Yes(イエス)
「Tales From Topographic Oceans」(邦題は「海洋地形学の物語」)はイギリスの大プログレッシヴ・ロックバンドYes(イエス)の6枚目のアルバムである。発表は1973年。
「Fragile(こわれもの)」(1972年)、「Close to the Edge(危機)」(1972年)と、まさに絶好調期に作られた作品。LP2枚組で、各面1曲の全4曲という超大作である。
ボーカルのJon Anderson(ジョン・アンダーソン)はKing Crimsonに在籍していたパーカッション担当のJamie Muir(ジェイミー・ミューア)から、Paramahansa Yogananda(パラマンサ・ヨガナンダ)の「Autobiography of a Yogi(あるヨギの自叙伝)」を紹介された。
Jonはツアーで東京に滞在している時に、ホテルでこの本にあった83ページにもわたるサストラ教典についての脚注に心を奪われる。サラトラ教典とは4部に構成されたヒンズー教教典であった。
彼はこの4つのパートをもとに4つの叙事詩を作り、80分完結の音楽を作り上げることに全精力をつぎ込むようになる。そして主としてギターのSteve Howe(スティーヴ・ハウ)との協力によって完成させたのがこの作品なのである。
Jon Anderson:ボーカル
Steve Howe:ギター、ボーカル
Rick Wakeman:キーボード
Chris Squire:ベース、ボーカル
Alan White:ドラムス
しかし発表時、「Fragile」や「Close to the Edge」の、スピード感と叙情性が程よく融合した世界を期待したリスナーには賛否両論の作品となった。
確かにスリリングな演奏、持続するテンションの高さ、ロック的なダイナミズムといった点では、それまでの作品には及ばない。また曲のメロディーが次々と移り 変わっていくので、全体の構成が一聴しただけでは捉えづらいし、トータルなインパクトが弱い。それを冗長であると感じてしまうことも止むなしと思えた。
一つにはやはりジャズの雰囲気を残すキレのあるBill Bruford(ビル・ブラッフォード)から、パワフルなAlan White(アラン・ホワイト)へと、ドラマーが替わったことが大きいと誰もが思った。わたしも思った。
最初聴いた時は、盛り上がったところでタンバリンを叩くな〜って思った覚えがある。きちんとドラマーにタンバリン分のドラミングも叩かせろ〜、Billだったらタンバリンなんか入れなかったハズだ〜と。
パワフルなドラムはChris Squire(クリス・スクワイア)のベースとも音域が重なるので、それまでのYesの個性であった、ベースとドラムスが勝手に演奏しながらガッチリとリズムを組んでいるというアクロバティックな面白さが影を潜めた感じもした。
しかし、よくよく聴き込んでいくと、この音楽はドラムがBillでは作れなかったんじゃないかと思うようになった。Alanが加入したことで開けた新しい可能性だったのではないか。
前作「Close to the Edge」が「空間」を強く感じさせる作品だったのに対し、このアルバムは「時間」を感じさせるアルバムである。彼らが目指したのは、空間を飛翔するようなめくるめくハイテンションな世界ではなく、雄大で悠久な時の流れをじっくりと描くことではなかったか。
そこには言い知れぬ懐かしさを喚起するアコースティックなメロディーがある。原始的・呪術的なパーカッションやギターソロがある。深く厚みのあるメロトロンの波が打ち寄せる。ここにはそれまで以上にスケールの大きなドラマが存在しているのだ。
そしてハイテンションなバトルはないものの、各メンバーが個性を発揮して全員で楽曲を作り上げている点は、これだけJonが歌を入れているにもかかわら ず、後のJon Andersonバンド的なYesとは全く違う。まぎれもない5人のメンバーが作り上げた唯一無二のシンフォニック・ロックアルバムである。
大きなポイントは、構成の面でも曲調の面でも「シンフォニック」ではあるが「クラシカル」ではない点だ。緻密だが形式にとらわれず感覚的に作られた音楽で ある。だからこそ曲の構成や展開よりも、ふっと聞こえるメロディーやインストゥルメンタルパートなどが、悠久の時の流れに触れたような強い印象を残す。
そしてその部分こそが、クラシック教育を受けていたRick Wakemanの不満、そして脱退につながったのだろうと思われる。
好き嫌いは分かれる作品だと思う。しかしこれもまた当時のYesだからこそ成し得た、非常に希有な傑作アルバムであることは間違いない。
ちなみにタイトルの「topographic oceans(地理学的、地形図的海洋)」は、実際には海洋地域ではないが地形図的にかつて海洋であったと思われる場所を指しているのではないかと思う。 “今は陸となっているが、かつては海であった場所が語る物語”。内容にふさわしく、悠久なる時間の流れを感じさせるタイトルである。