Atom Heart Mother(1970年)
Pink Floyd(ピンク・フロイド)
「Atom Heart Mother」(邦題は「原子心母」)は、Pink Floydが1970年に発表した代表作の一つ。日本では当時のLPレコードの帯に「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり」と書かれていて、始めて“プログレッシヴ・ロック”という言葉が使われたことでも有名。
それまでの、サイケデリックムーブメントの中で実験的な音作りをしていたバンドが、旧LPのA面全てを使って、構築性の高い24分近くにも及ぶ大作組曲「Atom Heart Mother」を作り上げたことが、Pink Floydの歴史の中でも画期的であった。
さらにここでスキャットは入るがボーカルはなく、オーケストラやバイクの音などのSEが使われていることなども大きな特徴である。ただしオーケストラと言ってもチェロ奏者と10人の管楽器奏者、20名の合唱団が加わって作られている。つまりストリングスの華麗な音はそもそも期待できないのである。
Roger Waters:ベース、ボーカル
Nick Mason:パーカッション
Dave Gilmour:ギター、ボーカル
Rick Wright:キーボード、ボーカル
何と言ってもアルバムタイトルの「Atom Heart Mother」が圧巻である。このタイトルは、新聞に記事に載っていた「「原子力で稼働するペースメーカーを移植されていた妊婦についての新聞記事から取られた」(「ピンク・フロイド Story & Discograpy」和久井光司、松井巧、管岳彦、岩本晃市朗、池田聡子、ビー・エヌ・エヌ、1999年)という。正確には1960年代に一般的に使われていた「原子力電池」のことだろう。その後1970年以降はリチウム電池に取って代わられてたとのこと。
したがってこの曲は、次第に詩的テーマを持ち始める後期とは違い、タイトルとも意味ありげな牛のジャケットとも関係はない。
面白いのは、オーケストラを大胆に導入しているにもかかわらず、クラシカルな格調や気品の高さを引き出そうとはしていないという点だ。バンドとぶつけてみて何が出てくるか試してみた、そんな感じなのだ。
主題になるメロディはオーケストラが奏でている。基本的なリズムはPink Floydが取っており、両者が重なると雄大な光景が広がる。しかしそれはもともとのメロディーに負うところが大きく、クラシカルな流麗さとかオーケストラの迫力とはまた異なったものだ。
ベースに導かれて奏でられるオルガンとチェロのパートが美しく、チェロが去りギターが入るとサイケデリックなバンド演奏となる。これにまたオーケストラが重なってくるのだが、両者が溶け込もうとしている感じが薄い。
オルガンをバックに、遠くから聞こえてくるようなスキャットが次第に重なっていく。これまた流麗ではない。むしろ不器用なくらい不思議な旋律を歌わせている。リズムにも乗り切れていない。このスキャットからも感じられるように、終始どこか実験的な臭いがぷんぷんしている。
さらにバンド演奏で一定のリズムをキープする中で、合唱隊が、より原始的でフリーな声を聞かせてくれる場面が面白い。最初に聴いた時は、この部分の大胆さにたまげた。
主題と なるメロディをオーケストラが繰り返し、音楽はさらに実験的な方向へ進んでいく。リズムはなくなり、不気味なSE、イコライズされた声など、様々なサウン ドのコラージュ、そして波の音とともに大地を揺るがすような大音響。記憶が混濁するかのように切り刻まれ折り重なって繰り返される序盤の音楽、そのバラバ ラな音が、次第に意識を取り戻すかのように最初のテーマに戻ってくるところがスリリングだ。
雄大な主題を核に様々な音が、ある時は叙情的 に、ある時は幻想的に、そして実験音楽的に、切れ目なく浮かんでは消えていく。Pink Floydがオーケストラを従えてプレイしているという感じでもなく、オーケストラの演奏にロック的な色づけをしたということでもない。それぞれが微妙に 絡みながら、ロックでもクラシックでもない音楽を手探りで作り上げた、という感じだ。その“手探り感”がこの曲の醍醐味だろう。
際 立ったソロプレイなどもない中で、全体のムードを決めているのはRick Writeの甘い音色のオルガン。適度な安心感を与えてくれつつ、全体を引き締めているのはNick Masonのドラム。タタンタ、ンタタンという、彼独特の、間を活かしたゆったりしたリズムが、この曲にPink Floyd的心地よさを与えているとすら言える。
この、実験的ゆえのぎこちなさを残しつつ、様々な音楽的要素を見事に一つの大曲につなげたのは、実は彼らの友人であった音楽家のRon Geesin(ロン・ギーシン)であった。そしてこの音の迷宮は出口を見失いそうになりながら、最後は大団円風に終わるのだ。
旧LP時代のB面にあたる小曲も、それぞれが味わい深い。最後の曲にはSEを多用したお遊び的要素もあり、アルバム全体として、急成長していく余裕、予感が感じられる。傑作。
