2009年6月26日金曜日

「何かが道をやってくる」

Something Wicked
 This Way Comes
(1983年)

The Enid(慣例的にエニド、正式にはイーニッド)


Something Wicked This Way Comes」(邦題は「何かが道をやってくる(サムシング・ウィケッド・ディス・ウェイ・カムズ)」)は、イギリス屈指の、と言うか他に比肩すべきものが見当たらない、非常に個性的なクラシカル・ロックバンドThe Enid(慣例的にエニド、正式にはイーニッド)の5作目、1983年の作品である。一度活動を休止してからの復活作だ。

The Enid
音楽の極致と言えるのは第2作目にあたる「Aerie Faerie Nonsense」の1977年オリジナル盤である。全編インストゥルメンタル。クラシックと見まがうような緻密で優雅な楽曲を、当時の限られた機材を駆使して、とても美しい作品として完成させた。クラシックを聴くように、きちんと向き合って聴く音楽。

しかしこのセカンドとファーストアルバムのオリジナルバージョンは、
The Enidと当時のレコード会社とのトラブルで、オリジナルマスターが使用できず、現在手に入るのは1984年にバンドが再録したもの。もちろんそれでも完成度の高い傑作であることに変りはないのだが、個人的にはオリジナルの繊細さには及ばない。

そこで逆に一番取っ付き易く実際によく聴いたのが、本アルバムである。初のボーカル入りアルバムでもある。ロック的なストレートさが増し、比較的コンパクトに、クラシカル・ロックの魅力が詰め込まれている。そして初めて
核戦争の脅威という現実的なテーマが取り入れられた。

 
Robert John Godfrey:キーボード、ボーカル
 
Stephen Stewart:ギター、ベース、ボーカル
<ゲスト>

 
Chris North:ドラムス
  アルバムは不気味はオーケストラサウンドが壮大なイメージを作り上げるボーカル曲「Raindown/レインダウン」で幕を開ける。パーカッションが鳴り続けるがドラム的ではない。ちょっとクセのある声、うねるようなハーモニー。The Enidならではのボーカル曲だ。

次の「
Jessica/ジェシカ」は甘く美しいインストゥルメンタル曲。悲し気なメロディーの後を受けて美しいギターがエモーショナルに歌う。大好きな一曲。溢れ出る叙情美。これがThe Enidの真骨頂。ただしこれでもかなりロック的。

この曲には実はシングル版があり別のアレンジなのだが、そちらの方がさらにしっとりとしていてクラシカル。そういう点では、シングル版の方は、
4作目までの緻密で繊細に作られた曲調に近い。

3
曲目もボーカル曲。アルバムタイトル「Something Wicked This Way Comes」もアメリカの作家レイ・ブラッドベリのファンタジー作品名から、そしてこの「And Then There Were None/そして誰もいなくなった」もイギリスの推理作家アガサ・クリスティの作品名から取られている。

4
曲目「Evensong/夕べの祈り」は、オーケストラ風なアレンジで美しいメロディがキーボードとギターで奏でられる静かで神聖なイメージの曲。しだいに盛り上がっていくにつれ音に厚みが加わりとても感動的だ。その最後のフレーズは旧LP時代のB1曲目だった5曲目「Bright Star/ブライト・スター」につながる。この曲もインストゥルメンタル。軽快なリズムの上を流れるようなギター、そしてオーケストラのように様々なキーボード音が表情豊かにギターのメロディーをサポートする。

6
曲目「Song For Europe/ソング・フォー・ヨーロッパ」もインストゥルメンタル。曲調は一転して勇ましいリズム、鋭いギター音。メロディーが良い。そして曲の緩急、強弱が上手い。

CD
では追加曲があるようだが、オリジナルでは7曲目のアルバムタイトル曲「Something Wicked This Way Comes/何かが道をやってくる」がラストナンバー。ボーカル曲。アルバムアートワークは4つの絵からなり、遠くの赤い閃光が広がるに連れて3人の子供たちが減っていき、ついに誰もいなくなってしまうという物語になっている。

この曲はその様子を歌っている。「
Something Wicked(何か良くないもの)」とは核爆発の爆風か、放射能か。「Oh wonderful world, a passing dream(あぁ何て素晴らしき世界、つかの間の夢)」と歌われる、美しくも悲しい曲だ。

1983年はまだ東西冷戦の中、核の恐怖を人々が実感として持っていた時期である。今確かに当時の冷戦構造はなくなった。しかし核の恐怖、テロの恐怖は依然として残されている。

このアルバムは、政治的なメッセージソングではなく、そうした危機的な状況そのものを悲しみを持って描き、核戦争になったら破壊されるであろう美しい自然の情景を情感豊かに描写している。
それゆえに時代の変化に取り残されること無く、今でも魅力のある作品となった。The Enidの作品全体を見た時には異色かもしれないが、一つのクラシカル&シンフォニック・ロック作品として傑作。


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