2009/08/01

「鳥人王国」

Birds(1975年)

Trace(トレース)


Birds」(邦題は「鳥人王国」)は、オランダのキーボード・トリオ、Trace(トレース)が1975年に発表した2ndアルバムである。

キーボードをメインとしたトリオと言えばEL&P(エマーソン、レイク&パーマー)、あるいはYesの「Relayer」にのみ参加したPatric Moraz(パトリック・モラーツ)を擁するRefugee(レフュジー)などが思い浮かぶ。

しかしそのクラシカルな曲調と、それを支える高度なプレイは“武闘派”EL&Pとも、ボーカルも重要な役割を果たし、全体としてロック色の強い Refugeeとも異なる。Focus(フォーカス)を生み出した国オランダである。非常にクラシカルな香り漂うキーボード・ロックが堪能できる。

 Rick Van Der Linden:キーボード
 Jaap Van Eik:ベース、ギター、ボーカル
 Ian Mosley:ドラムス、ティンパニー、ゴング、タンバリン
<ゲスト>
 Darry Way:アコースティック&エレクトリック・ヴァイオリン

Darry Way(ダリル・ウェイ)はWolf(ウルフ)やCurved Air(カーヴド・エア)などで活躍していたロック・ヴァイオリニストの第一人者。1曲のみでの参加で、残りは全てトリオによる演奏。旧LPのA面を占める小曲群は全てインストゥルメンタルだ。

何と言ってもRick Van Der Linden(リック・ヴァン・ダー・リンデン)のプレイが素晴らしい。ピアノ、ハープシコード、クラヴィネット、ハモンド・オルガン、チャーチ・オルガ ン、A.R.P.シンセサイザー、ソリーナ、メロトロンと、実に多彩なキーボードをセンスよく織り交ぜて、分厚い音の嵐というよりは、バロック的室内音楽 のような、スリリングな中にも端正な落ち着きのある世界を作り出す。

最初の曲はバッハの「イギリス組曲:第2番イ短調」の一部を採用した「Bourrée」。曲の始まりとともに走り出すオルガンとハープシコードの正確で余裕さえ感じられる高速ユニゾンに、Rickの力量の高さがうかがわれる。

Rick のプレイはクラシカルなテクニックを基礎にしてはいるが、テクニック優先で弾き倒すというより、とてもバランスよく様々な楽器を使い分け、クラシックのみならずジャズ的なプレイも混ぜながら、多彩で意外な曲展開を作っていくことが特徴。全体的にはクラシカルな印象が強いが、「Janny」は ジャズピアノ・ソロだし、「Penny」なんてメランコリックなフレーズが印象的なジャズ・ピアノトリオだ。懐の深さがわかる。

「Opus 1065」では、静かに鳴り響くメロトロンをバック夢見るような奏でられるピアノ、そして不思議なメロディーのシンセサイザーと、次々と多様な音色が登場 する。Darry Wayがプレイに参加すると、突然ピアノとバイオリンによるクラシックになったりと、次の展開が予測できない。

Rick の多彩な演奏を支えているのは、ロックにもジャズにも、そしてクラシックにも対応するベースとドラムス。特にロック的な部分を担うのはIan Mosley(イアン・モズレー)の、ロールを多様しながらの力強く表情豊かなドラミングだ。

しかしIanのドラミングは音色的には低音部が薄いこともあり、ベースのJaap Van Eik(ヤープ・ヴァン・エイク)の動きが尋常ではない。低音部でリズムを支えるだけでなく、クラシカルな場面では 低音部のカウンターメロディーを高速で奏でることもしばしば。彼のプレイが曲に厚みと奥行きを与えていると言えるだろう。

そして3者の個性が最大限に発揮されるのが、旧LPB面を占める22分に渡る組曲「King-bird(組曲:鳥人王国)」だ。いくつものパートに分かれ、次々とリズムチェンジ を繰り返しながら、ロック、ジャズ、クラシックのそれぞれの要素が現れては消えていく。しかし全体は実にスムーズに流れ、Jaapが担当する最初と最後の ギター、中間部のボーカルがよいアクセントとなっている。

Rick Wakemanのようなケレン味たっぷりなソロはないし、Keith Emersonのような攻撃的な音も複雑な変拍子もない。華麗なパート、スリリングなパートも含めて、多様な要素を織り込み個性的に構成された曲が、とてもコントロールされたプレイで丹念に演奏されていく感じ。

しかしそこに見られる余裕のような部分に、音楽的な豊かさを感じるのだ。そして3人の醸し出す静かな緊張感と、時折聴かれるハッとするような美しいフレーズ。

タイプは異なるが、やはりオランダのFocusに通じるRickの音楽的素養の深さを感じる。しかしRickの独り舞台ではなく、3人のメンバーが揃ったからこそ作り上げることができたと言えるキーボード・ロックの傑作。

“シンフォニック”ではなく“クラシカル”な点がポイントです。