Pink Floyd(ピンク・フロイド)
「Atom Heart Mother」(邦題は「原子心母」)は、Pink Floydが1970年に発表した代表作の一つ。日本では当時のLPレコードの帯に「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり」と書かれていて、始めて“プログレッシヴ・ロック”という言葉が使われたことでも有名。
それまでの、サイケデリックムーブメントの中で実験的な音作りをしていたバンドが、旧LPのA面全てを使って、構築性の高い24分近くにも及ぶ大作組曲「Atom Heart Mother」を作り上げたことが、Pink Floydの歴史の中でも画期的であった。
さらにここでスキャットは入るがボーカルはなく、オーケストラやバイクの音などのSEが使われていることなども大きな特徴である。ただしオーケストラと言ってもチェロ奏者と10人の管楽器奏者、20名の合唱団が加わって作られている。つまりストリングスの華麗な音はそもそも期待できないのである。
Roger Waters:ベース、ボーカル
Nick Mason:パーカッション
Dave Gilmour:ギター、ボーカル
Rick Wright:キーボード、ボーカル
何と言ってもアルバムタイトルの「Atom Heart Mother」が圧巻である。このタイトルは、新聞に記事に載っていた「「原子力で稼働するペースメーカーを移植されていた妊婦についての新聞記事から取られた」(「ピンク・フロイド Story & Discograpy」和久井光司、松井巧、管岳彦、岩本晃市朗、池田聡子、ビー・エヌ・エヌ、1999年)という。正確には1960年代に一般的に使われていた「原子力電池」のことだろう。その後1970年以降はリチウム電池に取って代わられてたとのこと。
したがってこの曲は、次第に詩的テーマを持ち始める後期とは違い、タイトルとも意味ありげな牛のジャケットとも関係はない。
面白いのは、オーケストラを大胆に導入しているにもかかわらず、クラシカルな格調や気品の高さを引き出そうとはしていないという点だ。バンドとぶつけてみて何が出てくるか試してみた、そんな感じなのだ。
主題になるメロディはオーケストラが奏でている。基本的なリズムはPink Floydが取っており、両者が重なると雄大な光景が広がる。しかしそれはもともとのメロディーに負うところが大きく、クラシカルな流麗さとかオーケストラの迫力とはまた異なったものだ。
ベースに導かれて奏でられるオルガンとチェロのパートが美しく、チェロが去りギターが入るとサイケデリックなバンド演奏となる。これにまたオーケストラが重なってくるのだが、両者が溶け込もうとしている感じが薄い。
オルガンをバックに、遠くから聞こえてくるようなスキャットが次第に重なっていく。これまた流麗ではない。むしろ不器用なくらい不思議な旋律を歌わせている。リズムにも乗り切れていない。このスキャットからも感じられるように、終始どこか実験的な臭いがぷんぷんしている。
さらにバンド演奏で一定のリズムをキープする中で、合唱隊が、より原始的でフリーな声を聞かせてくれる場面が面白い。最初に聴いた時は、この部分の大胆さにたまげた。
主題と なるメロディをオーケストラが繰り返し、音楽はさらに実験的な方向へ進んでいく。リズムはなくなり、不気味なSE、イコライズされた声など、様々なサウン ドのコラージュ、そして波の音とともに大地を揺るがすような大音響。記憶が混濁するかのように切り刻まれ折り重なって繰り返される序盤の音楽、そのバラバ ラな音が、次第に意識を取り戻すかのように最初のテーマに戻ってくるところがスリリングだ。
雄大な主題を核に様々な音が、ある時は叙情的 に、ある時は幻想的に、そして実験音楽的に、切れ目なく浮かんでは消えていく。Pink Floydがオーケストラを従えてプレイしているという感じでもなく、オーケストラの演奏にロック的な色づけをしたということでもない。それぞれが微妙に 絡みながら、ロックでもクラシックでもない音楽を手探りで作り上げた、という感じだ。その“手探り感”がこの曲の醍醐味だろう。
際 立ったソロプレイなどもない中で、全体のムードを決めているのはRick Writeの甘い音色のオルガン。適度な安心感を与えてくれつつ、全体を引き締めているのはNick Masonのドラム。タタンタ、ンタタンという、彼独特の、間を活かしたゆったりしたリズムが、この曲にPink Floyd的心地よさを与えているとすら言える。
この、実験的ゆえのぎこちなさを残しつつ、様々な音楽的要素を見事に一つの大曲につなげたのは、実は彼らの友人であった音楽家のRon Geesin(ロン・ギーシン)であった。そしてこの音の迷宮は出口を見失いそうになりながら、最後は大団円風に終わるのだ。
旧LP時代のB面にあたる小曲も、それぞれが味わい深い。最後の曲にはSEを多用したお遊び的要素もあり、アルバム全体として、急成長していく余裕、予感が感じられる。傑作。