Rick Wakeman(リック・ウェイクマン)
「Journey to The Centre Of The Earth」(邦題は「地底探検」)は、Yes のメンバーとして「Fragile(こわれもの)」と「Close to the Edge(危機)」という傑作を立て続けに出し、「Tales From Topographic Oceans(海洋地形学の物語」への不満からYes脱退に至る1974年発表のソロ第2作目。
1st ソロアルバムの「The Six Wives of Henry VIII(ヘンリー8世と6人の妻)」(1973年)が、バンド形式のコンパクトな編成で、Rick Wakeman(リック・ウェイクマン)の多彩なキーボードプレイを堪能できたのとは、全く違ったコンセプトで作られた大作。
ジュールベルヌのSF小説「地底探検」を元に、ストーリーに沿って音楽化したもの。ロック色の強い交響的物語だ。
Rickのキーボードは魅力的なソロを取るが、朗々と歌うメイン歌手のようで、役割としては全体の一部をなすに過ぎない。それでもRick Wakemanの作品と思えるほどに全体のRick色は強い。まさにカリスマ的な勢いを感じさせる作品。
Rick Wakman:キーボード、作詞、作曲
<バックバンド>
Mike Egan:ギター
Ashley Holt:ボーカル
Garry Hopkins:ボーカル
Roger Newell:ベース
Barney James:ドラムス
David Hemmings:ナレーション
ロンドン・シンフォニー・オーケストラ
イングリッシュ・チェンバー・クワイアー(室内合唱団)
これだけの大所帯でのドラマティックなサウンドを、なんとロイヤル・フェスティバル・ホールでのライヴ録音というかたちで完成させたのだ。
プログレッシヴ・ロックの大仰さや冗長さが批判されることがある。ある意味、そういったターゲットになりやすい作品とも言える。なぜこんな豪華な顔ぶれを集める必要があったのか。あるいはなぜオリジナルストーリーではなく「地底探検」というSFを使う必要があったのか。
しかし音を聴けばそうした表面的な批判や疑問は吹っ飛んでしまうだろう。わたしはまずRick Wakemanのムーグの音にやられた。深く太く、他を圧倒する音で、甘美なメロディーを奏でたときのスゴさ。それはテクニックとかを通り越したキーボー ド体験、というかシンセサイザー体験であった。わたしは思った。「全てはこの雄大で神秘的な音を出すためだったんだ、きっと…。」
Rick のキーボードを主役にしながら、フロントに立つのはフルオーケストラだったり、合唱団だったり、そしてRickのサポートバンドであったりと、展開も目まぐるしく、それでもとても自然に各パートがつながっていく。もちろん所々に挿入されるナレーションも良い味を出しているし、物語の進行にも大きく役立って いる。
バンドメンバーもタイトな演奏を聴かせ、中でもツインボーカルがそれぞれ甘い声と固めの声という特徴を活かして、曲の緩急を上手く歌い分けて表現している。このボーカルも作品への貢献度が高い。
恐らくライブ録音ということもあり、かなりの緊張と意気込みを持って作品は作られたであろう。そのために多くの時間と労力が費やされたはずだ。このアルバムには表面的な華麗さ、豪華さの陰に、そうした本来異質な集団が一つのものを作り上げようとする情熱を感じる。
そのせいか、同じようにオーケストラや合唱団を使ったロックとクラシックの融合的作品の中では、異質さがそのままぶつかっているような、ザラついた感じが残っている。そこがいいのだ。
オーケストラを前にキーボードの要塞の中で長髪に銀色のマントを身にまとい、支配者のように全体を仕切りながら次々とメロディーを紡ぎ出す姿。それが決してコミカルでも時代錯誤でもなく、神秘さとして感じられるだけの存在感を、当時の彼は持っていた。この時期のRickだからこそ作れた希有な作品。「Battle」でのキーボードソロなんかもうたまりません。傑作。
当時ラジオを聴いていたら、日本の有名なキーボード奏者がこの作品への感想を聞かれて「できることなら1度で良いからやってみたいですよね」というような発言をしていたのを思い出す。キーボード奏者的な視点からみたら、演奏するのは気持ち良さそうだけれども作品としてはどうなのっていう感じだったのだろう。
このアルバムは確かにRick Wakemanのソロアルバムではあるけれど、キーボードプレイだけ聴いていたのではダメなのだ。全体のアンサンブルとして聴かないと面白みは伝わらない。その中で彼の音に酔う。絶妙な音色に酔う。これが聴き方だ。
おまけは、当時持っていた「地底旅行」(創元推理文庫)です。この作品を聴くといつも思い出してしまう表紙(右図)。これまたインパクト強し。