後に花開いたプログレッシヴ・ロックのうねりが収束に向っていった時期に、ひっそりと一つの作品を残し、消えていったバンドである。

しかし1974年頃には映画のサウンド・トラックを手がけている(結局映画は公開されなかったとのこと)ということで、本アルバムを発表するまでの活動歴は長く、時間をかけまさに満を持して世に出したアルバムと言えるだろう。

 Giorgio Battaglia:ベース、ベース・ペダル、シロフォン、ボーカル
 Leonardo Lagorio:アコースティック&エレクトリック・ピアノ、
   フルート、アルト・サックス、メロトロン、エミネント、
   スピネッタ、アープ・オデッセイ・シンセサイザー、ボーカル
 Ciro Perrino:パーカッション、フルート、リコーダー、メロトロン、
   シロフォン、ボーカル
 Mariano Schiavolini:ギター、ヴァイオリン

メンバーの使用楽器を見ても分かる通り、このバンドにはパーカッション担当はいてもドラム担当がいない。そして豊富なアコースティック楽器が目につく。それはそのままサウンド的な特徴ともなっている。

この編成から紡ぎ出される音楽は、全7曲、トータル37分というコンパクトな作品ながら、イタリアらしい詩情とともに、他のイタリアのバンドにはない独特な世界が感じられるのだ。ドラマチックでありながら、イタリア特有の情熱的な熱さは感じられない音なのである。

サウンドの要になっているのはアコースティック・ギターの細やかなアルペジオと2人のメンバーが奏でるフルートである。これに時にはメロトロン・フルート も加わる。その繊細で静かな流れの上を、つぶやくようなボーカルが淡々と歌う。基本的には非常にフォークタッチな編成であり、楽曲なのだ。

ところが面白いのは、あくまで基本がアコースティックなサウンドであるにも関わらず、突然感情が吹き出すかのように分厚いメロトロンが鳴り響く。あるいはサックス・アンサンブルが加わってくる。シンセサイザーがアヴァンギャルド風に使われる。

こうしたサウンドを効果的に織り交ぜることにより、フォーク的なこじんまりとした音楽ではなく、多様な音が混ざり合った、予想外に大きなスケールを感じさせるアルバムになっているのだ。

そしてまた音に厚みが出てきたり、曲展開が盛り上がってきても、かたくななほどドラムスが入らない。あくまでほとんどの場合パーカッション的に使われるだけ。したがって“シンフォニック・ロック”にはならないのだ。ここが大きな個性になっている。

だから“夢見るようなサウンド” をイメージすると肩すかしを食らうことになる。アコースティック・ギターのアルペジオと歌うようなフルートがあくまで曲の中心でありながら、ヴァイオリ ン、サックス、シンセサイザー、メロトロンが、そうしたフォーキーな世界に亀裂を入れるかのように加わる。しかしギターは何事もなかったかのように再びア ルペジオを爪弾き出す。この音世界の落差が音楽の幅を広げていると言える。

内省的なイメージが強いながら、決して弱々しい音楽ではない。イタリア的な素朴さを前面に出しながら、意外と奥の深い強度のある音楽である。2曲目に King Crimsonの「The Court of the Crimson King(キング・クリムゾンの宮殿)」のサビのメロディーが、ほぼそのままメロトロンで演奏されるが、それもまた曲に上手く溶け込んでいるということで 許してしまおう。

ドラムレスに近い独特な編成による深みのある特異なサウンド。70年代イタリア最後の輝きの一つ。傑作である。

ちなみにcelesteとは英語の「celestial」にあたり、「天国のような、神々しい、すばらしい、天空の、天体の」といった意味を持つ。敢えてロックともクラシックとも距離を置いて、独自の天上の音楽を奏でようとしていたのかもしれない。

 

2009/09/22

「海洋地形学の物語」イエス

原題:Tales From Topographic Oceans(1973年)

Yes(イエス)


Tales From Topographic Oceans」(邦題は「海洋地形学の物語」)はイギリスの大プログレッシヴ・ロックバンドYes(イエス)の6枚目のアルバムである。発表は1973年。

「Fragile(こわれもの)」(1972年)、「Close to the Edge(危機)」(1972年)と、まさに絶好調期に作られた作品。LP2枚組で、各面1曲の全4曲という超大作である。

