2011/03/30

「アレアツォーネ」アレア

原題:Are(A)zione(1975)
  
■Area(アレア)

強烈なオリジナリティーと圧倒的な演奏力でイタリアが世界に誇るバンドArea(アレア)による、1975年に発表された4枚目にあたるライヴアルバムである。

タイトルの「Are(A)zione」は「Areazione(自由な討論・議論、感情の表出)」という単語であるが、中央部のAを強調することで、「Area」+「Azione(行動・活動:英語のaction)」という意味を持たせたとも言えるだろう。コミュニズムに傾倒していた当時のイタリアの若者たちの集会で、Areaは数多く演奏していたと言われる。まさにそんなAreaライヴにふさわしいタイトルである。

  Giulio Capiozzo:ドラムス、パーカッション
  Patrizio Fariselli:ピアノ、エレクトリック・ピアノ、
          バス・クラリネット、ARPシンセサイザー、パーカッション
  Demetrio Stratos:ボーカル、オルガン、スチールドラム、パーカッション
  Ares Tavolazzi:エレクトリック&アコースティックベース、
          トロンボーン、ポケット・トランペット
  Paolo Tofani:ギター、EMSシンセサイザー


曲目は1st、2nd、3rdから代表曲を1曲ずつ取り上げられ、続いてライヴ用インプロヴィゼーション「Are(A)zione」、そしてアレア版「インター」(International:万国労働者の歌であり、共産主義国家における革命歌、資本主義国家における労働組合の団結意識を高める際にも歌われた)で終わるという、ライヴらしさを取り入れた構成になっている。

ちなみにLPでは代表曲がA面、あとの2曲がB面となっていて、ベスト盤的な面とライヴならではの面が、CD以上に明確に意識できるようになっていた。

ライブ感覚を盛り上げるのはそれだけではない。「オデッサのリンゴ」では実際にリンゴを食べるパフォーマンスが入る。そのザラザラした音像が妙にライブっぽい。トータルにバランスが取られた演奏時の音像とは異なり、そこだけ生録っぽい感じなのだ。リンゴを齧る音が良い。背後でざわめく聴衆の雰囲気が良い。

もちろん演奏も素晴らしい。アルバムは1stの一曲目で聴く者の度肝を抜いたArea代表曲「7月、8月、9月(黒)」で演奏は始まる。1stアルバムとはメンバーが異なるのでサックスが入らないが、音の分厚さや勢いはアルバムを凌ぐ。

アレア独特なシンセサイザーの音色によるアラビア風メロディーが強烈だ。ネイ(nay)というアラブの葦笛の音を真似ているようだが、民族楽器的雰囲気を残しつつも、シンセサイザーの暴力性が前面に出ている点がアレアらしい。

バルカン地方の伝統的ダンスミュージック特有の複雑なリズムと強烈なスピードが、凄腕メンバーのテクニカルな演奏によってジャズロックのパワーを得る。15分に渡る熱演「Are(A)zione」など、部分的にはマハヴィシュヌ・オーケストラを思い出すほどだ。弾けるエレクトリック・ピアノ、繊細かつパワフルなドラムス、負けじと動き回り自己主張するアコースティック・ベース。

しかしデメトリオ・ストラトスのボーカル&ボイス・パフォーマンスが入ると、エスニック・ジャズロックの域を軽々と飛び越え、現代音楽、実験音楽的要素まで取り入れて、まったく新しい“アレアとしての音楽”が作り出される。アルバム以上にデメトリオの声の太さにも魅了される。

そして静動どちらのパートにおいても常に緊張感を孕み続けている。そこがまたクラシックに根ざした美しいメロディーを情感豊かに歌い上げる他の多くのイタリアのバンドとは、大きく一線を画しているところだろう。「インター」の解体具合も凄まじい。

収録曲の少なさや収録時間の短さは残念であるが、アレアのライヴバンドとしての魅力が凝縮された傑作。

ちなみにより多くのライヴ演奏を堪能したいなら、音質は劣るが「Parigi - Lisbona(パリ―リスボン)」というアーカイヴ音源がある。


2011/03/05

「イン・ザ・ミスト・オブ・モーニング」ノルダガスト

原題:In the Mist of Morning(2010)

■Nordagust(ノルダガスト:ノルファグスト)

