Yes(イエス)
「Drama」(邦題は「ドラマ」)は1978年に「Tormato(トーマト)」を発表した後、紆余曲折を経て、ボーカルのJon Anderson(ジョン・アンダーソン)のいないYesによって作られた唯一のアルバムである。
メンバー交代や同一メンバーの出入りの激しいYesであるが、Yes名義のアルバムであの個性的なJonがクレジットされなかったのは、後にも先にもこのアルバムのみである。
当時隆盛を極めていたパンク・ロックに対する、バンドの核であるJonとChris Squere(クリス・スクワイア)との意見の衝突から、Jonとともに曲作りをしていたRick Wakeman(リック・ウェイクマン)は、正式に脱退を表明することなくYesを追われることとなる。
そして1979年にテクノ・ポッ プ「ラジオスターの悲劇」でイギリスヒットチャートの1位を獲得していたユニット、The Buggles(バグルス)の2人がゲストのかたちでレコーディングに参加することになる。The Bugglesのメンバーだった2人が声をかけてくれたChrisの待つスタジオに行くと、JonとRickはすでにおらず、二人は正式メンバーとして迎 えられたという。
Geoff Downes:キーボード、ヴォコーダー
Trevor Horn:ボーカル、ベース(5曲目のみ)
Steve Howe :ギター、ボーカル
Chris Squire:ベース、ボーカル、ピアノ(5曲目のみ)
Alan White:パーカッション、ボーカル
私見だが、超個性的でテクニシャンであった前任者Bill Bruford(ビル・ブラッフォード)に後に加入したAlan White(アラン・ホワイト)は、強烈な個性を持ち合わせていたかったために、どうしてもリズム隊の印象が弱まり、「Fragile(こわれもの)」、 「Close To The Edge(危機)」の頃の、メンバー全員が作り出す緊張感が得られないという印象があった。
そのAllan WhiteがBillとは違った迫力あるドラミングを聴かせてくれたのは3つのアルバムに於いてだと思っている。
1 つ目は「Yessongs(イエスソングズ)」。これは「Close To The Edge」の発表後のツアーから作られたLP3枚組のライブアルバムだ。Allanは全米公演直前に加入している。
「実はレパートリーをわずか三日間で覚えなくてはいけなかったんだ。バンドと練習できたのも一回だけだしね。その3日後には、もうステージに立っていたというわけ。(中略)今から考えても、なぜあんたことができたのか自分でもわからないな(笑)。でもやってみたらできてしまったんだよね。」
(「ストレンジ・デイズ No.71」ストレンジ・デイズ、2005年、Allan Whiteインタビューより))
その緊張感を持って臨んだツアーのせいか、非常にパワフルで自由奔放なドラミングが聴ける。
2つ目は、曲自体がパワフルなリズムを求めていた「Relayer(リレイヤー)」。ここでの彼のプレイの爆発ぶりは、Billにはできなかったロック的なエネルギーに満ちている。Chrisの ベースとの抜群のコンビネーションで、SteveのギターとPatrick Moraz(パトリック・モラーツ)のキーボードによる、リード楽器バトルと互角に渡り合っている。
そして最後の3つ目が本作「Drama」でのドラミングである。ここでの彼のプレイは力強くはつらつとしている。全曲ヘヴィで存在感のあるドラミングなのだ。
理由は恐らく、曲自体がシンフォニック路線からハードプログレッシヴ路線へ近づいたことで、ロック的なノリやダイナミズムが求められ、Allanが元々 持っていたパワフルな面を出しやすくなったこと、最盛期のエンジニアであるエディー・オフォードがリズムトラックを録音したことで、Yes初期のドラムス の音が復活したことなどがあるのだろう。音が生々しく、リズム隊が全面に出ている。
さらに、全体的にGeoff Downesが安定した演奏で縁の下の力持ち的な役割に徹しているため、ギター、ベース、ドラムスによるギターバンドのように、皆が活き活きと自由に弾き まくっていることもあるだろう。しかしGeoffはさりげなくモダンな音を持ち込んでおり、それがこのアルバムを、かつての疾走感あるYesを思い出させ ながらも、 懐古趣味的な音にしていない要因だと思う。巧い。
Jon顔負けのハイトーンボーカルで歌にハーモニーに活躍する Trevor(トレヴァー)、気合いの入ったギターを弾きまくるSteve、曲に見事に溶け込んだキーボードサウンドを披露するGeoff Downes(ジェフ・ダウンズ)。古典的クラシカルな世界から外へ出られないRick Wakemanには、「Relayer」同様、本作もプレイする余地はなかったかもしれない。
全体的に叙情性や神秘性が後退し、3rd アルバムのうような構築性がありながらロック的なダイナミズムにあふれる曲が多く、そこにTrevorのを核としたボーカル&ハーモニーが被さる。まさにYesの魅力。いや、Jonでは作れなかったろう。Trevorのボーカルだから成し得た、Yesのパワフルなロックサイドを取り出したようなアルバ ム。
それでもYes色が濃厚なのは、かなりTrevorがJonを意識したボーカルスタイルで歌っているからだろう。高音を活かした、ノ ン・ビブラート唱法。これが意外とSteve、Chrisとのハーモニーの点でもいい味を出しているのだ。Jonの持っている神懸かり的な魅力は当然ないのだけれど、曲を引っ張っていく力に遜色はない。「Run Through The Light」のTrevorのファルセットを加えた巧みなボーカルなど見事である。
Trevorがコンサート会場で観客から受け入れられ なかったと言われるが、それはJonの独特の神秘性を感じさせる存在感や風貌に似つかない、Trevorの持つThe Buggles譲りのコミカルな風貌が反感を買ったんだろうと思う。なんか見るからに普通の人っぽいし。こんなにパワフルでスリリングな音なのに、正当な 評価が受けられないのは残念で仕方ない。
“もう一つのYes”が作った傑作アルバムである。私的には「Going For The One(究極)」を越えている一枚。
「『ドラマ』はイエスの作品の中でも過小評価されているんじゃないかな。しかしファンの中でも特にイエス通と言える人は、この作品が大好きだと言うね。」
(「ストレンジ・デイズ No.71」ストレンジ・デイズ、2005年、
Allan Whiteインタビューより)
Allan Whiteインタビューより)