2009/07/09

「ザ・ストーリー・オブ・アイ」

i  (1976年)

Patrick Moraz(パトリック・モラーツ)


i」(邦題は「i~ザ・ストーリー・オブ・アイ」)は、Patrick Moraz(パトリック・モラーツ)による最初のソロ・アルバムである。

発売
は1976年。 Rick Wakeman(リック・ウェイクマン)の後任としてYesに加入し、傑作アルバム「Relayer(リレイヤー)」(1974)発表後の時期。各メンバーがソロ・アルバムを発表する時期に、その一環であるかのように発表された。

ベースのChris Squire(クリス・スクワイア)は言う。
「ソロ・アルバムを作って全員多くのことを学び、それを持ち帰ってお互いにフィードバックさせたんだ。」(「イエス・ストーリー 形而上学の物語」ティム・モーズ、シンコー・ミュージック、1998年)

しかしPatrickは、こうした他のメンバーにとってのソロアルバムの位置づけとは異なり、オリジナリティ豊かな一個の完成した作品作りを目指した。実際 にこの「i」は、Patrick Morazの“ソロ・デビュー”アルバムと考えるべき、Yesとは別の魅力の詰まった作品となった。

大きな特徴はその音楽性だ。キーボード主体の演奏、「i」という架空のSF的なオリジナルストーリーに基づくコンセプトと、いかにもYes的フォーマットと見せながら、大胆に導入されているのがラテン・パーカッションなのだ。ジャズ的なプレイも随所に見られる。

 Patrick Moraz:キーボード、ボーカル、パーカッション
<ゲスト>
 John McBurnie:リード・ボーカル
 Vivienne McAuliffe:ボーカル

 Ray Gomez:リード・ギター

 Jeff Berlin:ベース

 Alphonse Mouzon:ドラムス

 Andy Newmark:ドラムス

 Jean-Luc Bourgeois:コンガ、タムタム
 Auguste De Anthony:ギター
 Jean Ristori:チェロ、アコースティックベース

 Philiippe Staehli:ティンパニ、パーカッション

この主要ゲストメンバーだけ見ても、そのパーカッションの比重の高さがわかるが、さらに、The Percussionists Of Rio De Janeiroというブラジルの十数名からなるパーカション集団を起用している。これがいい味を出しているのだ。

このアルバムにおいて、クラシカルで装飾的にして華麗なRick Wakemanとは好対照の、多層的にパーカッシヴなリズムの上で、ジャズ色豊かなキレのいいプレイを聴かせるPatrickによって、それまでにはなかった新しいキーボードオリエンテッド・アルバムが誕生したのである。

ここで聞かれる彼の音楽は、ジャズ、フュージョン的なテクニカルでスリリングなインストゥルメンタルパートを中心としながら、ポップで美しいボーカルも入るバンドとしての一体感のある内容となっている。

そこに多種多様なパーカッションが絡むと、どこか原始的なリズム、人間臭さが加わる。そしてクラシカルなフレーズまで飛び出す。このごった煮感覚と鋭角的な彼のキーボードサウンド&プレイの対比の妙。複雑な構成だが難解ではない。


私 見であるがPatrick MorazがYesを離れ、Rick Wakemanが出戻るというメンバー交替は、PatrickがYes的でないモノを持ち過ぎていたことを、他のメンバーが恐れたからではないか。自分たちが作り上げたYes的な世界が別のモノへ変貌してしまう危機感。


アルバム 「Relayer」にはそのYes的な構築美と、それに拮抗するように暴れ回るPatrickのピッチベンダーをも駆使したダイナミックでテクニカルなプ レイが一体となり、異様な程にカオティックなエネルギーに満ちたものとなった。しかしそれは、それまでYesが作り上げてきたクラシカルでポジティヴなイメージからはズレてきていた。

だからこそ「Relayer」は傑作になったのだが。
Rick Wakemanが戻ってきた時の、Rickとメンバーの手放しな喜び方が、安堵感を物語っている。ギターのSteve Howeは言う。 「リック・ウェイクマンが戻ってくれて、ボクは本当にうれしかった。彼の方がもっと表現力があるから、イエスには似合いのキーボード・プレーヤーだと思うんだ。」(「イエス・ストーリー 形而上学の物語」同上)

この時点でYesはYes的に“プログレッシヴ”であることを止め、“
Yes的な音”を意識するようになったと思う。だからわたしは次作「Going For The One(究極)」に、どこか自己模倣的な退屈さを感じてしまうのだ。

余談であるが、そう言えば、20年近く前の一ヶ月に渡る長期海外派遣(「1990年の海外派遣」ご参照のこと)に持っていった音楽テープは、確かこの「i」 と、ページェントの「螺鈿幻想」の2本だったような。なぜ今作を選んだのか忘れてしまったが、そういう意味でも思い出深い一枚。もちろん傑作。