2009/07/20

「自由への叫び」

Arbeit Macht Frei(1973年)

Area(アレア)


Arbeit Macht Frei」(邦題は「自由への叫び」)は、イタリアの強烈な個性とテクニックを持ったグループArea(アレア)の1973年の衝撃的デビューアルバムだ。ジャケットも何やらインパクトが強いが、中味も負けじと濃い。

ジャケットには小さな文字で「international POPular group」(世界的なポップグループ)と書かれている。彼らは世界進出を目指していたのか。世界的にヒットを飛ばすグループにはならなかったが、世界に通用する、というより世界を圧倒するグループであったことは確かである。

 Giulio Capiozzo:ドラムス、パーカッション
 Parrizio Fariselli:ピアノ、エレクトリックピアノ
 Parick Djivas:ベース、コントラバス
 Paolo Tofani:ギター、シンセサイザー、フルート
 Edouard Busnello:管楽器
 Demetrio Stratos:ボーカル、オルガン、パーカッション

編成だけ見ると比較的地味である。専任のキーボード奏者がいない。その代わり専任の管楽器(主にサックス)奏者がいる。そのため硬派ジャズロック的なのだが、そうした分類を飛び越える音楽がそこにある。それは一曲目から炸裂する。

冒頭、エジプト人女性による、恋人と世界に愛を語りかけるアラビア語の美しい詩が朗読される。「ハビービ、ビッセレーム…」あぁ、もう意味はわからなくても、ここでアルバムの凄さを思い出してしまう。詩の朗読が静かに終わると、力強い男性ボーカルが歌い出す。ミュンヘン・オリンピックのテロについて歌っ て、イタリア学生運動のテーマ曲となったと言われる最初の曲「Luglio, agosto, settembre (nero)」(7月、8月、9月(黒))。

当初から政治色の強いバンドであったが、訳詞を見る限りでは、この曲では、直接的な政治的メッセージではなく、邦題「自由への叫び」に見られる、自由と解放への強い希求が見て取れる内容になっている。

しかし乱暴に言ってしまえば、そんなことはある意味どうでもいいことだ。ボーカルの異様なテンション、イタリア的な迫力あるボーカルだがカンツォーネ風とは 全く違う。もっと暴力的。そして始まる強烈な変拍子。アラブ、バルカンミュージックのリズムを取り入れた、15/8(4+4+4+3)+14 /8(4+4+4+2)拍子を、メンバー一丸となって疾走する。ボーカルパートになる時だけ7/8拍子となる。

アレアのこの複雑なリズム と強力な一体感、そして疾走感は、明らかに欧米のリズムとはことなった、民族音楽的、特に変拍子でノリノリになるバルカン音楽的要素の強いロックなのだ。それはボーカルにして Areaの核そのものであるDemetrio Stratos(デメトリオ・ストラトス)が、エジプト生まれのギリシャ人であるということと大きく関係している。バルカン地方はブルガリアン・ヴォイス に見られるような独特な地声の唱法や、7拍子、11拍子などの変拍子を持つ、独自の音楽世界を有している。

この疾走する変拍子、目まぐる しく変化するテンポ、ホーミーを含めた様々なボーカライゼーションに精通しているというDemetrioの迫力と異様な表現力。「Luglio, agosto, settembre (nero)」は、西洋的リズムや歌唱法に慣れた聴き手を、奈落に突き落とし、それでも這い上がってくるかが試されるような、Areaを象徴する曲だ。慣れると超カッコイイし気持ちいいんです、これが。

もちろん各プレーヤーの力量も素晴らしい。しかしテクニックを越えたエネルギーの固まりのようなものを発散しているため、超絶技巧大会には決してならない。 残りの曲もDemetrioの圧倒的なボーカルを中心に、ジャズロック的だが、どれも一筋縄では行かない展開。それでいてノリがある。

なお、2曲目のアルバムタイトル曲「Arbeit macht frei」(働けば自由になる)は第二次世界大戦中に、アウシュビッツを始めとする、ユダヤ人強制収容所でスローガンとして掲げられていた言葉。彼らの自由への強固な意志と主張が込められたタイトルだ。

イタリアを含め、他の追随や後継を許さない唯一無二のバンド。傑作中の傑作。日本での発売は1979年。「こんなロックがあるのか〜」とわたし、一度奈落に突き落とされました。