2009/07/18

「クロウル」

Crawl(1991年)

The Beyond


「Crawl」 は1991年に発表されたイギリス出身のバンドThe Beyond(ザ・ビヨンド)のデビューアルバム。プログレッシヴ・ロックには通常含まれない。メタルではなく、1970年代につながるような暗さを持つヘビィ・ロック。その実、非常にプログレっぽいサウンドである。


 Neil Cooper:ドラムス
 Andy Gatford:ギター
 Jim Kersey:ベース
 John Whitby:ボーカル

80年代から台頭しはじめたポンプ・ロックにかつてのプログレッシヴ・ロックの魅力は感じられなかったし、Dream Theaterが「Images and Words」を発表するのは1992年、King Crimsonの「Thrak」までは1995年まで待たなければならないという、海外プログレ不毛時代にプログレ然とした音が刺激的だった。

本人達はプログレを意識していなかったと思う。大曲はなく長くて5分、全13曲の歌ものである。ボーカルはシャウト型ではなくストレートなロックっぽい歌い 方で、少しくぐもった声質が魅力。彼の表情豊かな歌のバックで、ベース、ドラムス、ギターが凄まじいテンションで走る。

速い曲ばかりというわけではないのだが、サウンド的に最大の特徴であるドラムの極端な手数の多さと、スカーンスカーンというスネアの高い音が、追い詰められたような緊張感と疾走感を生み出す。非常に固い音。このバンドの強烈な個性だ。

ギターの音もメタル系の低音を強調したものではなく、中音域でザクザクとリフを刻む。そしてリズムと一体となって独特のちょっとねじれたソロを披露する。

つまり極端に言えば、中高音域をギターとドラムが、中音域をボーカルが、低音域をベースが担当しているという、不思議なバランスの個性的なサウンドなのだ。The Mars Voltaに似た部分もあるが、基本的にもっとシンプルでストレート。

キーボードもいない。ギターオーケストレーションもない。華やかなハーモニーもない。ドラマチックな曲展開もない。しかしギターとドラムのスリリングで焦燥感を煽るようなプレイは、ヘヴィーなプログレ的インストゥルメンタルに通じる。

そして Dream Theaterのようにテクニカル・インストゥルメンタルを強く意識していないことが、逆にこのバンドの一つの型にはまりきらないミクスチャー的魅力を高めていると言える。


とにかく、このハイスピードドラミングの切れと音のインパクトを味わってもらいたい90年代の傑作。


「新月」

新月(1979年)

新月


「新月」は日本が誇るプログレッシヴバンド新月(しんげつ)の唯一のスタジオアルバム(boxセットは除く)である。このアルバムが出たのが1979年。

70年代後半と言うと、日本のプログレッシヴ・ロックシーンではコスモス・ファクトリーや四人囃子の再初期の盛り上がりが一旦収束に向かい、イギリスのプログ レッシヴ・ロックグループが、その方向性を模索し始めた頃。音楽的にはパンクやフュージョンなどが登場し新たな音楽が展開を見せ始めた時期だ。

つまりプログレッシヴ・ロックを聴いてきたわたしのような者にとっては、突然遅れてやって来たバンドなのだった。“ポンプロック”と呼ばれるようになる、イギリスでのプログレッシヴ・ロック・リバイバルの象徴Marillionの登場は1983年。日本国内では美狂乱のデビューアルバムが1982年、まさに プログレッシヴ・ロックの波のはざまに出て来たのがこの新月だった。その分、この不思議なジャケットを見つめながら、いったいどんなバンドなんだろうという興味がふつふつと湧いたのを憶えている。

 北山真:ボーカル
 津田治彦:ギター
 花本彰:キーボード
 鈴木清生:ベース
 高橋直哉:ドラムス

非情に端的に言えば、プログレッシヴ・ロック的手法を取り入れてドラマチックに作り上げた、ちょっと不思議なフォークソング、みたいな感じが第一印象だった。それは今思っても当たらずとも遠からずで、非情にアコースティックな音を大切にしている点、そして線の細いボーカルがあまり感情を込めずに歌って いる点などが、他のプログレッシヴ・ロックバンドとはっきり違っていたからだと思うのだ。

四人囃子やコスモス・ファクトリーが、イギリスのニュー・ロックの波を受け、「新しい音楽」を作ろうとして結果的にプログレッシヴ・ロック的な音楽になったのに対し、新月は「日本人だから作れるロック」という、自分たちのアイデンティティー意識を強く持ったバンドだったのではないかと思う。


アルバムは、やはり一曲目の「鬼」のインパクトが大きい。この日本的旋律、ほとんどギターアルペジオだけのバックにボーカルがのる繊細さと静けさ。そしてタイトな演奏になっても必要以上に音を厚くせず、個々の音やメロディーを大切にする曲作り。ギターとメロトロンフルートのみの中間部。この基本に流れる静けさ、無音を大切にする姿勢が、終盤の感動を生む。

メロトロンをバックに独特な音色のギターソロ。細やかに動き回るキーボード。そして土着的で不気味な歌詞。まさに日本からしか生まれ得ない音楽であった。ボーカルはやや不安定なところがあるが、声質は静の部分を大切にしているバンドカラーに 合っており、新月の魅力となっている。

