2011/01/05

「ムーヴィング・ウェイヴズ」フォーカス

原題:Moving Waves(1971)

■Focus(フォーカス)


ムーヴィング・ウェイヴズ」は、オランダが文字通り世界に誇る最強のバンドFocusによって1971年に発表された、2ndアルバムにして代表作である。プログレッシヴ・ロック発祥の地イギリスのそうそうたる一流バンドに比しても、一歩も退けを取らないその音楽性の高さと強烈なオリジナリティーを存分に発揮した一作だ。

なお本アルバムは、オリジナルタイトルとは別に「Focus II」とも呼ばれているようだが、ここではオリジナルタイトルで記すことにした。

   Thijis Van Leer:オルガン、ハーモニウム、メロトロン、フルート、
          ピアノ、ボーカル
   Jan Akkerman:エレクトリック&アコースティックギター、ベース
   Cyril Havermans:ベース、ボイス
   Pierre Van Der Linden:ドラムス

バンド編成は極めてオーソドックスなもの。担当楽器も基本的なものだ。ところが飛び道具的なものを一切使っていないにもかかわらず、バンドの繰り出す音は非常に刺激的で、大きな魅力に溢れている。ある意味、メンバー自身が“飛び道具”かと思われるほど、個性的で高度なテクニックを持った希有なプレーヤーたちなのだ。特にThijis Van Leerである。

まずシングルヒットにもなった一曲目「Hocus Pocus(邦題は「悪魔の呪文:)が凄まじい。ちょっと退屈な感じすらするロックンロール・リフ。ところが突然始まるボーカルは、なんとキーボード担当のThijis Van Leer(タイス・ヴァン・レア/テイス・ファン・レール)によるヨーデル・スキャットである。曲はこのロックンロール・リフとThijisのプレイを交互に進行していくのだが、Thijisはヨーデル、オルガン、フルート、口笛、コミカルボイスと、もうやりたい放題なのだ。

この発想。そしてそのプレイのレベルの高さ。口笛一つとっても楽器並に素晴らしい。意外にも曲自体はクラシックのロンド形式を取っているので、奇をてらったと言うより、いろいろな縛りを捨てて自分の持っているものを解放した結果出てきた音楽なのだろう。

ところがThijisのテンションが上がるに連れて、ギターリフに被さるJan Akkerman(ヤン・アッカーマン/ヤン・アケルマン)のギターも凄まじい切れ味を見せ始め、ヘタをするとコミックソングかキワものになりそうなところを、グイッと今までに体験したことのない音楽世界へと連れて行かれるのである。このあたりがFocusの並外れたところだ。

2曲目は一転、Jan Akkermanのクラシカルなギター・インストルメンタル。このギターも聴き惚れるほど上手い。背後で静かに鳴っているメロトロンの使い方も秀逸だ。3曲目も穏やかでクラシカルなThijisのフルート曲。この人のフルートの音は非常に美しく、ピッチも安定しているのだが、多重録音によってさらに美しいフルート・ハーモニーが聞ける。こうしてThijisとJanの双頭バンドとしてのお披露目が、アルバム旧A面でされていくのである。

3曲目はThijisのボーカル曲。クラシックの歌曲のような静謐な印象で、歌唱も丁寧なもの。Thijisは、一方で自由奔放なプレイをしながら、他方では非常に宗教音楽的な、神聖で清らかなイメージをかもし出す曲を書く。その振り幅が凄い。

普通ならそれに振り回されてしまうところだが、Janのテクニカルながらハードロック的なギターが、うまく全体を引き締めている。特にその固く鋭い音色と、テクニカルなのにテクニック偏重にならない熱いプレイは、Thijisの奔放さに十分拮抗し、バンドとしての魅力をさらに高めていると言える。

そのJanがメインとなる「Focus II」もまた美しい曲だ。緊張感あふれるギタートーンが、メロディーの甘美さを程よくコントロールし、メロウにもなり過ぎず、BGM的軽さにも陥らず、絶品のロックギター・インストゥルメンタルに仕上げている。

こうした強い個性がぶつかり合うのが23分にも及ぶ大曲「Eruption」(イラプション:発生、爆発、噴火、勃発などの意)である。ユニゾンによるアンサンブル、叙情的なメロディー、フリーフォームなソロなどが、細かく別れたパートに散りばめられ、万華鏡のようなサウンドの中で、聖と俗の間を縦横無尽に駆け巡るような展開が凄い。

この曲は、イタリア・ルネッサンス末期からバロック初期に活躍し、初めてオペラを作曲したと言われるJacopo Peri(ヤコポ・ペーリ)のオペラ作品「Euridice(エウリディーチェ)」を下敷きにしているという(Wikipediaより)。16に分けられたパートに出てくる名前は、そこから来ているわけだ。ただしFocusは音でその世界を表現している。

そのサウンド風景の目まぐるしさや落差から、ごった煮的になりそうなのにならないのは、基本に流れているクラシカルで神聖な宗教的雰囲気と、クラシックからジャズ、ロックに精通したプレーヤーの素養、そして大胆なだけでなく非常に繊細な各人の演奏によるものであろう。

必要以上に音を重ねず、プレイそのもので聴かせる。その存在感の凄さはちょと他のバンドとは別格な感じすらある。傑作中の傑作。

ちなみに「Hocus Pocus」はナイキ(Nike)の2010年ワールドカップ・コマーシャルに採用され、再び脚光を浴びた。またFocus自体もThijis Van Leerを中心に2001年から継続的に活動を復活させていて、2011年現在のラインアップには、本アルバムでメンバーだったドラムスのPierre Van Der Lindenも復帰している。