ノルウェーの新鋭バンドNordagustのデビューアルバムである。オリジナルは2007年にデモCDとして制作されたもので、その後契約することになったカリスマ・レーベルによってリミックスとマスタリングをし直して、2010年に正式に発表された。クオリティー的にはデモだったことが信じられないくらい、完成された音である。いかにも北欧らしさに溢れた、バンドの強烈な個性が感じられる作品なのだ。

   Daniel "Solur" Solheim:リード・ボーカル、ギター、キーボード、
        サンプリング
   Ketil Armand "Bergur" Berg:ドラムス、カンテレ
   Knud Jarle "Strandur" Strand:ベース、ビジネス
<ゲスト>
   Agnethe Kirkevaag:ボイス

バンドのサイトを見ると、さらにダルシマーやマンドリン、サローフルート(ウィローフルートとも呼ばれるスカンジナビア半島で使われる民族楽器)はては斧、ハンマー、石臼、やかん、樽なんてものまで“担当楽器”の欄に書かれている。その他水の音、風の音などの自然音も効果的に使われている。

  
そのサウンドであるが、同じ北欧のAnekdotenが“暗鬱”であるならば、このNordagustは“悲壮”、あるいは“絶望”と言えるんじゃないかと言うほどに、サウンドも歌詞も暗いのが特徴だ。もう相当暗い。落ちるところまで落ちてしまいそうに暗い。

悲壮感あふれるボーカルが曲を引っ張っているため、スウェーデンのAnekdotenやAnglagardなどと比べメロディーが明確で、「歌」として聴くことができる。しかしバックを埋め尽くすメロトロン系サウンドの悲壮さ。ある意味メロトロンオーケストラが通奏低音のように流れ続ける。Anekdotenのように、ここぞとばかりに理想的な使われ方がされるのとは違い、全編を暗く覆い尽くす。

そこにロバート・フリップが叙情的な表現で使うような、硬質ながら流れるような美しいギターが被さっていく。表面的な荒々しさやアナーキーさはないが、ちょっと胸が苦しくなるほどのドラマチックな悲壮感が、アルバムに満ちているのだ。

その暗さや悲壮さは、インナースリーヴに見られる北欧の凍てつく風景に良く似合う。雪と霧に覆われたモノクロームな大自然。その神秘性や人知を越えた存在感の強烈さ。Nordagustの音には、そうした畏怖される北欧の大自然が息づいているかのようだ。特殊な楽器や身近な道具類は、土着的フォークソングの流れを感じさせ、音楽に幅と深みを与えている。

しかしこの悲壮感はタダモノではない。ある意味強烈な個性で最前線へ躍り出た、プログレッシヴ・ロックバンドじゃないだろうか。好き嫌いは別にして。傑作である。

なお現在は女性2人を含む3人を新たに加え、6人編成で活動しているようである。新しい編成により音がどう変化していくのか、とても楽しみなバンドだ。

 

2011/02/18

「プレイング・ザ・フール」ジェントル・ジャイアント


■Gentle Giant(ジェントル・ジャイアント)
  

英国の技巧派ロック集団Gentle Giantのオフィシャル・ライヴアルバム。LPでは2枚組として発売されたが、CDでは1枚に収まっている。1976年のヨーロッパツアーの模様を記録したものなので、アルバム的にはほとんどが1975年発表の「Free Hand」までの代表曲で占められている。

アルバムごとに少しずつロック色やファンキー色を取込んできたバンドが、まさにそれらを見事に融合させた傑作アルバム「Free Hand」を完成させて、アメリカでも人気が出てきた時期の、まさに日の出の勢いと言える最高のパフォーマンスを聴くことができる。

   Derek Shulman:ボーカル、アルト・サックス、ソプラノ・リコーダー、
          ベース、パーカッション
   Ray Shulman:ベース、ヴァイオリン、アコースティック・ギター、
          ソプラノ・リコーダー、トランペット、ボーカル、パーカッション
   Kerry Minnear:キーボード、チェロ、ビブラフォン、
          テナー・リコーダー、ボーカル、パーカッション
   Gary Green:エレクトリック&アコースティック・12弦ギター、
          アルト&ソプラノ・リコーダー、ボーカル、パーカッション
   John Weathers:ドラムス、ビブラフォン、タンブール(低音の太鼓)、
          ボーカル、パーカッション

