2009/06/08

「アニマルズ」

Animals(1977年)

Pink Floyd(ピンク・フロイド)



「The Dark Side of the Moon(狂気)」(1973年)の大ヒットで一躍スターダムに登り詰めた後、目標を失った虚無感、自分たちと“Pink Floyd”のイメージとのギャップ、音楽業界への不信感、周囲からのさらなる作品への期待などから、苦しみ抜いて作り上げたのが、一気に人間味あふれる 作品となった「Wish You Were Here(炎〜あなたがここにいてほしい」(1975年)であった。

そしてその2年後の1977年、「社会風刺、社会批判」という新たなコンセプトを得てアルバム「Animals(アニマルズ)」 を発表する。「The Dark Side of the Moon」にも社会批判的な要素はあった。しかしそれは社会体制というよりも、そうした社会を作り上げているわれわれ人間に課せられた業のようなもの、心 の内に誰もが抱え込んでいる不安や狂気の結果としての、社会の不条理を描いたいた。

しかしここでは専制君主的で横暴な豚、無心な羊、爪を立てて戦う犬をそれぞれ、資本家
、市民、インテリに例えて、非常にストレートに当時の社会状況、社会体制を批判している。当時イギリスでは失業者の増加という社会問題が深刻化していて、ちょうど1977年にパンク・ロックが爆発的に流行し始めた時期。若者たちの間に、政治や社会への不満や怒りといった思いがうっ積していた。

アルバム発売当初の印象としては、「The Dark Side of the Moon」のような人間の本質をえぐるようなところまで踏み込んだバンドが、結果的にパンクと同じ社会批判やっちゃうのか、と、かなり失望した覚えがある。ピンク・フロイドは、こことは別の世界を見せてくれるバンドだったはずなのに、「ここ」ど真ん中じゃないかと。それもジョージ・オーウェルの「動物農場」の物まねではないかと。

サウンド的にも、トリップ感覚を引き出すような音の作りはほとんど見られない。実験的な手法やSEの挿入なども見るべきものはないと言って良い。歌詞への比重が高まった分、サウンド的な工夫や斬新さはなくなってしまった。

コンセプトの陳腐さとサウンドのシンプルさゆえに、
一般的評価は他のアルバムに比べて決して高いとは言えない。もちろん当時のイギリスにおける社会的な状況下では、このようなコンセプトがある面、切実な意味を持っていたのかもしれないとは思うのだが。

しかしながら、「The Dark Side of the Moon」と「Wish You Were Here」のアルバムがあるから、別の魅力を見せてくれたアルバムとして、わたしはこの「Animals」は好きなのだ。

他の有名な作品群のように、幻想性に身を任せて聴くタイプとは異なる。直接的なメッセージ性の高いコンセプト内容と幻想性・神秘性の後退が評価の分かれ目なのだろうと思うが、わたしはそのシンプルな音が好きなのだ。

 Roger Waters:作詞、ベース、ボーカル
 David Gilmour:ギター、ボーカル
 Rick Write:キーボード
 Nick Mason:ドラムス

まずアコースティックでストレートなロックのパワーが一番伝わってくる骨太なサウンドがいい。暗く追い詰められたような閉塞感がありながら、怒りのこもった力強 さにあふれている。

17分を越える「Dogs」が圧巻。WatersとGilmourでボーカルを分け合っているのも、それぞれの個性の違いが出て面白 い。中間部でのRick Writeのひしゃげたような奇妙で感情を絞り出すような
なシンセソロもいい。要するにカッコイイアルバムであり、聴き易いアルバムなのだ。

そのカッコ良さは前作以上にサウンド的に前に出て来ているGilmourのギターに追うところが大きい。シンプルでアコースティックな音作りも、それを活かす役割を果たしている。

唯一残念なのはやはりコンセプトか。今や富も名声も獲得したピンク・フロイドの発した社会批判が、
パンク・ロックバンドのようなやり場のない若者たちの社会や政治への不満や怒りを代弁できるのか、という点だろう。いくら批判しようとも説得力にかけてしまうのだ。その批判している資本主義社会の成功者じゃないかと。

彼らの怒りや不満や不安は、と言うか、結局ほとんどの詞を担当しているWatersの抱えているものとは、自分自身と社会との関わりの問題なのではないかと思う。そしてそれは次作「The Wall」で爆発する。本作での社会批判は、それに気づくための通過点のような気がするのだ。

しかしそうした社会背景、バンドの状況、ピンク・フロイドのイメージなどを切り離し、一個のアルバムとして聴くと、素晴らしい。アコースティックギターを多様しながら、パワフルで、重みと陰りのあるブリティッシュ・ロックの名作である。


ちなみにアルバムの建物はサウス・ロンドンにあったバタシー発電所で、当時すでに一部が閉鎖され、1980年には完全に操業を停止してしまう。「Watersは『不吉で残酷な』建物のイメージに惹かれ」(「ピンク・フロイドの神秘」マーク・ブレイク、ブルース・インターアクションズ、2009年)たと言う。

し かしそのWatersがアルバム制作の最終段階で急遽加えた「翼を持った豚(Pigs on the Wing)」は、恋人キャロラインへのラブ・ソングであり、アルバム全体の暗く辛辣なイメージを和らげる働きをしている。そこもトータルアルバムとしての 魅力となっているのだ。

第三者的に高みから社会を批判しているだけでない、人間的な暖かさも含んだ、強靭なアルバムである。