ボーカルのJon Anderson(ジョン・アンダーソン)はKing Crimsonに在籍していたパーカッション担当のJamie Muir(ジェイミー・ミューア)から、Paramahansa Yogananda(パラマンサ・ヨガナンダ)の「Autobiography of a Yogi(あるヨギの自叙伝)」を紹介された。

Jonはツアーで東京に滞在している時に、ホテルでこの本にあった83ページにもわたるサストラ教典についての脚注に心を奪われる。サラトラ教典とは4部に構成されたヒンズー教教典であった。

彼はこの4つのパートをもとに4つの叙事詩を作り、80分完結の音楽を作り上げることに全精力をつぎ込むようになる。そして主としてギターのSteve Howe(スティーヴ・ハウ)との協力によって完成させたのがこの作品なのである。

 Jon Anderson:ボーカル
 Steve Howe:ギター、ボーカル
 Rick Wakeman:キーボード
 Chris Squire:ベース、ボーカル
 Alan White:ドラムス

しかし発表時、「Fragile」や「Close to the Edge」の、スピード感と叙情性が程よく融合した世界を期待したリスナーには賛否両論の作品となった。

確かにスリリングな演奏、持続するテンションの高さ、ロック的なダイナミズムといった点では、それまでの作品には及ばない。また曲のメロディーが次々と移り 変わっていくので、全体の構成が一聴しただけでは捉えづらいし、トータルなインパクトが弱い。それを冗長であると感じてしまうことも止むなしと思えた。

一つにはやはりジャズの雰囲気を残すキレのあるBill Bruford(ビル・ブラッフォード)から、パワフルなAlan White(アラン・ホワイト)へと、ドラマーが替わったことが大きいと誰もが思った。わたしも思った。

最初聴いた時は、盛り上がったところでタンバリンを叩くな〜って思った覚えがある。きちんとドラマーにタンバリン分のドラミングも叩かせろ〜、Billだったらタンバリンなんか入れなかったハズだ〜と。

パワフルなドラムはChris Squire(クリス・スクワイア)のベースとも音域が重なるので、それまでのYesの個性であった、ベースとドラムスが勝手に演奏しながらガッチリとリズムを組んでいるというアクロバティックな面白さが影を潜めた感じもした。

しかし、よくよく聴き込んでいくと、この音楽はドラムがBillでは作れなかったんじゃないかと思うようになった。Alanが加入したことで開けた新しい可能性だったのではないか。

前作「Close to the Edge」が「空間」を強く感じさせる作品だったのに対し、このアルバムは「時間」を感じさせるアルバムである。彼らが目指したのは、空間を飛翔するようなめくるめくハイテンションな世界ではなく、雄大で悠久な時の流れをじっくりと描くことではなかったか。

そこには言い知れぬ懐かしさを喚起するアコースティックなメロディーがある。原始的・呪術的なパーカッションやギターソロがある。深く厚みのあるメロトロンの波が打ち寄せる。ここにはそれまで以上にスケールの大きなドラマが存在しているのだ。

そしてハイテンションなバトルはないものの、各メンバーが個性を発揮して全員で楽曲を作り上げている点は、これだけJonが歌を入れているにもかかわら ず、後のJon Andersonバンド的なYesとは全く違う。まぎれもない5人のメンバーが作り上げた唯一無二のシンフォニック・ロックアルバムである。

Roger Deanによるアルバムカバーイラスト原画

大きなポイントは、構成の面でも曲調の面でも「シンフォニック」ではあるが「クラシカル」ではない点だ。緻密だが形式にとらわれず感覚的に作られた音楽で ある。だからこそ曲の構成や展開よりも、ふっと聞こえるメロディーやインストゥルメンタルパートなどが、悠久の時の流れに触れたような強い印象を残す。

そしてその部分こそが、クラシック教育を受けていたRick Wakemanの不満、そして脱退につながったのだろうと思われる。

好き嫌いは分かれる作品だと思う。しかしこれもまた当時のYesだからこそ成し得た、非常に希有な傑作アルバムであることは間違いない。

ちなみにタイトルの「topographic oceans(地理学的、地形図的海洋)」は、実際には海洋地域ではないが地形図的にかつて海洋であったと思われる場所を指しているのではないかと思う。 “今は陸となっているが、かつては海であった場所が語る物語”。内容にふさわしく、悠久なる時間の流れを感じさせるタイトルである。