Banco Del Mutuo Soccorso
邦題が「ファースト」、原題は「Banco Del Mutuo Soccorso」とバンド名をアルバム名にしたこのアルバムは、イタリアのバンド、Banco Del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)の1972年のデビュー作である。バンド名は「銀行共済組合」という意味。
anco Del Mutuo Soccorso(通称Banco:バンコ)は、イタリアを代表するバンドはPFMを筆頭に多数存在する中で、その“イタリア臭さ”において、右に出るものがないと言えるほどの強烈な個性を持ったバンドである。
この強烈な“イタリア臭さ”を醸し出すのは、まず、カンツォーネ風な力強くクリアな男性リードボーカルの存在。ツイン・キーボードを中心とし、クラシカルな 面を基本に置きながらジャズ的要素も取り入れて、休む間もなく繰り出される複雑な曲展開と、それをねじ伏せるように演奏してしまう高度なテクニック。そして構築性が非常に高いにも関わらず、全体に感じられる過剰なくらい熱き情熱。
Vittorio Nocenzi:オルガン、シンセサイザー、クラリネット、ボーカル
Gianni Nocenzi:ピアノ、フルート、ボーカル
Marcello Todaro:ギター、ボーカル
Renato D'Angelo:ベース
PierLuigi Calderoni:ドラムス
Francesco Di Giacomo:リードボーカル
Nocenzi(ノツェンツィ)兄弟のツインキーボードが、インストゥルメンタルを含めたサウンド面の中心となるわけだが、見てお分かりのように、Gianniはピアノ担当 となっている。つまり、2人のキーボード奏者がオルガン、シンセサイザーを弾きまくるというのではなく、片方は言わばピアニストなのである。そこでピアノ が終始鳴り響くことになる。これもこのバンドの曲の大きな特徴の一つだ。
Vittorio Nocenzi(ヴィトリオ・ノチェンツィ)は兄弟で音楽活動を始めた頃を振り返って次のように言う。ピアノとキーボードの通常以上に動き回るという、まさにバンドの個性が伺い知れる内容だ。
「当時16歳だった弟はピアノを弾き、僕はハモンド・オルガンを弾いた。それはまったくもって独創的な編成だったんだ。ピアノはリズムギターの代わりにリズムを刻み、時にはコンダクターになった。僕の担当のハモンド・オルガンはギターであり、ソリスト二人分だった。これが最初の構成だったんだよ。」
(「ストレンジ・デイズ 第94号」ストレンジデイズ、2007年)
曲は宇宙空間を漂うような不安定な雰囲気の中、フォルクローレ風の味わいと語り、そして遠くで聞こえる子供たちのコーラスという、静かで神秘的な「In Volo(飛行中)」で始まる。
その過剰さが炸裂するのが2曲目「R.I.P(安息の鎮魂曲)」。6拍子+4拍子のノリのいいイントロから、4/4拍子に変わるとボーカルが歌い出す。この ドラムスとベースによるのリズムのキレ、ギターのカッティングのカッコ良さ、ボーカルの力強さ。そして全体の疾走感。次第に表に出てくるピアノとキーボー ド群。もう暑苦しい感じ。
巨漢Giacomo(ジャコモ)のボーカルは、実は細かくビブラートする、美しく非常に通りの良い声質を特徴とする。そしてシャウトしても乱れない安定したピッチを持っている。風貌からオペラティックと言われたり、太く響く圧倒的な声量を連想しがちだが、声自体はそれほど厚みがあるわけではなく、圧倒的な声量があるわけでもない。むしろ美しく力強く、よく通る声だと思う。
感情表現も大げさなものではない。非常に端正なボーカルスタイルなのだが、過剰気味に詰め込まれた演奏隊に対して、大きな清涼剤的役割を果たしていると言える。イタリア然としていながら、他のイタリアのバンドには見られないボーカルスタイルなのだ。
演奏もテクニッ クも文句無しながら、デビューアルバムとは思えないほどに、自信に満ちあふれている感じ。アンサンブルの素晴らしさだけでなく、3曲目の 「Passaggio(経過)」での間奏風なハープシコードの弾き語りなんて、部屋に入ってきて出て行くまでのSEを配して特徴を出して入るものの、湧き 出る表現意欲とその表現力をそのまま曲にしたかのようだ。
タイトなリズムで始まる4曲目「Metamorphosi(変身)」はピアノが クラシカルな展開を見せ、それがオルガンを中心としたバンド演奏に引き継がれて異様な世界に入り込んでいく。そして静かなパートと激しいパートが入れ替わ り立ち代わり現れ、曲は次第に熱を帯びてくる。
そして再び静かなパートに落ち着きを取り戻すと、ギターがギターを引き出し、それを導入と してボーカルが入る。11分近い大作の残り2分ほどでボーカルが、出ましたとばかりに登場する。ところが聴き入る間もないくらい、そのまま最後のフィナー レ的な爆走状態へ。このあたりの予測の付かない展開がBancoらしい。
そして18分の大曲「Il Giardino Del Mago(魔術師の園)。安定したドラムスが次第に盛上がる曲に力強さをもたらす。静かに歌い始めるボーカル。哀愁あふれるメロディー。それでも左右でキーボードが動き回り、コーラスがバックで歌う。
そして小気味よいリズムで全体が疾走し始める。リズムが熱い。アンサンブルが濃い。リズム隊の安定感だけでなく、キーボードに隠れがちだが、ギターも巧みに全体をサポートしている
中間部はボーカル中心にアコースティックギターなども彩りを添えるが、次々と目まぐるしいほどに繰り出されるインストゥルメンタルパートアンサンブル。静と動の往復。そしてラスト、様々な音が重なりながら、疾走感は落ちず、バッサリ切られたように終わる潔さ。
最終曲「Traccia」も短いながらエネルギーは衰えることなく、同じメロディーの繰り返しだが、演奏が尋常でない。ピアノの動き、ドラムスの連打。最後はクラシカルなオルガンで曲を締める。
全体的にどこかしらせわしなく感じるのは、各メンバーが色々な音色や旋律を体位法的にぶつけてきたり、キーボードが白玉コードを避け、リズムギター的なリフを多様したこと、極端な静と動の展開などによるものだろう。
基本のメロディーは美しく親しみやすいが、インストゥルメンタルパートを絡ませて曲として見ると、混沌とした情熱を感じさせられる。
キーボードを中心としたハイテクニックで高度に構築型のアンサンブル。そしてジャコモおじさんのクリアでストレートな「これぞイタリア」な感じのボーカル。デビューアルバムにしてこの個性と完成度の高さ。イタリアならではの傑作。
ちなみに本作のオリジナル・アナログ盤は長さ約40㎝の壺型ジャケット(左下写真、左)で、壺の真ん中の丸い部分にレコードを入れるようになっていた。実際には壺型の貯金箱でバンド名からの連想であろう。
貯金箱の口からは矢印が出ており、引っ張るとメンバーの顔写真が現れる仕組みになっていた(左下写真、右)。ゴムがついているので手を離すともとの位置に戻ったという、非常に凝った作りのものであった。
バンドとレコード会社がこのアルバムに詰め込んだ思いが伝わるなぁ。あと洒落っ気も。