左からDerek、Ray、John、Gary、Kerry
   
このメンバーの使用楽器を見ても、Gentle Giantの特徴である“マルチプレーヤーによるマルチプレー”がステージ上で再現されていたのか興味が湧くところだが、驚くべきはライヴ用にさらにアレンジされた楽曲が、一糸乱れぬアンサンブルで演奏されていくことであろう。

演奏の基本フォーマットはDerek:ボーカル、Ray:ベース、Kerry:キーボード、Gary:ギター、John:ドラムスというオーソドックスなものだが、これが曲によって、例えばRayがヴァイオリンやトランペットを担当すると、Derekがベースを弾く、みたいなことが極々自然に行なわれる。しかしながら「Playing the Fool(道化を演じる)」というタイトルとは裏腹に、こうした見た目の奇抜さや面白さが見えなくても、十分魅力的な音楽であることには変わりがない。

つまりこうした「メンバーが複数の楽器を持ち替えて演奏する」とか「全員がパーカッションを叩いたりリコーダーを吹いたりする」とか言った“大道芸的”、あるいは“見せ物的”な部分に話題が行きがちだけれど(それは確かに凄いことなんだけど)、それは単に「道化を演じてみせてるだけさ」とでも言っているようで、むしろ圧倒的な魅力として伝わってくるのは、そのアンサンブルの見事さである。バンドの本質はあくまでそこにあるのだ。

アンサンブルの見事さは、スタジオアルバムですでに折り紙付きである。では既発曲からなるこのライヴ・アルバムの魅力とはなんだろう?

まずそのアンサンブルの魅力が、スタジオアルバムとちょっと違うのだ。スタジオアルバムの場合は、曲やアルバム全体のサウンドをコントロールする上で、様々な楽器や音の定位をバランス良く、ある時には刺激的に配置している。だから複雑なアンサンブルと音の重なりが、聴く者を迷宮に誘い込むような魅力がある。

それに対してこのライヴでは、基本的にメンバーの立ち位置から担当楽器の音が聴こえてくるような、まさにライヴ的な定位で音を聴くことができる。その分各メンバーの役割や演奏の絡み具合がわかり易いのだ。

具体的にはおおまかに向って左からGary(ギター)、Ray(ベース)、Derek(ボーカル)、John(ドラムス)、Kerry(キーボード)という感じで音が定位されている。ベース&ボーカル&ドラムスは、ほとんど中央である。楽器の持ち替えやサウンドのバランスで当然動くんだけれども、比較的この配置が固定されている。ちょうど、驚きの映像が楽しめるDVD「Live: Giant on the Box」などに見られる配置と同じだ。

するとGary(ギター)とKerry(キーボード)のまさに一体となった体位的アンサンブルの見事さが浮き彫りになるのだ。もうその息の合い具合は、ため息が出るほど素晴らしい。特にGentle Giantの場合はソロ回し的なことはやらないので、いかに複雑なことを正確に、そして丁寧に演奏しつつ、流れるようなサウンドを構築しているかが伝わってきて、とてもスリリングなのだ。

このライヴの魅力はもちろんそれだけではない。よりロック色というかライヴ色を強めるためか、線が細く美しい声が魅力のKerryが歌っていたパートを減らし、Derekが全体のリードボーカル的役割を強く担っているのも特徴だ。ボーカルタイプとしてはKerry/Derek=聖/俗みたいな感じがあったが、よりパワフルなサウンドを目指したライヴ用アレンジだと言える。

さらに楽曲的にも「Excerpts from Octopus(アルバム「オクトパス」からの抜粋)」が、リコーダーアンサンブルを含む息をつかせぬ目まぐるしい展開で、既発曲の抜粋を越えた、15分を越える一つの大曲としての魅力をたたえているし、4声のアカペラを含む難曲「On Reflection」完全再現なども、ライヴバンドとしての実力を見せつけてくれる。

スタジオアルバム以上の躍動感で迷宮を疾走する80分。傑作。

ちなみに前述のDVD「Live: Giant on the Box」を見ると、メンバーがこれだけの難曲をとても楽しそうに演奏しているのがわかる。基本をあくまでロックなグルーヴに置いているのだ。
  
楽器の持ち替えも映像的な面白さであるが、個人的にはアクセントをずらしながらパワフルなリズムを叩くJohnの個性的なキャラクターが印象的だった。カメラ目線でひょうきんなところを見せるのも良い、それも曲を演奏しながら。ちょっとGentle Giantのキャラクターにも似てるし…。