人間椅子(にんげんいす)
「人間椅子」と言えば江戸川乱歩の不気味でエロティックな小説であるけれど、その小説のタイトルをバンド名にしたのが、日本の誇る比類なきハードロックバンド「人間椅子」である。「人間失格」は、彼らの1990年のデビューアルバムだ。
「三宅裕司のいかすバンド天国」(1989〜1990年)、通称「イカ天」という、メジャーデビューを目指したアマチュアバンド勝ち抜き合戦番組において、審査員達から大好評を博し実際のメジャー・デビューにつながったという経緯を持つ。
当初はベーシストが白塗りのネズミ男(「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するキャラクター)の格好をするなど、ビジュアル的な印象が先行しがちだったが、実は、日本語を無理無く載せた独特の和風ハードロックという非常に難しいことをやってのけたバンドである。
さらに青森出身ということで、津軽弁や津軽三味線的な要素を巧みにハードロックに溶け込ませるなど、そのアイデアやこだわり、演奏力、そしてロックへの独自の日本的アプローチは、非常に斬新であり、飛び抜けて特異なバンドであった。
わたしは、ロックというとどうしても1970年代のディープ・パープルやレッド・ツェッペリン的なイメージに縛られ、ハイトーン&シャウトががボーカルには 必須みたいな固定観念が性に合わず、演奏はハードでもピンク・フロイドのようにボーカルは淡々と歌ったっていいじゃんとか思っていたものだった。
だから四人囃子の「一触即発」やコスモス・ファクトリーの「コスモス・ファクトリー」の後を継ぐようなバンドって出てこないものかと思っていたのだ。むしろメインボーカルは「演歌歌手」で、バックがハードロック/ヘヴィー・メタルな演奏とかだったら、イタリアのアレア(area)みたいで、強烈に面白いだろう、とか一人夢想していた。そこに出て来たのがこの「人間椅子」であり「筋肉少女帯」であった。
その人間椅子のアルバムの中でも、個性の一番強いのがこの「人間失格」であろう。
和嶋慎治:ギター、ボーカル
鈴木研一:ベース、ボーカル
上館徳芳:ドラムス
輪島のボーカルは雅楽での唱名を思わせ、鈴木のボーカルはちょっと訛りの残る念仏風な歌い方が特徴だ。そして歌詞。アルバムを重ねるごとにその世界は江戸川乱歩やクトゥルー神話など多岐に渡っていくが、このアルバムでは横溝正史的な暗さで描く地獄図といった雰囲気。
「忘れ去られた土蔵の奥深く
眠る太鼓の繰り出すおどろ唄」(「あやかしの太鼓」より)
など、待ってましたのおどろおどろしき和製ロックの誕生であった。この音の重さ、ボーカルの自然体の魅力、日本語にこだわった歌詞の暗い世界、そしてハードロックからプログレッシヴ・ロックまでカバーするようなドラマティックな曲の展開や世界観。
特に初期3枚はどれも傑作で、中でも完成度の高さでは3枚目の「黄金の夜明け」が楽曲の充実度から最高作だと思っている。しかしおどろおどろしき世界の衝撃度では本作が一番である。
ちなみに初期3作をもってドラムスの上館徳芳が脱退する。しかし個人的にはここで人間椅子の魅力が半減してしまうような気がしている。残りの二人の個性が強いため、目立たない存在だったが、貴重な存在でもあったのだ。
和嶋慎治はとてもテクニックのあるギタリストであるが、テクニカルな面を強調しない巧みな表現をする。鈴木研一のベースはチューニングを一音半下げるなど、やはりテクニカルな部分より音色、音の重みを重視したプレイを優先する。
そして上館徳芳のドラムも決してテクニカルに叩くタイプではなく、ピンク・フロイドのニック・メイスンのように、的確に全体のムードをサポートすることのできたドラム・プレーヤーであった。
彼以後のドラマーは、音がシャープだったり、テクニカルに走り過ぎたりと、全体のムードをガッチリ押さえる役割からズレて、自己主張が強いことで、逆に輪島、鈴木両氏の作り出す世界が不完全なものになってしまうように思える。
そういう意味でも一番個性の飛び抜けたアルバムである。
わたしは電車の中で初めて本アルバムを聴いていて「こんな音楽を聴き続けていていいんだろうか」と本気で不安になったほどのショックを受けた。傑作である。