2010/06/15

「トライヴ・オヴ・フォース」ヴァン・カント

原題:Tribe of Force

Van Canto(ヴァン・カント)


Tribe of Force(トライヴ・オヴ・フォース)」は、ドイツのメロディック・メタル・バンドVan Canto(ヴァン・カント)の2010年の3rdアルバムである。

ところがメタル・バンドと言いながら、演奏される楽器はドラムスのみ。あとは全てアカペラ・ヴォイスによる、“アカペラ・メタル”バンドなのだ。ドラムスが入っているということでは、純粋にアカペラではないけれども。

ツーバス叩きまくりのメタルなドラムスに、メロディック・メタルな男性リード・ボーカルと、ちょっとトラッド風な女性ボーカルがメロディーを歌い上げる。曲調も迫力満点にして展開もドラマチック。

そして何よりの特徴として、メタルのキモとなるヘヴィーなリフも、肉声によるベースとギター・パートが担当してしまうことだ。

   INGA:リード・ボーカル
   SLY:リード・ボーカル
   STEFF:リード&低音ラカタカ・ギター
   ROSS:高音ラカタカ・ギター
   IKE:ドゥーム・ベース
   BASTIAN:ドラムス&パーカッション

“ラカタカ”とか“ドゥーム”とかいうのはリズム・ギターやベースの音マネ・スキャットなわけだが、これが面白い。楽器になり切って音を出しているわけでもなく、かと言ってボーカル・ハーモニーに徹しているわけでもない。リズムをスキャットしているかと思うと、突然リード・ボーカルにハモって歌詞を歌ったりする。変幻自在である。

“ラカタカ/ラカタカ/ドゥームドゥーム♪”とか歌っているので、最初はそこに耳を奪われて面白半分に聴いてしまいがちだが、次第にこの超オリジナルな世界に引込まれてしまう。

“ラカタカ”なリズムギターやベースのパートに耳が慣れてくると、これがハイトーンなリード・ボーカルとともに、非常に練られたハーモニーを作り、メロディック・メタル特有の圧力のある低音と疾走感、そして爽快感を生み出していることがわかるのだ。

もちろんハーモニーもリズムもテクニックは完璧。曲の途中でリズム・チェンジするところなど、ゾクゾクするほどカッコ良い。オペラ風ではなくトラッド風なINGAのボーカルも良いアクセントになっているし、イフェクターを駆使した音マネ・リードギターの完成度も高い。一曲のみゲストでレイジ(Rage)のギタリストによるリアル・ギターが入っているが、ギターバトルまでやっていて、どちらが本物か聴き間違えそうになってしまうほどだ。

そして一曲オーケストラの入った曲があり、これが非常にドラマチック。かなりシンフォニック。そしてドラムレスなしっとりとした曲では、じっくりと力強いハーモニーを聴かせる。

しかし聴きやすいメロディー、伸びのあるリード・ボーカルに反して、実はドラムス以外の全てがボイスで作られたこの音世界は、メタルに収まり切らない、ちょっとプリミティヴな異様な迫力を持っている。それは従来のメタルともアカペラ・コーラスとも違う場所に聴く者を誘う。肉声がリズムを刻むという点で、奥深いところでケチャなどの世界にどこかで繋がっている気がしてしまうのだ。

一曲一曲が短めなのがプログレッシヴ・ロック好きとしては残念だが、現実問題としてベースやリズムギターのパートをやっていたら、一曲3分ぐらいが限界なのだろうと思う。それでもメタリカ(Metallica)のカバーは8分以上に渡り歌い続けているのだから、そのパワーには圧倒される。

5人のボーカリストと1人のドラマーによるメタル・バンド。いったいどこからこういう発想が生まれるんだろう。恐るべしドイツ。ヴォーカルにこだわるロックという点ではイタリアあたりから出てきそうな感じだが、そこは“ジャーマン・メタル”と呼ばれたメタルの歴史の長いドイツだからこそ可能になったバンドなのだと思う。

歌詞は全曲英語で、メタリカやレイジ(Rage)といった大物メタルバンドのカバーもやっているが、ほとんどはオリジナル曲で勝負しているところも納得の完成度。癖になる面白さであり、インストゥルメンタル・パートはないにもかかわらず、そこにはプログレッシヴと呼んで良いほどの斬新さが宿っている。敢えてここに載せたい傑作。