どの曲も各楽器のバランスを重視し、必要以上に大仰に音を重ねないのがいい。各プレーヤーの技術とセンスがとても高いことがわかる。特に後ろで跳ねるように細かく動くキーボードが曲に繊細さをもたらし、粘りと情感が凝縮したようなエレキギターが曲のポイントを引き締める。そして全編で重要な働きをするアコースティックギターのつまびき、アルペジオ。

押し引き、動と静のバランスが際立って巧み。そして全体が「静」寄りに作られているので、大きな世界を見せられるというより、自分の心の中の日本的な部分を見せられる感覚。これは日本のバンドでも新月ならではの強烈な個性だ。

例えば「白唇」に見られる静の演出の素晴らしさ。心のひだをたどるような、記憶の奥深くに分け入るような音。サビのボーカルハーモニーが美しい。ここでも全 体ではそれほど音を厚くしていない。基本はアコースティックギターとボーカルなのだ。したがってリズム隊もタイトで的確だが重くない。それでもここまでの世界を描けるという凄さ。

最後の「せめて今宵は」は前半部のピアノアルペジオを中心としたアンサンブル・センスの素晴らしさが光る。エレキギターソロで一旦盛り上がったあと、再びアコースティックギターで静かな世界へ引き戻される。「鬼」「白唇」とともに名曲。

ここまで静の部分を意識的に大切にして、一つ一つの音、メロディーを丁寧に重ねていったアルバムは、日本語の歌詞にこだわることで、日本的叙情、そして日本的な闇までも浮き彫りにさせた。作曲、アレンジのセンスに加え、各メンバーのテクニカルな裏付けがあればこそ可能となった傑作である。


2009/07/17

「哀愁の南十字星」

FOUR MOMENTS(1976年)

Sebastian Hardie(セバスチャン・ハーディー)


「FOUR MOMENTS」(邦題は「哀愁の南十字星」又は「フォー・モーメンツ」)はオーストラリア出身のSebastian Hardie(セバスチャン・ハーディー)が1975年に出したデビューアルバムである。

当時ラジオでCamelの「Moonmadness」(邦題は「ムーンマッドネス『月夜の幻想曲』」)から名曲「Air Born」とともにオンエアされた記憶がある。Sebastian Hardieからは2曲目の「Dawn of Our Sun」が流された。聴いていてびっくりした。Camelはすでに知っていた。「Air Born」もすばらしく幻想的で魅力的な曲だ。しかし、この初めて耳にするSebastian Hardieの「Dawn of Our Sun」は、それを超える程、美しいじゃないか。

アルバム「FOUR MOMENTS」は収録曲としては6曲が記載されているが、前半4曲はつながっており、テーマ旋律の展開や繰り返しなどの構成を考えても、実質「FOUR MOMENTS」という大作の4つのパートと考えられる。トータル20分に渡る組曲なのである。

Mario Millo:ギター、マンドリン、ボーカル
Peter Plavsic:ベース
Alex Plavsic:ドラムス、パーカッション
Tolvo Pilt:ムーグ、メロトロン、ピアノ、オルガン

曲はメロトロンが奏でる雄大な旋律で始まる。ギターとメロトロンがユニゾンでメロディーを奏でている。メロディそのものが美しい。キーボードが軽やかに雄大 な風景を描いていく。リズム隊が入りロック的なアンサンブルが同じメロディーを繰り返す。バックのギターのカッティングが気持ちいい。しだいに音に厚みが 加わり雄大な世界が広がっていく堂々のオープニングだ。歌が始まる。やわらかく表情のある良いボーカルだ。ダビングによるハーモニーも美しい。ボーカルは 滑らかなギターソロに引き継がれ盛り上がりを見せたところで、衝撃の2曲目へ突入。

静かなギターのアルペジオとシンバルの波に乗って、メ ロトロン・フルートがゆったりとした悲し気なメロディーを奏で始める。低音のメロトロン・フルートの深い音が胸に響く。メロトロンがメロディー楽器として 使われたのも、当時とても新鮮だった。そしてそこに漂うこのなんとも言えない透明で深みのある空気感が素晴らしい。至福の時間。居住まいを正して味わい尽くしたい音。

このメロディーをメロトロンストリングスが引き継ぎ、引き続きギターもアルペジオを続けながら、ボーカルが歌いだす。歌も上 手い。メロトロンが美しい。と思うと、ついに待ってましたのギターソロが始まる。甘美で力強い、感動的なフレージング。次第に上昇していくコード進行が曲を盛り上げていく。

そのまま曲はロック的なダイナミズムを増しながら3曲目に入る。ここではギターが粘り着くような違った魅力のソロを展開する。その後を受けてスピーディーなシンセソロが縦横無尽に動き回る。テクニカルではあるが雄大な曲調を乱さず、逆にギター主体の大曲において大きなア クセントになっている。曲はオープニングのリプライズに戻り、壮大な曲は雄大なメロトロンとギターのロングトーンで終わる。

残りの2曲はギターMario Milloの表現力を堪能できる、甘く美しいインストゥルメンタル曲。FocusやCamelを思わせる部分もある。ギター泣きまくりだ。

もう最初から最後まで言うことなし。テクニックに頼らず、メロディーと音と演奏のセンスの良さ、そして大胆なメロトロンの導入が可能にした、感動必至の超傑作。