孔雀音(くじゃくおん)
「夕霧楼の幻想」は日本のバンド孔雀音(くじゃくおん)が1985年に発表した唯一の作品である。本作はオーディション用デモテープとして、ミックスダウンも含めて12時間程度という超短時間で作られたという。ほとんど一発取りでの録音だと思われる。
結局デモテープはレコード会社では採用されず、自主制作カセットレーベルから発売され、バンドは解散する。このカセットは1990年にCD化された。
石川 真澄:キーボード
松本 元昭:ギター
武士 守広:ベース
加藤 史朗:ドラムス
小塚 靖:ヴァイオリン
延上真麻音:作曲
孔雀音の第1の特徴は、ヴァ イオリン主導型のジャズロックバンドであること。当時日本ではやはりヴァイオリンを大胆に取り入れたアウターリミッツが存在したが、アウターリミッツが ボーカルを入れたシンフォニックな作風であったのに対し、孔雀音は完全なインストゥルメンタルのジャズロックバンドであった。
第2の特徴は、演奏メンバーではない延上真麻音という作曲家が全曲作曲しており、それを演奏するために集められたスタジオミュージシャン集団であるという点。延上はマハヴィシュヌ・オーケストラなどの影響を受けていたといわれるが、そういう点ではアドリブ、インタープレイで押すバンドではなく、構築型のジャズロックである。
第3の特徴は、日本的な情緒を感じさせる作風であること。メンバーはスタジオミュージシャンだけあって、演奏技術は素晴らしい。一曲目「エリクシール」でいきなり始まる緊張感溢れるユニゾン、そのまま曲へ流れ込み、ドラムスとベースのスピーディーで的確なリズムの上で繰り出される伸びのあるヴァイオリンの音のカッコ良さ。
し かし、そうしたテクニカルな魅力もあるが、曲によっては幻想的な雰囲気を漂わせたり、少しコミカルなアレンジがあったり、雅楽的な音が使われたりすること ころに個性が見られる。むしろテンションの高い曲よりも、表現力豊かな繊細な部分が活きる楽曲と演奏の方が本領なのかと思われる。
特にうねるベース、そして歌うヴァイオリンが、何とも言えない色っぽさを醸し出しているのだ。作曲の時点で日本的な旋律が意識されていたと思うが、そこにこの色っぽさ、艶っぽさが加わることで、まさにタイトルの「夕霧楼」的な妖しい世界が顔を見せる。ほとんど裏方としてサポート役に徹しているキーボードやギターも、ここぞという場面ではジャズ指向の強いアドリブを繰り出し、細やかで堅実なプレイを見せる。
ちなみに「夕霧楼」とは水上勉の作品『五番町夕霧楼』に出てくる京都の遊郭の名前。「新月」は日本的な闇の世界を作り出したが、それとも違う日本的世界が見え隠れする。
曲によってはアレンジの詰めが甘いかとか、音のレンジが狭いといった音質的な問題とかを差し引いても、素晴らしい作品だと言える。音がむやみに厚くなっていない分、個々のプレイの面白さが聴き取れるのもよい。
ぜひきちんとしたプロデュースと十分な時間をかけて、正式なアルバムを残して欲しかった、日本的情緒を表現できる希有なバンドの、貴重な作品である。アルバム入手が困難なことが最大の難点だが、敢えて紹介するのは、このまま忘れ去られるには実に惜しい音だからだ。
ぜひ再発を望みたい。